平成五年行ウ第一号

 原 告   李   聖 徳
 被 告   津  市  長

一九九四年五月一九日

 原告訴訟代理人
  弁護士  伊 藤 誠 基
  弁護士  梅 山 光 法

津地方裁判所 御中

     準備書面

 本準備書面では、被告第五準備書面(平成六年三月三日付)に対する再反論を必要の範囲内で述べることとする。

一  被告は、同居関係にない者についてまで代理申請義務が生ずることになれば、その者は当該外国人が負うに至った外登法上の義務発生の事実、発生日時等を当然には知る機会が存しないにもかかわらず、代理申請義務を履行するため法定期間内に当該外国人の居住地の市区町村に出向かなければならない等の過度の負担が生じたり〔同準備書面第一、一、1、(二)〕、本件の如く同居していない親権者に登録申請させる義務を課すような結果になると主張しているが(同準備書面第一、三、2)、もとより原告は法定代理人である李在一に外登法一五条二項に定める代理申請義務があるなどと主張するものではない。
 本来の代理申請義務を負っている者(置野昭子等)が同義務を履行しないこと明白な場合には、日本に在留する外国人をことごとく把握管理することを狙った外国人登録法の趣旨、目的に鑑み、例外的に当該外国人の法定代理人がこれに代わって代理、代行申請を行っても不適法とすべきではないと述べているだけであり、代理申請者としての資格の付与を訴えているのである。戸籍法上の報告的届出については、申請義務者と申請資格者が明確に区別されているが、外登法上も行政運用で区別すれば被告の指摘する不都合は生じない。従って、李在一は原告の新規登録代理申請を怠っても過料の制裁はないが、自ら原告の代理人となって申請しても、外登法一五条二項の同居概念を柔軟に解釈、運用すれば(後に敷衍する。)、決して違法となるものではない。
 被告は、これに関連して、「受理しても良かった」という原告の指摘は「受理しなければならなかった」の根拠にはならないと主張しているが(同準備書面第一、三、2)原告の解釈からすれば、「受理しても良かった」という意義は被告に受理義務があったというのと同じことを指すものである。

二  被告は、「同居」概念について、広辞苑をひきながら、同居とは「同じ家に住むこと」という日常の生活用語を指すとしている〔同準備書面第一、一、2、(一)〕。
 しかしながら、法律用語としての同居概念をどのように定めるかは、当該法律に特段の定めがなければ、社会通念を基礎としながらも、当該法律の趣旨・目的から最も相応しい解釈をすればよいのであって、硬直した解釈態度はかえって有害である。刑罰法規ならともかく、行政法の分野においては厳格解釈は不要であり(勿論法律に基づく行政という建前に配慮しつつではあるが。)、現に行政実務においてはいくらでも合理的な拡張解釈はなされてきたはずである。原告は、たまたま、保護者が旅館の主人に依頼して一六歳未満の未成年者の監護を依頼した場合とか、養護施設に入所中の児童と施設の職員の場合の行政実例を挙げて(甲九)、外登法一五条二項に定める同居概念を狭める必要はないと主張しているが、このようなことは戸籍法上の運用でも珍しくはない。
 例えば更なる例を挙げると死亡届けについて、過去同居概念を拡張解釈した行政実例がある。
 現行戸籍法八七条一項は「左の者は、その順序に従って、死亡の届出をしなければならない。但し、順序にかかわらず届出をすることができる。」とし、「第一  同居の親族」「第二  その他の同居者」「第三  家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人」と届出義務者を定めている。更に同条二項は「死亡の届出は、同居の親族以外の親族も、これをすることができる。」と届出資格者を定めている。ところで、八七条二項は昭和五一年法律第六六号による法の一部改正の際新たに新設されたもので、それ以前は届出義務者の規定しか置かれていなかった。そこで、旧法下において、遠隔の地に嫁いでいる娘が生家に到着と同時に発病し、その日のうちに死亡した場合、生家の実父は同居の親族として死亡届をすることができるかどうか問題となったことがあった。被告の本件における解釈態度からすれば、明らかに不受理の回答となるはずのものであるが、行政実例ではゴ−サインを出している(昭和三○年一月二三日民事二発第三一号民事局第二課長回答)。その理由として、「同居の親族」として扱えるとしている。因みに当時、ここでいう「同居」とは「死亡者の死亡当時その者と世帯を同じくしていたものをいう(大正三年一一月一七日民第一一一○号法務局長回答)」という解釈が用いられていたのである。既に嫁いで実家の父とは世帯を同じくしていない娘が一時実家に帰ったというだけでの事案であるが、被告の解釈では、実家の父はどう考えても八七条一項の届出義務者にはならず、右のような申請は不適法として受理すべきではないことになる。
 また、単身で居住していた者が死亡し、近隣に別居している子から同居者として死亡届けがあった場合も問題となったことがあり、ここでも、受理してさしつかえないという扱いがなされている(昭和三二年九月一三日民事甲第一七四三号民事局長回答)。別居者も同居者として扱うというのであるから、用語の社会通念だけを拠り所にしているだけでは説明がつかない(以上戸籍法逐条解説五七四ペ−ジ)。やはり、適正な行政事務を遂行するためには合理的な拡張解釈は不可欠である。

