エスニシティの形成論――在日韓国人青年を事例として
Formation of Ethnicity: a Case of Korean Youth in Japan

金明秀
Myung-Soo KIM




はじめに

 かつて、エスニシティ研究(1)は、差別論の小テーマでしかなかった。それが、ここ数十年のうちに多数の専門研究者を擁する研究市場へと急速に成熟するとともに、さまざまな議論と理論化の試みを産み出すまでになったのは、旧来の社会学理論では説明のつかない民族的現象の拡大趨勢によって、社会科学が根本的な理解の様式の再編を迫られたからにほかならない。マルクス主義的な予測も、機能構造主義的な視角も越えて出現した、エスニック・リバイバルという現実を説明すること、それがエスニシティ研究の動因であり、根元的な問題関心であった。言い換えると、エスニシティに関わる研究、あるいはその研究史は、民族的な現実にたいする後追いの説明を本質的な特徴としてきたということでもある。それは、この領域で提出されてきた理論の多くが、具体的な民族的集団を射程に据えた中範囲レベルのものであるということからも理解されよう(2)

 しかしながら、エスニシティ研究の諸理論、とくにその形成原理に関する理論群は、これまで実証的な側面から十分に検証されているとは言いがたい(3)。エスニシティ研究の根元的な問題関心が、先行する現実への対応にあるとするならば、これは大きな矛盾であると言えるだろう。その理由は必ずしも明確ではないが、たとえばアメリカにおいては、エスニック・コミュニティの拡散によって、参与観察やフィールド調査が困難になっていることや[Waters 1990]、計量的な調査もほとんどの場合センサスデータを用いるため、分析項目が代替的で浅薄なものにならざるをえないことなどが、重要な要因として指摘できるだろう。

 一方、日本のエスニシティ研究もこの矛盾と無縁ではない。むしろ、アメリカにくらべて問題はより顕著にあらわれているように思われる。

 たとえば、アメリカでは社会階層論が例外的にエスニシティを実証研究の射程に含んできたが(4)、日本の社会階層論は、データ収集上の制約があったとはいえ、まったくといってよいほど民族的階層化の問題を取り扱ってこなかった。

 また、『社会学評論』は、第一七六号において同誌としてははじめてエスニシティに関する特集に取り組んだが(5)、計六本の特集論文のうち、参与観察やフィールド調査を含めた実証的な研究は一本もなく、さらには、具体的な日本の民族的集団について積極的に論及したものも存在してない。これは、ここ数年、同誌に掲載されたエスニシティ研究の多くに通底する特徴でもある。

 日本のエスニシティ研究におけるこうした現況は、単に実証研究が不足しているという問題だけでなく、なぜ日本でエスニシティを研究するのかという主体性の問題さえ惹起しかねない。

 本論文の目的は、以上のような問題状況を考慮し、在日朝鮮人(6)を対象とした調査データを用いることによって、エスニシティがいかにして形成されるかという根元的な問いに実証的な側面から一つの回答を提示することである。在日朝鮮人を調査対象にするのは、日本におけるエスニシティ研究の主体性にかかわる問題だからというだけでない。在日朝鮮人は、民族的マイノリティのプロトタイプという特徴を備えているため、たとえばアメリカのように多民族状況にある地域の民族的集団よりも、エスニシティの形成を論じるにあたって問題を特定化しやすいためでもある。

 以下、本稿の論理構成は、まず(一)エスニシティの測定に関するアプローチを整理したうえで、(二)実際の調査データからエスニシティの構造を特定化し、(三)いくつかの説明変数を導入することにより、エスニシティの形成プロセスを探索的に検討する。さらに、(四)以上の調査結果を踏まえ、先行する諸理論に議論をフィードバックし、在日朝鮮人のエスニシティ形成に関する理論化の試みの端緒とする。

1 エスニシティの概念と測定

 イサジウは、一九七四年の段階で各論者によるエスニシティの定義状況を使用頻度ごとに整理しており、出自や固有文化といった客観的な構成要素を用いる論者が支配的であること、一方で心理・主観的な帰属状態を重視する論者は少数派であることを指摘している[Isajiw 1974]。しかしこれは、エスニシティという概念、あるいはその本質をめぐって、さまざまな視点の対立が明確化しはじめた時代のことであり(7)、むしろ現代から振りかえってみると、一九七〇年代は客観主義から主観主義へという大きなパラダイム転換の時期、あるいはその過渡期であったと指摘できよう。最近の主観主義はさらに、複数の帰属意識が状況によって選択されるという考え方が議論の中心となっており[Okamura 1981]、もはやイサジウの時代のスタティックな概念整理には収まりきらない方向へと展開しつつある。

