第七準備書面
原 告 李 聖 徳
被 告 津 市 長
平成六年八月二日
右被告指定代理人
加藤 裕
松本晴男
佐野武人
小林義信
川邊 武
片岡鉄彦
松浦隆之
相川憲雄
長島 豊
津地方裁判所民事部 御中
1 本訴は訴えの利益を欠く不適法なものであり、却下を免れない。
2 第一に、本件申請は、法定の申請義務者以外の者により行われたものであり手続的要件を欠く不適法なものである。
外国人登録法(以下「外登法」という。)は、当該外国人の同居者のみに代理申請義務を課しており、代理申請義務者を同居者に限定している趣旨は、外国人の身分関係のみならず居住関係についても正確に登録するという公益上の必要にあることは、既に繰り返し述べたとおりである。
そして、かかる代理申請義務者の範囲の制限は、私人に義務を課すものであり、かつ、その義務は、これを果たさないときは罰則による制裁をもって臨むという強力なものである。
したがって、法規の自由保障機能にかんがみれば、外登法の規定する申請義務者の範囲を個別的事案のいかんによって適宜拡大解釈するということは、元来許容されないのである。
そうであれば、外登法が代理申請義務者の範囲を同居者に限定している以上、同居者以外の者による申請は不適法なものとして、不受理を免れない。
そして、本件処分が取り消されたとしても、原告の親権者が原告と同居していない状況に何らの変化も存しない以上、被告としては、改めて原告の親権者による登録申請に対して不受理処分をするほかなく、原告の法律上の地位には何らの変動も生じないのであるから、原告には本件処分の取消しを求める利益が存しないといわなければならない。
すなわち、処分の取消訴訟は、違法な処分を取り消すことにより、事件を処分をなした行政庁に差し戻す制度であるところ、差戻しを受けた行政庁が改めて第一次的判断権を行使することにより、従前の処分と異なる内容の処分をする可能性が存する場合にのみ、その実益が存するのであって、本件のように、申請が不適法であることが一義的に明白であり、行政庁が従前の処分と異なる内容の処分をする余地が全くない場合には、処分の取消しを求める利益が存しないのである。
3 第二に、原告は、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有さず、原告適格を欠く。
処分の取消訴訟は、行政庁の処分によって違法に自己の権利利益の侵害を受けた者がその処分の取消しによって右権利利益を回復することを目的とする主観訴訟である。換言すれば、違法な行政処分がされ、そのために個人の権利利益が侵害されている場合に、その被害者からの訴えに基づいて右処分を取り消し、その判決の効力によって右の権利利益に対する侵害状態を解消させ、その法益の全部又は一部を回復させることが取消訴訟の目的であり、その意義なのである。
そして、かかる見地から、「行政庁の処分に対し不服申立てをすることができる者は、法律に特別の定めがない限り、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消等によってこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるべきであり」、「右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである」(いわゆる主婦連ジュース不当表示事件に関する(最高裁・昭和五三年三月一四日判決・民集三二巻二号二一一ページ)。
そこで、原告の主張する原告の権利利益の侵害が、右にいう権利又は法律上保護された利益に該当するか否かを検討する。
原告の主張する権利利益は、要するに、外国人登録原票、登録証明書及ぴ登録済証明書により、自己の身分関係及び居住関係を証明する利益、また、公的関係及び私的関係において登録証明書を活用する利益であり、原告のかかる利益が本件処分により侵害された旨の主張である。
確かに、今日の日本社会において、外国人登録証明書が社会生活上のいろいろな場面において活用され、本邦に在留する外国人はこれにより各種の便益を受けている。
しかし、これは正に、外登法が在留外国人の管理という公益の実現のために外国人登録制度を設け、これが日本社会において定着した結果、抽象的に在留外国人が受けることとなった反射的利益にすぎないのであって、外登法はかかる外国人の個人的利益を保護することを目的とするものではない。
既に述べたとおり、外登法は、「本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する」(外登法一条)ことを目的としており、外国人登録制度の目的は、個々の外国人の利益保護ではなく、専ら国の外国人に対する管理という公益に存することを明らかにしている。
このことは、住民基本台帳法が「住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他・・・(中略)・・・もって住民の利便を増進するとともに・・・」(一条)と住民の個別的利便をも保護の対象としていることと対照的である。
在留外国人が外国人登録制度によって受ける便益を、法律上保護された利益に高めよという議論は、立法論としてはともかく、現行法の解釈としては無理があるといわなければならない。
特に、類似の制度である住民登録制度と、法の規定する目的が文言上明確に対照をなしている以上、外登法一条は住民基本台帳法一条の反対解釈として、外国人の個人的利益を法律上保護の対象としていないと解釈せざ
るを得ない。