三 被告は原告の指摘した外登法の行政実例に対し、他に届出義務者が存在しない場合であるから事案が異なるとしている。また、逐条解説も擁護施設の職員が代理申請義務者に該当しないことを前提とした上で実際上の当、不当の観点から施設の職員による申請代行を是認しているはずで、逐条解説の事例と対比して本件処分が違法とはいえないとしている〔同準備書面第一、二、1、(一)〕。
 それでは、届出義務者の有無によって外登法一五条二項に定める者以外の者の申請の可否を決する理由は何であろうか。被告は何も述べていないが、結局は他に新規登録の手段がないから止むを得ざる措置として是認せざるを得ないということではないだろうか。ならば、届出義務者がその義務を履行しようとしない場合も受理して一向に差し支えはない。いずれにしても、厳格な解釈態度をとる被告が届出義務者の有無という形式的理由によって「例外的取扱」の拒否を決するというのは一貫しない。これでは行政のご都合主義ではないかと言いたくもなるのである。
 次に、行政実例は施設の職員に代理申請義務まで認めたものではないとしている点であるが、これは正にそのとおりである。しかし、受理する以上は届出資格は認めているはずである。すなわち、施設の職員は代理申請義務はないが、届出資格を認めて受理を認めているのである。ここにおいて、施設の職員の申請は適法と判断されたのであり、かかる解釈をとる以上、仮に施設の職員の申請を受理しなければ違法ということになるのは論をまたない。

四 被告は、住民基本台帳法では住民の利便の増進を関連づけているが、外登法は在留外国人の管理に資することを目的としており、必ずしも当該外国人の生活関係上の利益享受と直結しないと主張している(同準備書面第三、一及び二)。
 しかし、被告の解釈は正しくはない。
 法務省入国管理局の有志職員からなる法令研究会が編集し、法務省入国管理局が監修している出入国管理・外国人登録実務六法(昭和六三年度版)によれば、外登法一条(目的)の解説として次のように述べられている。「本条は、本法の目的を明らかにしたものである。本法は、本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を把握して、在留外国人の管理のために必要とされる正確な資料情報を提供することを目的としている。本法は、外国人の管理そのものを目的とするものではなく、管理それ自体は、出入国管理及び難民認定法(以下、『入管法』という。)その他の法令が担当する。情報・資料の提供の対象となるのは、在留外国人の管理に関する行政であるが、それは出入国管理行政に限定されるものではなく、労働行政、福祉行政、住宅行政、文教行政、税務行政、住民行政等多岐にわたる。また国の行政に限定されるものではなく、都道府県、市町村等の地方公共団体の行政もその対象となる。」
 これは正に外国人登録が当該外国人の生活関係上の諸利益とも直結していることを認めた解説であり、被告の解釈は外登法の一面のみにとらわれたものである。

五 被告は外国人登録がなされないことによりどのような重大な影響を及ぼすのかを原告側において具体的に立証すべきであるとか、外国人登録を実際に利用する立場にある各行政主体を相手方として解決を図るべき問題だとしているが(同準備書面第二、三)、前記実務六法の解説とは相いれない開き直りの態度であり、就学問題で現に手間取ったことも忘れた暴論である。
 原告は確かに外国人登録がなくても結果的には公立学校に入学でき、在留資格も取得できたが、この先、自己の身分関係、居住関係を公証する必要が生じた時、それぞれ個別の行政主体等の相手方との間で問題を解決せよというのは無茶苦茶な話である。

六 最後に、原告に特別永住許可が認められても、本邦に在留する資格が与えられるだけで、外国人登録がなされなければ、いつまでも生活関係上の不利益は解消されないことに変わりはなく、本件処分は速やかに取り消されるべきである。

以上


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