 しかし、このように議論が活発なのは、あくまでも理論研究についてのことである。ひとたび計量研究に目を移してみると、エスニシティとは何かという本質論はもとより、エスニシティはいかにして測定しうるかという測定論さえ抜きで、わずか三通りの手法が十分な吟味なしに選択されてきたことがわかる[Smith 1980]。三通りの手法とは、「客観的出自重視nativityアプローチ」「帰属意識重視subjectiveアプローチ」「行動重視behavioralアプローチ」である。

 客観的出自重視アプローチとは、一九七〇年代までのアメリカの多くのセンサスで用いられてきたものであるが、本人、両親、祖父母などの出生地をたずねることによって、所属民族集団を同定しようというものである。正確で詳細なデータを収集できるため、分析者による事後処理がしやすいという利点がある反面、白人エスニックスなどの回答を取り込めず、欠損値が多くなるという問題がある。

 帰属意識重視アプローチは、客観的出自重視アプローチの欠点を補正する形で考案されたものであり、具体的には本人の帰属意識あるいは「祖先」のイメージをたずねるというスタイルをとる。複数の民族的集団への帰属意識を回答できるよう工夫されたものが多く、白人エスニックスを含めて多数の有効回答を得られるという利点を持つが、調査によって結果が異なるという不安定な側面がある(8)

 行動重視アプローチは、使用言語や族内婚の指向など、いくつかの民族的な態度や意識、行為を測定することによって、多角的に民族的な統合力を析出しようというものである。非常に広範にわたる測定の可能性を持つが、異なる民族的集団で同一の設問を利用することが困難であり、また移民後の世代が進むなどして文化的混淆が昂進すると、民族的な行動の測定そのものが困難になるという問題がある。

 さて、アメリカの計量的なエスニシティ研究は、ほとんどの場合において、客観的出自重視アプローチもしくは帰属意識重視アプローチを採用してきた。たとえば、この三つのアプローチを整理したスミス自身、行動重視アプローチについてほとんど紙幅を割いてはいない。スミスの論文を引用しているウォーターズにいたっては、これら両アプローチの限界を「個人にとっての民族的アイデンティティの意味、可能な選択肢の中からどのようにして、なぜ、ある民族集団を選択するのか、日常生活において民族的アイデンティティが用いられる頻度や内容、家庭内で世代的にどのように伝達されているのか、いずれもまったく不明」と指摘していながら、行動重視アプローチについてはまったく触れず、あたかも必然的な帰結だと言わんばかりに聞き取り調査へと転向している[Waters op cit.]。

 このように、客観的出自重視アプローチや帰属意識重視アプローチが頻用されてきたのにたいして、行動重視アプローチが等閑視されてきた理由そのものが一つの争点になりうるであろうが、ここでは両アプローチの問題点を指摘するに留めておこう。  まず、エスニシティの本質論にかかわる問題だが、客観的出自重視アプローチや帰属意識重視アプローチを用いる場合、その意図にかかわらず、出自もしくは帰属意識のみをエスニシティの規定要因とみなすことになる。

 しかし、独特の視点によってインド系イギリス学生のエスニシティを研究したハトニックの報告によると、民族的な帰属意識と民族的な態度や行為とのあいだには、有意な関連が検出されていない[Hutnik 1986]。彼の研究は、客観的出自や主観的帰属意識だけでは、民族的な統合力を十全に把握することができない可能性を示唆している。

 加えて言うと、ヴァン・デン・バーグが、エスニシティの構成原理として主観的要素を過度に拡張することに苦言を呈したことは有名であるが、帰属意識重視アプローチは、彼の批判にたいして何ら応えるすべを持ってはいない[van den Berghe 1976]。

 さらに、ウォーターズが指摘したように、これら二つのアプローチでは、民族的同一化の程度さえ測定できないという問題点もある。コーエンの言葉を借りれば、エスニシティとはいわば「変数」なのであり[Cohen 1974]、生活上のさまざまな局面において、表出の程度も自覚の度合いも異なっているはずである。

 こうした問題を回避し、さらに民族的な志向性を総合的に分析するためには、行動重視アプローチの立場をとるしかないことは自明であろう。つまり、ある種の民族的な態度や行為を、その強度や頻度とともに多元的に測定することによって初めて、民族的な志向性を包括的に把握できるようになるのであり、そしてエスニシティの構成要素としても、客観的要素と主観的要素を複合的に加味することが可能になる。

