コリアンの民族教育を日本の公教育で取りあげるのはおかしいのではありませんか。
民族教育というのは,ラフにいうと,人間として自然な民族的自負を育てるための教育です。個々の民族にはそれぞれの歴史や文化があり,それを学び知ることによって,自然な誇りを身につけるための教育です。それは「天賦の権利」であって,国籍にかかわらず,子どもには必要な教育です。
いわゆる子どもの権利条約には,次のような条項があります。
第8条(アイデンティティの保全)
第29条(教育の目的)
第30条(少数者・先住民の子どもの権利)
この条約の最終案では,第30条が国家の義務ではなくなりましたので,在日コリアンの民族教育を日本国がおこなわなくとも,違法ではありません。しかし,違法でないから何もしなくてよいという態度だとすれば,それはこの条約の精神には反しています。
日本の学校では,日本の歴史や日本人の偉人伝を習うことはできます。しかし,コリアンの歴史や文化を学ぶことはできません。そのうえ,なかにはコリアンにたいして偏見を持つ日本人生徒もいますので,多くの在日コリアン生徒は,民族的劣等感というかたちで,自分の民族性を意識しはじめます。コリアンであることを恥ずかしいとさえ思うようになるわけです。
最悪の場合は,民族差別を苦にした自殺というかたちで表面化しますが(79年の上福岡市の中学生,85年の西宮の高校生),そうでなくとも,「どうして僕を朝鮮人なんかに生んだんだ」といった言葉を両親に投げつけるとか,いかにも韓朝鮮人らしい一世の祖父母を毛嫌いするようになるといったケースは少なくありません。今でも,です。
いわば,圧倒的多数の在日コリアンの子どもたちは,民族的な文盲のまま,民族的劣等感を克服するすべさえ教えられずに,放置されているわけです。
民族教育とは,子どもたちがアイデンティティにうけた傷を克服するための最大の材料なのです。(→参考:「アイデンティティへの脅迫」)
げんに在日コリアンにたいする差別がある以上,そしてその差別によって在日コリアンの子どもがアイデンティティを傷つけられている以上,それを回復・保全する努力は大人の義務でしょう。そして,子どもの権利条約を批准した以上,それは日本国の責務でもあります。そして,傷つけられたアイデンティティを克服する道が民族教育であると明らかになっている以上,そのための便宜を図るのも,日本国の責務であると考えられます。