平成五年行ウ第一号
原 告 李聖徳
被 告 津市長
一九九三年五月 日
原告訴訟代理人
弁護士 伊藤誠基
弁護士 梅山光法
津地方裁判所 御中
準備書面
第一 本件外国人登録申請の経緯
一 原告法定代理人親権者李在一と原告監護者置野昭子の調停離婚の成立
原告法定代理人親権者李在一(李)と原告監護者置野昭子(置野)は一九八七年五月二○日婚姻入籍した夫婦であったものであり、その間に生まれたのが原告(一九八七年○○月○○日生)である。
ところが、置野が一九八九年八月一八日津地方裁判所に離婚訴訟を提起し(平成元年タ第二四号)、李も一九九○年六月一六日反訴請求に及び(平成二年タ第一一号)本人尋問を経た後の一九九二年三月二三日概ね次のような調停離婚が成立した。
「@ 申立人(妻置野)と相手方(夫李)とは、当事者間の長男聖徳(本件原告)の親権者を相手方、その監護者を申立人として、本日調停離婚する。
A 申立人及び別件申立人両名(置野の父母)は相手方に対し、連帯して本件慰謝料として金五○○万円の支払い義務あることを認める。
B 相手方は申立人に対し、聖徳の養育費として平成四年四月から毎月四万円を支払う。
C 申立人は相手方に対し、平成四年四月から一箇月に二回(但し、一回は休日、一回は平日の夕方に)の割合で、聖徳の面接交渉をさせる。尚、当事者双方は、面接交渉の実施状況を明らかにするため、書面を作成し、双方各一通ずつを保管することとする。
D 申立人と別件申立人両名は相手方に対し、申立人及び別件申立人両名並びにその親族が、相手方及びその親族に対する民族差別的言動について謝罪し、今後そのような言動のないこと、及び朝鮮民族を尊重することを誓約する。」
すなわち、李と置野の婚姻関係の破綻は主として置野の父母が朝鮮籍を有する外国人である李に対して執拗に諸々の民族差別発言を繰り返し、置野自身もこれを容認するようになったことに端を発したものであるところ、当事者本人尋問を経て担当裁判官から和解勧告の上右のような和解案が提案され、紆余曲折があったもののほぼ提案どおりに調停離婚という形式で終結に至ったものである。
二 離婚後の原告の状況と面接交渉の実行
原告は前記調停に従って置野に引取られ同人の監護するところとなったが(もっとも離婚成立前から同居)、親権者となった李も調停が成立した年の一九九二年六月から毎月二回原告と欠かさず面接交渉を実行してきたものである。
因みに、現在までの面接交渉は、一九九二年六月一五日(月)、同月二八日(日)、七月一二日(日)、同月二一日(火)、八月三日(月)、同月一六日(日)、九月二○日(日)、一○月五日(月)、同月一一日(日)、同月二六日(月)、一一月七日(土)、同月三○日(月)、一二月一五日(火)、同月二○日(日)、一九九三年一月三日(日)、同月二六日(火)、二月七日(日)、同月二四日(水)、三月九日(火)、同月二○日(土)、四月一三日(火)、同月二九日(木)の二二回を数え、日曜日は調停条項にあるように必ず一日面接を実行してきた。
もともと前記離婚訴訟での和解で最大の課題となっていたのは、原告の親権の帰属問題であった(担当裁判官からの和解案の提示があった際置野側では、置野側の民族差別意思や金額はともかく慰謝料の支払自体については殆ど難色を示していなかったのである)。そして、李、置野双方とも親権を獲得する意思が強い中で、担当裁判官から親権と監護権を分離するという方法が示唆され、当事者双方ともやむを得ずこれに従うことでようやく調停成立の運びとなったものである。従って、李としては原告と面接交渉することは親権者としての最大の使命であると自覚し、名目的ではなく実を伴った親権の行使をしてきたのである。
三 日本国籍離脱の動機
李は前記のとおり三重県一志郡○○町に外国人登録している一九五九年一○月一二日生まれの在日朝鮮人で、在留資格は特別永住者である(ここでいう在日朝鮮人とは韓国籍、朝鮮籍を有する者全てを指す概念として使用するものである。ところで、在日朝鮮人の国籍を細かく分類すると三つに観念される。居留民団に所属する韓国籍の朝鮮人、朝鮮総連に所属する朝鮮籍の朝鮮人、いずれの団体にも所属しない朝鮮籍の朝鮮人である。李は朝鮮は一つであるとの父親の信念の下で何れの団体にも所属しておらず、国籍は単に「朝鮮」となっている。もとより、国交があるのは韓国だけであるので、韓国籍以外の在日朝鮮人の国籍は単に「朝鮮」という扱いを受けるにとどまっている)。
李は一九九二年四月二○日離婚調停調書を置野の本籍地の役場に提出し、その旨置野の戸籍に記載され、同時に置野の戸籍に入籍されていた原告の戸籍欄にも李が親権者として定められた旨記載された。