 前述したとおり、行動重視アプローチの問題は、多民族状況への適用が困難であることなどであるが、民族的マイノリティのプロトタイプである在日朝鮮人の場合、そうした問題は軽微ですむ。したがって、本論文では、エスニシティの測定にあたって行動重視アプローチを採用する。そしてそのことは、本論文におけるエスニシティの定義が、民族的な求心力に起因する態度、意識、行為の総体を包括する志向性であるということを意味する。

2 データ

 分析に用いるデータは、筆者らの全面的な協力のもとに、在日本大韓民国青年会が実施した「一九九三年在日韓国人青年意識調査(9)」(以下、本調査とする)である。本調査の母集団は、「日本生まれで、韓国籍を持つ、十八〜三〇歳の者」である。一九九三年六月二一日から九月二一日までの三カ月間、主として訪問面接法により実施された。

 母集団を代表するものとして、在日本大韓民国青年会の保有する名簿を用いた。在日本大韓民国青年会(以下、青年会)は、在日本大韓民国民団(10)(調査当時の名称は、在日大韓民国居留民団)の傘下団体であり、その保有する名簿は、民団の保有する名簿から十八〜三〇歳を抽出したうえで、若干の更新と追加をおこなったものである(11)

 この名簿から系統抽出をおこなった結果、約二千名の調査対象者を選出した。このなかから、名簿の記載間違いによって訪ねあたらなかった者や対象年齢外だった者、帰化によって韓国籍を喪失した者、死亡者など、青年会の名簿自体の不備による調査不能を調査対象者から除外した結果、最終的な調査対象者数は一七二三名になった。そのうち回収された調査票は八〇〇票である(回収率四六・四%)。

 調査票には、多角的な視点から用意された多くの変数が含まれているが、今回の分析に用いる概念および測定指標は以下のとおりである。多重指標で構成される概念については、主成分分析の結果をあわせて示している。

 年齢、性別
 純粋なコントロール要因として導入した。

 成育家庭内の民族的伝統性
 「チェサ(12)の年間開催数」「民族風結婚式への参加経験」「民族的儀礼の数」「両親の民族意識の強さ」の四指標から構成している。チェサの年間開催数は自由記述による回数である。民族風結婚式への参加経験は「まったくない」から「何度もある」までの五点尺度である。民族的儀礼の数は、「出生百日のお祝い(ペギル)」「出生1年目のお祝い(トル・チャンチ)」「民族風の還暦(ホァンガプ・チャンチ)」「民族風の葬式」「民族風のおはらい(クッ)」について、経験があるという回答数をコードとしている。両親の民族意識の強さは「非常に弱かったと思う」から「非常に強かったと思う」までの四点尺度である。この四変数を用いた主成分分析の結果は、表1のとおりである。

表1 家庭内民族性の主成分分析
変数 共通性 因子負荷量
チェサの年間開催数 .346 .588
民族風結婚式への参加経験.514.717
民族的儀礼の数.532.730
両親の民族意識の強さ.450.671
主成分固有値累積寄与率
11.842 46.1
2 .824 66.7
3 .738 85.2
4 .596100.0

 成育地域内同胞数
 十二歳当時の居住地域(町内を目安)に、同胞がどれだけ住んでいたかを尋ねたもの。選択肢は「わからない」「なかった」から「同胞多住地域」までの七段階。「わからない」は接触体験として「なかった」と同義であると解釈されるので、両者を統合して1とし、次いで「同胞多住地域」の6まで順にコード化した。

 被差別体験
 「まったくない」から「とてもよくある」までの五点尺度。

 出身職業階層(13)
 SSM調査の職業威信スコア[直井・鈴木 1978]を用いた。

 本人学歴
 教育年数を用いた。

 民族教育
 達成的な社会的地位としての「学歴」とは別に、民族的価値の伝達あるいは獲得形態として、受けた民族教育の程度を導入した。「まったく受けたことがない」から「非常にたくさん受けた」までの五点尺度である。

 民族団体への参加・接触経験
 各種民族団体の活動や催しにどれだけ参加したことがあるか頻度を尋ねた。「まったく参加したことはない」から「何度も参加したことがある」までの四点尺度である。

 エスニシティ
 エスニシティは十一個の多重指標で測定するが、詳細は次節で述べる。

3 分析1――エスニシティの測定

 エスニシティの指標は、いくつかの先行研究を参考にしつつ[Constatinou 1985; Hutnik op cit.; 金 1994]、在日韓国人青年の実態に適したものを表2のように選択した(14)

