原 告 李 聖 徳
被 告 津 市 長
一九九四年一○月六日
原告訴訟代理人
弁護士 伊 藤 誠 基
弁護士 梅 山 光 法
津地方裁判所御中
準備書面
一 外国人登録法上の申請義務と申請資格について
1 原告は、一九九三年五月一〇日付準備書面第二、一において外登法一五条二項の「同居」概念の拡張を主張し、片や同書面第二、二において本件申請を事務管理に準じ必要止むを得ざる代行措置として受理すべきことを主張しているが、これは一定の条件下で原告の法定代理人に原告の外国人登録に関する申請資格を付与すべきことを訴えるものに他ならない。
行政機関に対する報告的届出については、届出義務者と届出資格者(権利)を分けて規定されている場合がある。原告が本件との対比で例として掲げた戸籍法八七条の死亡届の規定も、同条一項は届出義務者(同居の親族等)、同条二項は届出資格者(同居の親族以外の親族)に関する規定とされ、届出義務者には過料の制裁が課されるが、届出資格者には制裁が課されないことになっている(戸籍法一二○条)。
従って、これと同様に考えれば、本件で同居概念を拡張したり、同居者以外からの申請を受理したからといって、申請者が申請義務者になるわけではないし、罪刑法定主義上申請しないことによって処罰を受けることもない。
そもそも外登法一五条二項が代理申請義務者を同居者に限定したのは、登録事項の正確性を確保するためもあるのだろうが、それとともに、罰則という強い強制力で代理申請義務を課す以上、同居していない親族まで同義務を負担させることは、同項が刑罰法規としての性格を併有していることもあって好ましくないとされただけのことである。従って、外登法でも理論的には申請義務者と申請資格者(義務はないが資格や権利がある申請人)を分けて考えることは可能である。
2 被告は、戸籍法八七条二項の死亡届出資格者の規定は法律の改正によってなされたものであり、外登法一五条二項にはこのような規定が存在しないというが(被告第五準備書面第一、三、2)、戸籍法改正前にも、死亡届人に関し行政実例上同居概念が拡張解釈されていたことは原告一九九四年五月一九日付準備書面二でも述べたところである。
遠隔の地に嫁いでいた娘が生家の到着と同時に発病し、その日のうちに死亡した場合生家の父は同居の親族とする扱い、あるいは、単身で居住していた者が死亡し、近隣に別居している子から死亡届があった場合は受理して差しつかえないというのは、正に届出義務と届出資格を理論上区別した上で、解釈論で届出資格を認めたのと同じことである。
また、失踪宣告の届出人についても、届出義務者は失踪宣告審判の申立人であると規定されているが(戸籍法九四条)、先例で失踪宣告後、その届出前に、失踪宣告の請求をした者が死亡したという希有な事例(しかしあり得ることではある。)で、他の利害関係人からの届出が認められているという。現在でも、他の利害関係人は届出義務者とはされていない(当然ではあるが。)のであるから、ここでも解釈論で届出資格を認めたことになる。
よって、解釈論で資格(権利)を認める以上無原則であってはならないが、一定の条件下で資格者による届出、申請として受理しても、立法論だと非難する必要は少しもない。
原告は未だ外国人登録されないという不利益状態にあり、これを避けるためには原告の法定代理人である父李在一に代理申請資格を付与する以外手段はないのであるから(申請義務者は確信犯的に申請を拒否している。)、本件申請を不適法とするのは誤りである。
二 被告の本案前の主張に対する反論
被告は、第七準備書面一、3において、外登法は外国人個人の権利、利益を保護する法律ではないから、原告には本件処分の取消を求める法律上の利益はないと主張している。また、外国人登録証明書等が外国人が社会生活を営む上で大きな便益を与えているとしてもそれは反射的利益に過ぎないとして、主婦連のジュ−ス事件を例に、原告の訴えの利益、当事者適格を否定している。
この主張は、主婦連のジュース事件の判例を根拠とするものであるが、事案は消費者団体の原告適格(不服申立の当事者適格)に関するものであり、処分を受けた当事者自らが争っている本件には適切ではない。