ところで、李はかねてより原告が成長し自己が朝鮮人でもあることを自覚した時に生ずるであろう不安、動揺に如何に対処すべきかについて深刻に悩んでいた。それは在日朝鮮人に対する制度的、社会的差別が厳存する日本社会で多くの青年在日朝鮮人が直面する精神的危機でもある。日本人と同じように、日本で生まれ、日本で育ち、日本人と同じ生活をしているのに、成長に伴って差別社会に身を置いていることを自覚しはじめた時、アイデンティティ−を喪失しかねない精神状況に追いやられることになる。李は、朝鮮人であることを隠すことを潔しとせず、民族としての誇りをもって厳しい日本の差別社会を生きてゆくことを信条としていたので、最愛の子である原告にも精神的危機に直面しないよう日頃から民族としての誇りをもって生きてゆくよう教える必要を感ずるようになっていた。
そうしたところ、不幸にも離婚という破局が訪れ、原告に対する直接的な監護ができない状況下にあって、一層原告の将来に不安を抱くことになった。
そのため、原告が朝鮮人であることを肯定的に受け止め、将来の幸福をより確かなものにするために二重国籍という不安定な状態の除去と朝鮮籍の単国籍化がどうしても必要であった。
四 日本国籍離脱届出手続と外国人登録申請手続
1 李は一九九二年五月二五日津地方法務局を訪れ、原告の日本国籍離脱に必要な手続きについて説明を受けた。必要書類として、原告の住民票、李の外国人登録済証明書、親権者の証明資料となる原告の戸籍謄本等であった。
この時対応したのは中野、篠原両職員であったが、同人らから国籍離脱後は外国人登録が必要であること、登録手続きは法務省名古屋入国管理局四日市港出張所でするよう指示がなされた。
2 六月二日津地方法務局を訪ね、必要書類添付の上原告の日本国籍離脱届書を提出した。その際、中野、篠原両職員から「本当によいのですね。あとで国籍を戻してくれと言ってもできませんよ。」と意思確認の念押しがなされたが、李は「教育的な観点から朝鮮籍とするので、子供が成人し帰化をするというケ−ス以外、後で国籍を戻せなどとは言わない」と返答して、無事届出が受理されることになった。
この時も、外国人登録が必要であることや入国管理局で手続きをするよう指示がなされた。
こうして、李は六月一二日津地方法務局で日本国籍離脱の通知書を受取り、更に所定期間内に原告の在留資格取得の申請と外国人登録を入国管理局でするよう説明を受けている。
結局、李は外国人登録手続をするよう法務局の職員から三度も言われたことになる。
3 六月一八日名古屋入国管理局四日市港出張所へ電話して必要書類の説明を受け、六月二二日同出張所を訪ねて必要書類を提出したところ、「特別永住のケ−スなので入管ではできない」「津の市役所でしかできない」ということを初めて聞かされた。李は電話で確認までしているのにいざ申請の段になって窓口が違うと言われたことに憤慨したが、口論を続ける意味もなかったので、言われたとおり津市役所ですることとした。
4 六月二四日津市役所外国人登録課を訪ね、外国人登録申請書と添付書類を提出した。すると相川職員から同居人でないと申請できないという思いもかけない指摘を受けた。これまで再三外国人登録をするよう説明され、国籍離脱通知書でもその旨明記されているにもかかわらずである。
李は当然承服できなかったので、職員に津地方法務局の中野職員に電話を入れさせ、また、直接中野とも電話で話をしたが、中野は「勉強不足ですみません」と謝罪に終始した。
その後李が粘り強く交渉した結果、一応申請書及び添付書類は津市が預かり、外国人登録証明書交付予定期間指定書(法定)の交付を受けて検討の結果を待つことになった。相川職員の話では、三重県の国際課を経て法務省で検討されることになるだろうということであったが、「個人的にはできるのではないかと思う」との感想を漏らしていた。
5 交付予定期間は八月二五日から同月三一日とされていたので、それまでの間李は受理されるか不安であったので支援者らと共に三重県知事公室国際課を数回訪問して感触を確かめていたが、国際課長から「登録されなければ幽霊人口になるからおかしくなる」「時間の問題(法務省が受理を承認すること)ではないか」「(法務省も)事情がわからないから長引いているのではないか」という話を聞き、李もまさか受理を拒まれることはないだろうと確信していた。
更に、八月頃国際課で津市が県へ宛てた文書照会書を見せて貰ったことがあったが、この照会文書も受理を認める方向での肯定的な内容であった。
津市にも顔を出して職員の様子を見てきたが、ここでも受理が認められるのではないかという雰囲気であった。
6 ところが、九月に入っても結論が出ず、同月九日には外国人登録証明書交付予定期間変更指定書が交付され結論が先送りとなった。
そして、一○月一五日付の被告から李に宛てた内容証明郵便をもって本件申請の不受理が通知されてしまうことになったものである。