 「民族的知識」は、朝鮮民族にかんする四十の項目を挙げ、分布が大きく偏っている項目を除外してその総和を指標とした。その他の指標は、いずれも四〜六点尺度である。

 まずは、指標の妥当性とそれぞれの位置関係を確認するために、探索的な因子分析をおこなった(表2)。

表2 エスニシティの因子分析(主成分解のバリマックス回転)
変数 共通性 因子1 因子2
チェサを継承する意志.592.010.763
民族関連書籍の参照度.618.731.289
同胞の友人との交友願望.554.245.703
同胞との結婚志向.610.160.764
同胞社会への愛着度.541.300.671
民族関連知識の獲得度.720.794.300
母国語力(読解).726.844.117
母国語力(会話).780.867.168
本名の使用度.349.555.202
国籍を保持する意志.556.250.702
祖国統一問題への関心度.325.408.399
因子固有値累積寄与率
14.908 44.6
21.462 57.9
3 .809 65.3
4 .757 72.1
5 .632 77.9
6 .526 82.7
7 .489 87.1
8 .460 91.3
9 .421 95.1
10 .327 98.1
11 .210100.0

 共通性は、本名の使用度と祖国統一問題への関心度でやや低めに出ている他は、いずれも〇・六前後で安定して高い値を示しており、また、析出された二本の因子によって、十一の指標の全分散のうち、五七・九%が説明されている。これらのことは、全指標が総じて在日韓国人青年のエスニシティをよく代表していることを示唆している。

 さて、因子1のまわりにあつまったものは、「民族関連書籍の参照度」「民族関連知識の獲得度」「母国語力(読解)」「母国語力(会話)」「本名の使用度」の五つである。大多数の在日韓国人青年は、系統だった民族教育をうける機会を持たないため、実用可能な母国語能力を喪失しているということや[福岡ほか 1994]、やはり圧倒的多数が日本人風の通名を用いてパッシングをおこなっている現状を思い起こしてみると、これらの変数は、いずれも自覚的な努力を伴わなければ獲得/実行することの困難なものばかりであるということが理解されよう。

 すると、これらの設問には、「主体的」「手段的」「政治的」「認知的」とでもいうようなキーワードがふさわしい、ある統一的なイメージを指摘できよう。つまり、五つの設問群の背後にあってそれらを相互に結びつけている共通因子は、「民族的な問題を意識し、それを解決していこうとする主体的な志向性」のようなものと言えるのではないだろうか。そう考えて、以下では因子1のことを、「主体志向的エスニシティ」と呼ぶことにする。

 一方、因子2のまわりに集まったのは、「チェサを継承する意志」「同胞の友人との交友願望」「同胞との結婚志向」「同胞社会への愛着度」「国籍を保持する意志」の五つである。これら五つに共通するイメージをあげると、同胞民族集団や民族文化への「愛着」「つきあい」「つながり」というところであろう。つまり、因子2にあらわれている共通因子は、「情緒的に民族的なものとの紐帯を求めようとする関係的な志向性」のようなものだと言えないだろうか。そのように考えて、以下では因子2のことを、「関係志向的エスニシティ」と呼ぶことにする。

 また、両因子を以上のように解釈すると、「祖国統一問題への関心度」が、双方からほぼ同量の負荷を与えられていることは順当な結果として理解できよう。「祖国統一」は、民族の悲願として心情的な関心を呼び覚ますテーマである一方、すぐれて政治的なトピックとして自覚的な問題意識を刺激するテーマでもあるからである。

 以上の検討から、(一)各測定変数がエスニシティをバランスよく代表していること、(二)エスニシティは主体志向と関係志向という二つの志向性に分割することが統計学的に可能であるという、ここでの測定論にかかわるもっとも重大な二つの事実が明らかになったと考えられる。

 したがって以下の節においては、ここで議論した測定論に立脚しつつ、エスニシティを分節化した二つの志向性が、それぞれいかなる形成過程を持つものであるかを特定する。

4 分析2――エスニシティの形成要因

 探索的因子分析によって確認された単純構造をもとに、重回帰型のLISRELモデルを構成し(15)、データを適用した。表3〜5がその結果である。表3は、エスニシティとその他の変数との間の相関係数を示したものであるが、性別をのぞいて、すべての変数が、在日韓国人青年のエスニシティとなんらかの関連を持つことが明示されている。

