平成七年(行コ)第一二号

控訴人  李 聖徳

被控訴人 津市長 近藤康雄

一九九六年四月二二日

控訴人訴訟代理人
 弁護士 伊藤誠基
 弁護士 梅山光法

名古屋高等裁判所民事第三部 御中

準備書面

第一  子供の登録権について

一  日本国籍を有する子の場合、わが国では戸籍法が詳細な規定を置いているので、無登録の状態が継続することはまずあり得ず、子供の登録権という人権が侵害される事態を想定することは困難である。
 
 すなわち、戸籍法五二条は、父又は母に子の出生届の届出義務を課し(同条一項)第一次的届出義務者が届出をすることができない場合は、同居者、出産に立ち会った医師、助産婦又はその他の者にも届出義務を課し(同条三項)、また、父母以外の法定代理人にも届出資格を認める等子の登録に遺漏なきを期している。更に、同法五六条、五七条は公設所の長や市町村長まで子の登録の為のあらゆる手だてを講ずるよう義務付けている。

二  ところが、一六歳未満の在日韓国朝鮮人の場合、わが国の外国人登録制度が唯一の登録制度となっているところ、後記のとおり規定の不備から登録を阻まれる事態が容易に想定され、登録権侵害の問題が発生する。
 本件は正にこのような事例であり、子供の登録権侵害の事案であることを認識する必要があるが、原判決は遺憾ながら、一六歳未満の外国人未成年者の登録の代理申請資格をどのように定めるかは手続的な事柄であり、立法政策の問題であるとして、子供の登録権が侵害されているという認識が希薄である。
 もっとも、控訴人の場合、その法定代理人親権者である李在一が仮に韓国において戸籍登録をした場合には控訴人も韓国で戸籍登録される可能性はある。しかしながら韓国において戸籍を有していたとしても、多くの在日韓国朝鮮人がそうであるように日本に定住し自らの生活基盤を形成している者にとっては、日本における外国人登録が、教育を受けたり、各種の社会保障を享受したり、あるいはもっと広く人権の享有主体であることや自己の身分関係、居住関係の公証を求める唯一の制度であることに変わりはなく、ここにおいて少なくとも在日韓国朝鮮人にとっては、外国人登録制度は日本人の戸籍、住民登録と同等の価値と機能を有する制度である。

三  ところで、被控訴人は、外国人登録申請は「義務」ではあっても「権利」ではないとしきりに主張しているが、外国人登録法の解釈問題をひとまず置いて、「子供の登録権」という人権概念を承認しているのであろうか。
 控訴人は、一九九四年一二月八日付準備書面第二項でも主張したように、国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)第二四条2は「すべての児童は、出生後直ちに登録され、かつ、氏名を有する。」と規定し、子供の権利条約第七条1は「児童は、出生の後直ちに登録これる。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できるかぎりその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。」と規定しているように、子供の登録権は何人も侵すことのできない基本的人権の一つである。
 条約の場合、常に国内法的効力が云々されるが、特に国際人権規約B規約は前国家的自然権的人権を保障することを内容としており、同規約第二条1もわざわざ「この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。」と規定して、同規約が自動執行(self−executing)の性格を有していることを明らかにしているので、当然に国内法的な効力があり、裁判規範として機能する(ジュリスト一〇二二号二五頁「人権の国際的保障と国際人権の国内的保障」横田耕一九大教授著)。

 四  子供の登録権が人権であり条約で明記されているとしても、法律と条約のいずれが優位するのか。
 これまた、日本国憲法九八条二項が「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」としているので、この憲法の規定を根拠としてわが国においては、条約は法律に優先するものと解されている。
 ところが、原判決は、一六歳未満の未成年外国人の登録申請資格をどのような範囲で定めるかは単に事務手続的問題であるとか、立法政策の問題であると理解し、控訴人の登録問題について外国人登録法の方が国際人権規約や子供の権利条約より優位するかの如き態度をとったのは本末転倒である。
 本件では、子供の登録権という人権を前提に外国人登録法の合理的解釈をすべきである。

第二  不合理な外登法一五条二項

一  外登法一五条二項の代理申請規定はいかように考えても代理申請人の範囲を限定しすぎており、不備である。
 先ず、代理申請できる場合を、 (1)外国人が一六歳に満たない場合又は (2)疾病その他身体の故障により自ら申請若しくは登録証明書の受領若しくは提出することができない場合に限定しているが、戸籍法や住民基本台帳法上の各種届出規定と対比しても、著しく狭すぎる。
 従って、養護施設等に入所している一六歳未満の未成年外国人の登録申請の場合とか(甲九によれば、施設の職員が登録申請を代行できる旨解説されている)、受刑者が切替交付申請等する場合(甲一九によれば、刑務所長が代行している実態がある)等に矛盾が生ずることになる。
 外国人の「公正な管理」を旨とする外登法にしては外登法一五条二項は欠陥規定である。