4 以上の理由により、本件訴訟は不適法であり速やかに却下されるべきである。
1 本邦に在留する外国人本人及ぴ一定の場合の同居者には外国人登録申請義務が課せられているが、これはあくまで義務にすぎないのであって、権利としての性質を有するものではない。
2 国家は、外国人を受け入れるか否か、また、受け入れる場合にいかなる条件を付するかについて自由に決定する権限を有しているから、国は、外国人の入国及び在留に関して管理を行う広汎な権限を有するものである。そして、その管理の前提として我が国に在留するすべての外国人についてその個別性、在留資格、居住及び身分関係等を確実に把握することが必要であるところ、外国人登録制度の目的はこの前提を整えることにあることから(外登法一条)、我が国に在留する外国人を正確に特定し、明確に把握するため、その申請に当たっては、当該外国人の身分関係及び居住関係等を一番正確に知っているはずの在留外国人本人が直接市区町村へ出頭する必要があるとして、外登法は本人出頭の原則を規定し(同法一五条一項)、さらに、原告のように申請義務者本人が一六歳未満の者である場合又は一六歳以上の者であっても、疾病その他身体の故障により外登法に規定する義務(新規登録申請等)を自ら履行できない場合は、その申請を、本人の身分関係及び居住関係等を本人と同程度に熟知していてしかるべき同居の者に限定したものである(同法一五条二項)。
すなわち、外国人登録制度の目的は、在留外国人の管理という公益に資することに尽きるのであり、したがって、登録申請をなすべき者の範囲も、右目的を達成すべく登録事項の正確性を期待できる者に限定したのである。
もし登録すべき者の範囲を便宜拡大するならぱ、登録事項の正確性は、その拡大の程度に従って犠牲にならざるを得ない。
しかし、内容の不正確な外国人登録は、右制度目的にかんがみれぱ、目的を達成し得ない有害無益なものである。
もとより法定の申請義務者が申請した場合であっても、その者が故意に虚偽の申請をするときは、結果的に不正確な登録がなされる可能性が生じる。
しかし、法は、その場合にも可及的に不正確な登録を防止すべく、虚偽の申請に対し懲役刑を含む重い罰則(外登法一八条一項二号)をもって臨んでいる。このことからも、外登法が登録事項の正確性を重視し、諸々の規定によりこれを担保し、正確な登録をあまねく実現すべく配慮していることがうかがわれる。
外登法一五条一項、二項もまた、登録事項の正確性を担保するために設けられた諸規定の一環を構成するものであり、したがって、法定の申請義務者に課せられた申請義務は、正しく義務に尽きるのであり、権利としての性格を併有するものではないのである。
3 もし外国人登録申請が権利であるとするならば、内容が正確である限りはだれが申請してもこれを拒むことができないことになる。正に原告も、本件において、内容が正確である以上は、同居者以外の者による申請であってもこれを不受理とすることは違法である旨の主張をしているのである。
しかし、かく解するときは、市町村の長等は、登録申請の都度、内容が正確であるか否かを判断した上、受理するか否かを決しなければならないことになる。
しかしながら、市町村の長等の事実調査権限の発動は、申請の内容について事実に反することを疑うに足りる相当な理由があるときに限られており(外登法一五条の二第一項)、申請時の提出に係る外国人登録申請書、旅券及び写真並ぴにその他の情報により事実に反することを疑うに足りる相当な理由が存しない場合には、事実の調査をすることができず、したがって、内容の正確性につき判断することはできないのである。
このことは、住民登録制度において、市町村長は必要があると認めるときはいつでも調査することができると定められている(住民基本台帳法三四条二項)ことと対照的である。
4 このように、外国人登録申請が義務であって権利でないことは、申請義務者の範囲の限定とあいまって正確な外国人登録の実現による在留外国人の公正な管理という公益に奉仕する原理であり、在留外国人の個人的利益の保護を目的としていないことの当然の帰結である。
外登法は職権登録の制度を認めていないため、法定の申請義務者が申請しないときは、外国人登録に空隙が生じることは避けられない。
外登法は、かかる事態を可及的に防止するため、罰則規定を設け申請義務の履行を間接的に強制しているのである。
もっとも、過料という比較的軽度の制裁では、間接強制手段として不十分であるとの見方もあり得よう。
しかし、通常申請義務の不履行が生じる原因は単なる申請義務者のけ怠であり、その場合には過科による制裁であっても間接強制手段として十分なのである。
本件のように、申請義務者が義務の履行を拒否する態度を明らかにしているケースは、法の予定していない異例の事態であるといわざるを得ない。
外国人登録事務の現場においては、しばしぱ指紋押捺拒否の問題が生じているが、外国人登録自体の拒否という問題は一般に生じていない。
また、不法入国あるいは不法残留の外国人に外国人登録申請をしない者が多く、これらの者は確信的に義務を履行しないのであろうが、これらの者については、事柄の性質上、いかなる手段をもってしても履行を強制することは不可能であろう。
被告としては、今後とも申請義務者に対する説得及び制裁手続を継続するが、根本的な問題は原告の父と母との間における原告の保護の方法に関する意見の相違であるから、両者の間での速やかな問題解決が望まれるのである。
1 原告は、例外的に在留外国人の法定代理人が本人に代わって申請を行っても不適法とすべきではない旨主張し、代理申請者としての資格の付与を求めているが、かかる主張は、現行法の規定の解釈の範囲を超える立法論であり、到底採用できない。