法務省入国管理局登録課長からの回答内容が記載されていたが、外国人登録法一五条二項の「同居人」に当たらないという極めて形式的な理由が示されているだけであり、しかも、原告の身分の不安定を除去するための手立てが外にあるのかどうかについては一切触れられていなかった。
第二 本件不受理処分の違法性
一 外国人登録法一五条二項は、外国人が外登法上の各種申請等の手続きをする場合において、外国人が一六歳に満たない場合又は疾病等により自ら申請等ができない場合について、代理人による申請をなすべきことを定めた規定であるが、同項に規定されている「同居」者は、世帯を同じくする者だけに限定されるのではなく、原告の親権者である李の如く、親権者等の法定代理人であって、且つ、面接交渉等の手段によって現実に当該外国人を事実上監護している者をも含むものと理解するのが法の趣旨に最も適合した解釈である。
外登法一条は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とすると定め、第三条一項で本邦に在留する外国人に新規登録義務を課しているところ、ここでいう本邦に在留する外国人とは、不法入国者をも含むものと解釈されている。
すなわち判例上、外登法に基づく登録申請義務は、本邦に在留する外国人が外国人たる身分とその本邦在留の事実それ自体に基づいて賦課される義務であって、本邦に在留する資格の有無、本邦入国の合法違法等には全く関係がないものと解すべきであるとされ(昭和三一年八月九日福岡高裁判決・高裁刑集九・八・八七八等)、外登法三条一項の規定は、旅券を提出せずしかも不法入国の事実自体を供述しないでする不法入国外国人の登録申請を不適法とする趣旨を含むものではないとされている(昭和五六年一一月二六日最高裁判決、判例時報一○二三・一三一)。
このように本邦に在留する外国人全てを掌握し、管理しようとするのが外登法の目的、趣旨であることは明らかであるから、本件においても、外登法一五条二項の「同居」の概念を狭める必要は全くないのである。
しかも、右のような解釈は何も原告が独自に作り上げたものではない。外国人登録法逐条解説(田村満著・日本加除出版)によれば、「本条で『同居する者』とは、俗にいう世帯を同じくする者という意味であり、アパ−ト居住者と家主との関係や旅館に宿泊中の客と主人との間には、通常は同居関係にあるとはいえないが、一六歳未満の年少者について、その保護者が主人に特に監護をも依頼して旅館に宿泊させているような場合は、同居関係もあるといえるであろう」とされているのである。著者の田村満は法務省入国管理局登録課補佐官、東京入国管理局成田支局次長等を勤めていた法務省の役人で、昭和五五年及び六二年の外登法の一部を改正する法律案の立案作業に参加した経歴もある人物である。田村の見解は立法者意思そのものであり、原告の前記解釈は何の不自然もなく合理性のあるものである。
二 本来原告の外国人登録申請は同居している母である置野(第一順位)、置野と同居している置野の父母その他の親族(第二順位)、同居者(第三順位)がなすべきものであった。しかし、彼らに原告の外国人登録申請の意思はなく、外に同居者の代理人が存在しない状況の下においては、民法の事務管理に準じて親権者である李において手続きを代行することも緊急避難的に許されてよい。かく解しても外登法の趣旨に適合こそすれ違法となるものではない。
置野は李との見解の相違と外登法の無理解から外国人登録申請義務を履行せず、そのため、外登法一九条の過料の処分を受けているはずである。そして、過料の裁判を受けたにも係わらず今日まで原告の外国人登録申請をなしていない。置野の同居家族についても置野同様代理申請する意思を有しないものと推測されるので、このままでは原告の外国人登録ができないという異常事態が解消されない。
ところで、戸籍法上の報告的届出(出生、死亡等)について、届出義務者でない者から届出がなされたものであるときは、原則として受理すべきではないとされる一方これを資料として職権により記載すべきものとされている(昭和二二年六月一一日民事甲第三三五号回答)。従って、本件でも職権により登録しても差し支えないはずであるが、被告においてこれをしない以上、李の代理もしくは代行申請を受理するのが筋である。
先の逐条解説でも「養護施設に入所中の児童と施設の職員は一律に同居関係にあるとはいえないが、これら施設に入所中の児童に係る各種手続きについては、別途、行政運用で民法の事務管理に準じて施設の職員が手続きを代行することが認められている」と述べられている。つまり、施設の職員は当該児童と施設で同居(寝泊まりを共にすること)していなくとも、行政運用によって手続きの代行が認められるというのである。誰がいつ認めたのかよく判らないが(法務省は知っているはずである)、既に法務省当局では代理申請について柔軟な対応をしているはずなのである。にもかかわらず、今回法務省が不受理の回答を被告に寄せていたことは理解に苦しむものであり、先の形式的な説明で納得できるものではない。逐条解説の事例と本件の事情がどの点において異なるのか、また、事案が異なるとしても取扱を異にしなければならない合理的な理由があるのか明確に回答を示す責任がある。