二  更に、代理人申請資格者を「同居者」に限定するのも不合理である。
 この点、被控訴人は、登録の正確性を担保するものとして合理性があると主張するのであるが、確かに一応はそのように言えても、逆に「同居者」でなければ正確性を担保できないのかが問われなければならない。
 日本人の子の場合、先の戸籍法五二条四項は父母以外の法定代理人の届出資格を認めており、「同居」を要件としていない。従って、本件でも控訴人の法定代理人親権者で、父である李在一を代理申請人資格から排除する合理性はないと言ってよい。
 日本人の子の場合は非同居者も登録申請(戸籍法による届出)できるのに、在日韓国朝鮮人の場合は同居者でなければ子の登録ができないというのではいかにしても不合理である。
 従って、外登法一五条二項が、一六歳未満の未成年外国人の代理申請資格を「同居者」に限定し、非同居者である法定代理人までも排除する趣旨であるとすれば、戸籍法が同居、非同居を問わず父母に子の出生届出資格を認めているのと比べると、著しく合理性を欠き、在日韓国朝鮮人の子の登録権を侵害していることになる。

三  以上のような外登法一五条二項の問題点を踏まえると、外登法一条の目的解釈をは  じめ(控訴人一九九五年九月一八日付準備書面一)、既に同条に規定する代理申請義務者以外の者からの申請が事務管理として有効とされている行政解釈や判例が存在し且つ、矯正施設の長による登録事務の代行が事務管理として一般的に行われている実態を勘案すれば、控訴人の法定代理人である李在一からの代理申請は、「同居者に準ずる者」からの申請として理解すればよく、これを不適法なものとして排除する必要はないし、排除すれば(不受理)、かえって子の登録権を侵害するものとして違法(国際人権規約B規約二四条2違反、子供の権利条約七条1違反)との評価を受けるものと解すべきである。
 被控訴人は、ここでも、 (1)外登法は申請義務者に罰則をもって登録を強制しているから国語的意味を超える解釈は許されない、 (2)住民基本台帳法のように義務者以外の者からの申請を許す規定が存在しない、 (3)本件は控訴人と同居している母親が登録申請しないだけのことであると主張している。
 しかしながら、 (1)については、控訴人の解釈をとったとしても、非同居者にまで罰則(ここでは過料)が及ぶものと理解する必要はない。罰則(過料)が及ぶ範囲と申請資格者の間に齟齬が生ずることがあっても、子供の登録権を保障し、外登法ないし外国人登録制度の目的、趣旨、意義を貫徹しようとすれば許容の範囲内である。 (2)についても、被控訴人のように、外登法が住民基本台帳法のような義務者以外からの申請を許す規定を置いていないので例え法定代理人であっても子供の登録申請はできないと解釈するのであれば、それこそ外登法一五条二項は国際人権規約と子供の権利条約に違反することになる。
 また、 (3)についても、外国人登録の代理申請義務者がその意思により義務を履行しない等必ずしも客観的障害事由が存在するとは言えない場合でも、法定代理人において代理申請できる途を講じてはじめて在日韓国朝鮮人の子の登録権が保障されることになる。

第三 本件申請の受理義務について

  被控訴人は、控訴審第一準備書面第四項で、控訴人は外国人登録が受理された場合の効力の有無の問題と受理しなかったことの適法性の問題を混同していると批判しているので一言する。
 純粋に法理論上の問題点の指摘としてはそのとおりかもしれないが、行政上の申請行為の有効、無効が問題となっている場合には、受理すれば有効だが受理しなくても違法ではないという領域を認めるのは妥当ではない。やはり、申請行為が適法か違法かによって決めるべきであり、受理する側の扱いによって効力の有無を判定するのは原則としてすべきではない(被控訴人は、中間省略登記の例を挙げているが、経済活動の分野における取引の安全の為に例外的に許容されているだけのことであり、これを全ての申請行為に一般化できるものではない)。
 もっとも、本件では子供の登録する権利が問題となっており、控訴人は人権侵害だと主張しているのであるから、被控訴人は当然受理義務がある。

以  上


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