すなわち、主婦連のジュ−ス事件とは、公正取引委員会が認定した社団法人日本果汁協会の果汁飲料等の表示に関する公正競争規約が不当景品類及び不当表示防止法に反しているとして消費者団体である主婦連が公取委相手に不服申立をした事件である。ところで、景表法一○条六項は、業界の定める公正競争規約に関する公取委の処分に対して不服申立ができる旨規定しているが、ジュース事件で問題となったのは、不服申立権は処分を受けた事業者又は事業者団体だけでなく、一般消費者や消費者団体も含まれるか否かということであった。そこで、最高裁は、景表法の不服申立制度は一般の行政処分と同様処分によって権利や法律上保護された利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある者に限られるという一般論を展開した上、景表法は公正競争の確保という公益の実現にあり、それによって一般消費者が利益を受けることがあったとしても、反射的利益に過ぎず、法律上保護された利益にはあたらないとして消費者団体の不服申立権(原告適格)を否定しただけのことである。
三 外国人登録申請の権利性に関する被告の主張に対する反論
1 被告は第七準備書面二において、外国人登録申請は義務であって、権利ではないとし、その根拠として外国人登録制度の目的は在留外国人の管理という公益に尽きるからだとしている。
従って、被告の主張に従えば、本件の場合に限らなくとも、外国人登録を不当に拒否された申請人は如何なる理由をもってしてもその不受理処分を争う余地は無くなり我が国に在留する外国人が異国で自己の身分関係、居住関係を証明することもできない事態を招くことになり、これでは良好な社会生活関係を形成することは到底不可能になる。このような解釈は法の下の平等を定めた憲法一四条、国際人権規約B規約二六条に反しており(国際人権規約はA規約、B規約とも一九七九年にB規約選択議定書を除いて批准されている。)、今日このような議論は通用しない。
ちなみに、B規約二六条は「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」と、改めて読んでみると感動を覚えるような格調で平等原則を規定している。
このように、日本人が住民登録を拒否されればこれを争う余地があるのに、外国人が外国人登録を拒否されたら争う手段がないというのは理由のない不平等な取扱いであり、被告のような解釈は憲法と国際人権規約の精神に反し、成り立ち得ない。
2 そればかりか、特別永住資格のある在日朝鮮人の人達にとってみれば、外国人登録は戸籍、住民票にも等しい重要な公的登録制度である。
特に、原告法定代理人は、外国人登録上、国籍は単に「朝鮮」という記載がなされているにすぎない。ここにいう「朝鮮」というのは日本国政府によれば、国籍ではないと解釈されている(「大韓民国」というのは国籍である。)。つまり、原告法定代理人は日本国籍を有しない外国人であるが祖国を国籍として表示できない状態に置かれているのである。その責任は勝手に他国を侵略して自国に併合しておきながら、平和条約でこれまた勝手に特別の保護措置もとらずにポイ捨てした日本国にあることは明らかだが、それはさて置くとしても、原告法定代理人にしてみれば、「祖国」に戸籍等で公的に登録されておらず、日本における外国人登録が唯一の公的登録制度となっているのである。このような人達にとって、外国人登録申請は例えば日本人の出生届けと同じような意義があり、登録拒否や拒否に対する争訟手段を奪うことは人道的に許されるわけがない。
被告指定代理人はどこまで事態の重要性を認識した上で主張しているのか定かではないが、本訴の中だけで主張されているのであれば、直ちに撤回されるよう求める。そうではなくて、「外国人は煮て食おうと、焼いて食おうと日本の勝手」と啖呵を切った人権感覚ゼロのかつての某法務省幹部職員(以前津地検の検事正もしていた人)と同じ発想に立っているのであれば、放置できない由々しき問題であり、許される機会を通じて抗議の意志表明をしてゆく。
3 頭にきているだけでは先が進まないので、次に外国人登録申請の権利性について主張する。
@ 外国人登録がなされた後の登録原票の利用状況については、一九九三年一一月一六日付原告準備書面第二、三で詳述したとおりであるが、改訂外国人登録事務必携(外国人登録事務協議会全国連合会法令研究会編・日本加除出版)四四頁乃至四六頁でも、「登録原票の利用は、国及び地方公共団体のあらゆる行政分野にまたがると言っても過言ではない。地方公共団体なかんずく市区町村における利用状況は、ア