更に、原告の外国人登録がなされないことによる不利益も考えなくてはならない。三重県の国際課長が指摘するように、このままでは原告は「幽霊人口」である。原告は来年(一九九四年四月)小学校に入学することになっているが、差し当たって就学通知も受けられないだけでなく、その他の文教行政、福祉行政、住民行政上の福利をも享受できないことになってしまう。このようなことが人道的に許されてよいはずがないことは論をまたない。
よって、外登法一五条二項の代理人資格を有する者からの申請が期待できない場合であって、外に登録の為の有効な手段、制度が準備されていないときは、当該外国人の未登録による不利益を避けるため、法定代理人もしくは当該外国人を事実上監護する者からの代理申請は、緊急避難的措置として、民法の事務管理に準じた代行手続きとして許容されるものと解すべきである。
三 翻って、そもそも外登法一五条二項の代理人「同居」要件は極めて不合理な規定であり、且つ、国際人権規約B規約にも違反している。
本件の事例の如く「同居」概念を拡大させなければ対応できないようでは既に合理性に疑問があるものと言わねばならない。
外登法一五条二項は外登法の前身である外国人登録令にはなかった規定で、講和条約を受けて制定された外登法立法時に戸籍法上の届出規定を引き移したものと推測されるが(調査していないのでほんとのところはわからないが)、その戸籍法でもその後の法改正で届出人資格の拡大がはかられている。例えば、死亡届けはかつて「同居人」に限定さていたが、昭和五一年六月一五日公布の戸籍法の一部改正を含む「民法等の一部を改正する法律」(昭和五一年法律第六六号)で「死亡の届出は、同居の親族以外の親族も、これをすることができる」との規定が戸籍法八七条二項として追加されているし、その外の出生届等の届出についても届出人資格が随分拡大されてきており、「同居」要件が絶対的要件ではなくなってきているのが実情である。
本件の「同居」要件は不合理であるだけでなく、国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)二四条一項、二項にも抵触している。
二四条一項は「すべての児童は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、国民的もしくは社会的出身、財産又は出生によるいかなる差別もなしに、未成年者としての地位に必要とされる保護の措置であって家族、社会及び国による措置についての権利を有する。」とし、二項は「すべての児童は、出生の後直ちに登録され、かつ、氏名を有する。」と定めている。児童は、児童であるというだけで、いついかなる条件下にあっても、なんらの差別も受けることなく、国、社会、家族に対して保護措置を求める権利を有するとするものであり、児童の権利の絶対性をうたった規定である。
ところが、本件「同居」要件はいたずらに児童の登録を阻むだけでなく(二四条二項違反)、国、自治体に対する保護措置をも受けられなくなる事態をもたらすものであり(二四条一項違反)、国際人権規約を蹂躪するものである。
現に原告はいかなる国のいかなる種類の登録もなされていない状態にあり、このような事態を許す外登法一五条二項は、国際人権規約B規約二四条一項、二項に明白に違反している。
四 以上、一乃至三の理由により本件不受理処分は違法であり、取り消されなくてはならない。
ところで、本件処分をしたのは外国人登録事務を国から機関委任されている被告津市長であるが、実際の判断者は国、法務省である。被告や三重県の担当者はいずれも本件申請の受理に前向きであるにも係わらず、国、法務省のみが消極姿勢であるのは尋常ではない。本来なら運用で処理されてもよさそうな事案で頑なな態度をとっているのは行政の硬直化そのものである。本件は、現場の判断の方がよほど実情にかなっており、トップの判断が誤った典型例である。
改めて、被告を通して、国、法務省の反省と再考を求める。
第三 求釈明
原告は、現状の未登録の状態(いかなる国のいかなる種類の登録もなされていない状態)を前提に、被告、国、法務省に対して次の釈明を求める。
一 原告は外国人登録申請と共に特別永住許可申請もしているが、登録課から外国人登録不受理回答と共に特別永住許可申請書も返戻される事態となっているようである(但し、李は受領を拒否するものである)。そこで、原告が今後特別永住者の在留資格を得るためにはどのような手続きをする必要があるのか示されたい。
二 原告が外国人登録できないでいる事態に対して、今後どのような対応を考えているのか示されたい。
以上