原告は、在留外国人の管理という外国人登録制度の目的からかかる解釈が導かれる旨主張するが、内容不正確な登録は外国人の管理を行う行政庁の判断を誤らせる有害無益なものであり、内容の正確性を犠牲にしても単純にすべての在留外国人の登録を実現すればよいということにはならないから、明らかに失当である。
2 また、原告は、受理してもよかったという意義は被告に受理義務があったというのと同じことを指す旨主張している。
しかし、これは論理的に誤っているというほかない。原告の論理によれば行政の活動はすべて羈束的であるということになってしまう。
3 原告は、行政法の分野においては厳格解釈は不要であり、現に行政実務においてはいくらでも合理的な拡張解釈がなされてきた旨主張している。
しかし、行政法の分野と一口にいってもその性質は様々であり、厳格な解釈が不要であるなどと一般的にいうことはできない。
外登法一五条二項は、私人に申請義務という公法上の義務を課す規定であるから、むしろ私人に過大な義務を課すことにならないよう厳格に解釈する必要がある。
4 原告は、保護者が旅館の主人に一六歳未満の未成年者の監護を依頼していたケース及び養護施設に入所中の児童のケースを拳示し、同居概念にこだわらない行政運用がなされている旨主張している。
しかし、被告第五準備書面第一で既に反論したように、これらのケースにおいて旅館の主人及び養護施設の職員は、家族でこそないものの、同一家屋において在留外国人本人と日常生活を共にする正に同居者であるのに対し、原告の父は定期的に原告と面接しているにすぎないし、右ケースは、他に申請義務者が存しないのであるから、本件とは明らかに事案が異なる。
したがって、過去の行政運用が同居概念を緩和しているものではないし、本件だけ特に異例の取扱いをしたものでもない。
5 また、原告は、申請義務者の範囲を拡張解釈して主張する根拠として、死亡届に関する戸籍法の届出先例を引用している。しかし、外国人登録法では戸籍法と異なり、市町村長等の職権記載の方法が規定されておらず、両者を同視することはできない。
戸籍法では、届出義務者以外の者から死亡届があった場合、又は、届出をしない場合には、市町村長は戸籍法四四条三項の規定により監督局の長(法務局の長・地方法務局の長)の許可を得て、職権により記載することとなるが、死亡届は迅速処理が要求されることから、原告が引用する先例では戸籍法に定める届出資格を拡張解釈し、届出義務者以外からの届出であっても、催告等の職権記載の手順を踏まずに受理することとしたものと考えられる。
したがって、原告主張のように外登法一五条二項を戸籍法の先例のように拡張解釈できると解することはできないのである。
しかも、死亡届は、外国人登録と具なり内容単純であり、また、その事実は診断書又は検案書の記載により容易に確認できるのであるから、申請義務者を同居者に限定することは内容の正確性を担保する上で格別の意味を持たず、かかる限定をする必要性に乏しい。だからこそ法改正がなされたのである。
このように、戸籍法・住民基本台帳法関係の事例が本件との比較に親しまないことは既に述べたとおりである。
6 また、原告は、被告が届出義務者の有無という形式的理由によって受理の可否を決するのは一貫しない旨主張し、行政のご都合主義である旨論難している。
しかし、他の届出義務者の有無を問題とするのは、決して形式的理由によるものではない。
他に届出義務者が存しないということは、すなわち、他に同居者が存しないということにほかならず、旅館の主人及び養護施設職員こそが正確性の担保という制度目的に照らし在留外国人本人の身分関係、居住関係等を最も熟知している者であるという実質的理由に基づく解釈なのである。
被告は、原告の場合は他に明らかに同居者が存するからその者こそが外登法一五条二項の申請義務者にふさわしく、そのような者が存する場合に申請義務者の範囲を拡大することは正確性の担保という制度目的にそぐわない旨主張しているのであり、他の手段がないからやむを得ざる措置として是認するという趣旨ではない。
7 また、原告は、「出入国管理・外国人登録実務六法(昭和六三年度版)」の記述を引用し、外国人登録が当該外国人の生活関係上の諸利益とも直結していることを認めた解説である旨主張している。
しかし、原告引用部分は、外登法による外国人の管理は出入国管理に限らないという当然の事理を述べるものにすぎない。
原告は、外国人登録制度により提供される情報・資料の対象に福祉行政等が含まれていることをもって、外登法の目的に在留外国人の個人的利益の保護が含まれると解釈しているようである。
しかし、先に引用したいわゆる主婦連ジュース不当表示事件においても、「景表法の規定により一般消費者が受ける利益は、被告による同法の適正な運用によって実現されるべき公益の保護を通じ国民一般が共通してもつにいたる抽象的、平均的、一般的な利益・・・(中略)・・・であって、本来私人等権利主体の個人的な利益を保護することを目的とする法規により保障される法律上保護された利益とはいえないものである。」と判示されているように、私人の利益を法が予定しているからといって、直ちにそれが個々の私人の個人的利益として保護されることにはならないのである。外国人登録制度が各行政分野への情報・資料の提供を目的としており、各行政分野の中には在留外国人に対する授益的なものが含まれるからといって、外登法が在留外国人の個人的利益の保護を目的としていることにはならないことは明らかである。