表3 エスニシティとその他の変数との相関係数
 成育地域出身階層家庭伝統年齢性別本人学歴民族教育差別体験団体参加関係志向主体志向
成育地域 1.000          
出身階層-0.197* 1.000         
家庭伝統 0.371* 0.041 1.000        
年齢 0.116* 0.012 0.283* 1.000       
性別 0.015-0.010-0.004-0.079 1.000      
本人学歴-0.088 0.214*-0.009 0.022-0.0821.000     
民族教育 0.276* 0.020 0.550* 0.153* 0.0460.0411.000    
差別体験 0.113* 0.003 0.200* 0.222* 0.0060.060 0.203*1.000   
団体参加 0.253* 0.014 0.437* 0.091* 0.0190.018 0.513*0.207*1.000  
関係志向 0.278* 0.115* 0.711* 0.131* 0.0050.076 0.496*0.214*0.541*1.000 
主体志向 0.250* 0.095* 0.567* 0.256* 0.0220.262* 0.711*0.289*0.592*0.653*1.000
性別のコードは男性を1、女性を2とした。サンプル数等は表5を参照


表4 多重指標のλ係数
変数家庭伝統関係志向主体志向
チェサの年間開催数.370*.0c.0c
民族風結婚式への参加経験.625*.0c.0c
民族的儀礼の数.460*.0c.0c
両親の民族意識の強さ.608*.0c.0c
チェサを継承する意志.0c.677*.0c
同胞の友人との交友願望.0c.672*.0c
同胞との結婚志向.0c.704*.0c
同胞社会への愛着度.0c.672*.0c
国籍を保持する意志.0c.704*.0c
祖国統一問題への関心度.0c.250*.311*
民族関連書籍の参照度.0c.0c.756*
民族関連知識の獲得度.0c.0c.854*
母国語力(読解).0c.0c.688*
母国語力(会話).0c.0c.765*
本名の使用度.0c.0c.463*
サンプル数等は表5を参照


表5 各形成要因のβ係数
 関係志向主体志向
成育地域内同胞数 .010.006
出身社会階層 .077.026
成育家庭の伝統性 .582*.165*
年齢-.077.096*
性別 .000.024
本人学歴 .058.231*
民族教育の程度 .038.443*
被差別体験 .048.076*
民族団体への参加・接触 .259*.262*
cは固定値、 *は統計水準5%で有意
N=544  χ2/d.f.=429.69/181=2.37
GFI=.937  AGFI=.904  RMR= .040
関係志向のR2= .589 主体志向のR2= .675


 しかしながら、表5に示したベータ係数を見ると、関係志向と主体志向の形成要因は、非常に大きく異なっていることが一瞥できる。

 関係志向の形成に、もっとも強い直接の影響力を持っているのは、「成育家庭内の民族的伝統性」である。ベータ係数は〇・五八二であり、ほかの要因を圧倒する影響力の強さだと言える。つまり、関係志向が強くなるかどうかは、家庭内でどれだけ民族的な土壌に触れることができるかどうかに、きわめて大きく左右されているわけである。家庭内で、じかに受け継がれていくという意味で、これはエスニシティを「継承」するプロセスだと表現できる。

 関係志向にたいして、次に大きな影響力を持つものは、「民族団体への参加・接触経験」(〇・二五九)である。民族団体に参加し、同胞となんらかのコミュニケーションを持つことによって、関係志向が醸成されていくわけである。これは、家庭の外で身に付けるという意味で、エスニシティを「獲得」するプロセスだと言える。関係志向にたいしては、これらの他に有意な形成要因は見当たらない。

 つまり、関係志向は、家庭内で大きく継承され、一部、民族団体への参加によって獲得されるものなのである。その意味で、関係志向的エスニシティは、基本的に「継承的エスニシティ」と言うことができよう。

 一方、主体志向の形成にもっとも強い影響力を持つ要因は、「受けた民族教育の程度」(〇・四四三)である。どれだけ民族教育を受けたかということによって、主体志向の形成は、非常に大きく左右されているわけだが、これは、家庭内外の場で教育を受けることによって二次的につくられていくという意味で、エスニシティを獲得するプロセスの一つであると言えよう。

 次に大きな影響力を持っているのは、「民族団体への参加・接触経験」(〇・二六二)である。民族団体に参加することによって、「民族的な問題を意識し、それを解決していこうとする主体的な志向性」が形成されるというのは、非常に妥当なものと納得できよう。これは、すでに説明したように、エスニシティを獲得するプロセスである。