人口諸統計事務、イ 住居表示調査事務、ウ 住民税等賦課徴収事務、エ 種痘接種等予防衛生対象者リスト、オ
敬老金等支給対象者リスト、カ 乳児・老人医療費助成事務、キ 国民健康保険事務、ク
印鑑証明事務、ケ 就学児童調査事務、コ 生活保護関係、サ 年金事務、シ 児童手当事務等各般の事務にわたっている。ここに例示したところだけでも、市区町村における登録原票の利用は、住民行政あるいはそれと密接に関連する分野において行われていることが分かる。それだけに、外国人登録事務は国の機関委任事務ではあるが、一面において住民行政的な色彩を帯び、市区町村と切り離すことのできない関係にあるといえよう。」とされている。
従って、外国人登録制度は本来的に自己完結的なものとして存在しているのではなく被告が主張するように各行政分野への情報、資料の提供を目的としているという点においては住民基本台帳と同質の制度であり、類似の機能を果している。
これに対し、被告によれば、住民基本台帳法一条の中には「住民の利便を増進する」ことがうたわれているのに対し、外国人登録法一条には管理される外国人側の利便はうたわれていないとするが、この論法でいけば、先のジュース事件でも一般消費者に景表法一○条六項の申立権が認められてよさそうなものである。なぜなら同法一条は「この法律は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘因を防止するため、(中略)、公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護することを目的とする。」と定めているからである。
結局、目的規定だけでは根拠にならないということであり、処分を受けた当事者の訴えの利益の有無は総合的、実質的見地からなされるべきで、被告のように硬直した形式論で裁判を受ける権利そのものを狭めてしまう解釈論は有害なのである。
外国人登録は当該外国人にとっても利益となる福利行政上の目的でも利用に供されているのであるから、住民基本台帳制度と類似の機能を営んでいるという意味において、登録申請の不受理処分を争う法律上の利益がある、といえば十分である。ここで、その利益が反射的かどうかなどという議論をするのは既述のように場違いである。
A 外国人登録制度は法改正によって外国人の個人的利益、便益をも考慮するようになってきている。
外登法四条は登録事項を定めているが、一四号の「在留の資格」は、それまで「在留資格」と規定されていたのを昭和六二年の一部改正の際に改められたものである。
それまで在留資格というのは入管法上の在留資格をさしており、当時在留外国人の半数近くを占めていた協定永住者等(現在は、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法により「特別永住者」という表現に一括されている。)の登録原票、登録証明書の在留資格欄には全く記載されず(空白)、備考欄にその旨の記載を行う扱いがなされていた。それを「在留の資格」とすることによって、特別永住資格を包摂することにし、正式な登録事項として登録原票、登録証明書に記載されることになったものである。改正がなされたのは、特別永住者の法的地位を登録事項として登録上明示することが、「公正な管理に資する」という外国人登録法の目的により適うものであること、これらの外国人にとっても有益であると考えられたからである(外国人登録事務必携三九頁、出入国管理・外国人登録実務六法三七〇頁)。
従って、外国人登録は当該外国人の利益とも直結していることは法自ら認めるところであり、登録申請の権利性を否定することはもはや許されず、不受理処分に対する争訟権、すなわち裁判を受ける権利は保障されなければならない。
4 以上のとおり、外国人登録申請の権利性を否定する被告の主張は、憲法一三条、国際人権規約B規約を蹂躪し、且つ、原告の裁判を受ける権利を侵害するものであるから、到底是認できるものではない。
以上
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