 また、「達成学歴」(〇・二三一)も明確な因果的効果を持っている。これも、エスニシティを獲得するプロセスである。

 こうしてみると、主体志向にたいして高い値を示しているのは、関係志向にたいしてほとんど因果的効果を持たなかった「受けた民族教育の程度」と「学歴」、そして「民族団体への参加・接触経験」であり、いずれもエスニシティを獲得するプロセスなのである。これらにたいして、関係志向の形成にもっとも大きな影響を及ぼしていた「成育家庭内の民族的伝統性」については、比較的小さな影響力にとどまっており(〇・一六五)、主体志向については、それを継承するプロセスはあまり強くないということがわかる。

 結局、主体志向は、家庭内外での教育を通して、また、民族団体への参加によって、大きく獲得されるものであり、家庭内で直接継承される部分はあまり大きくはない、ということになる。そう考えると、主体志向的エスニシティは、「獲得的エスニシティ」と意味づけることができる。

5 議論

5・1 エスニシティの本質論――その多義性

 一九八〇年代に入ると、エスニシティ概念を情緒的な部分や手段的な部分など、特定の側面のみによって強弁する研究者は少なくなった。しかしながら、かならずしも多様な側面の関連が十全に説明されてきたというわけではない。

 調査の結果から言えば、エスニシティの情緒的な側面(関係志向)と手段的な側面(主体志向)は、強い相関関係にある(相関係数〇・六五)、親和性の高いものであった。いわば、同じ求心力を構成する二つのパーツとして、両立しているわけである。

 本研究では、エスニシティの測定手法に行動重視アプローチを採用したことによって、こうした議論が実証的に可能になった。在日韓国人青年のデータを、欧米における他の民族集団にまで単純に一般化することは困難だが、今後のエスニシティにかかわる議論においては、その多義性という問題を直接の射程に含むことが望まれる。

5・2 エスニシティの形成論1――その自生性

 これまでにアメリカを中心に提出されてきた諸理論をふりかえってみると、ことエスニシティの形成理論に関しては、わずか三つのパラダイムあるいはシンドロームに分節化されることがわかる。それは、同化・反動論、原初的特性重視論、競合論である(16)

 同化・反動論には、これまで二つの大きな波があった。第一波は、多くの学説史で「同化理論」と称されるシカゴ学派を中心にした理論群であり(17)[Park & Burgess 1921; Park 1950; Gordon 1964; Greeley 1971]、第二の波は、国内植民地論[Hechter 1974, 1978]、分割労働市場論[Bonacich 1976]、移民小ビジネス論[Bonacich 1973; Bonacich & Modell 1980; Kim 1981]などの、いわゆる「民族的反作用論」である。

 これら多様な理論を同化もしくは反動の名のもとに包含しうる共通点は、民族的アイデンティティの重要性を差別や不平等と関連づける視点にある(18)。すなわち、これらの理論は、構造的な同化(=平等化)が進展することによって民族的紐帯の重要性が低下する、もしくは逆に、阻害されることによって同化を阻まれたとの不満を持ち民族的自覚が高揚する、と主張する。構造的な同化とは、居住地域の隔離性や職業の民族的階層性が減少すること、族外婚が増加することなどを指す。また、差別や偏見が、同化を阻む中心的な要因として暗黙裏に前提とされている。

 本調査において、「構造的同化」を代表する変数は、成育地域内同胞数、出身社会階層、本人の達成学歴、被差別体験などである。

 しかしながら、これらの変数は、本人の達成学歴を除いて在日韓国人青年のエスニシティ形成にまったく、あるいはほとんど因果的影響力を及ぼしていなかった。つまり、同化・反動論は、在日韓国人青年のエスニシティ形成を説明するうえで、まったくあるいはほとんど有効性を持たないということである。しかも、唯一明確な効果を示した本人の学歴は、理論上の期待とは正反対の符号を示していたのである。これはいったい、どのように解釈すべきであろうか。

 まず、成育地域内同胞数は、ゼロ次の相関レベルでは関係志向とも主体志向とも非常に高い関連をあらわしている(表3)ので、実態としてエスニシティとの関連が見られることもあるだろう。しかしそれは、エスニシティを形成する上で直接およぶ影響なのではなく、ほかの要因を通じた、見かけ上の関連にすぎなかったのである(19)

 また、父親の職業階層は、社会的不平等構造に置かれた位置をあらわすものとして導入したものであり、同化・反動論においてかなり大きな比重を占めるものである。にもかかわらず、関係志向と主体志向のどちらにたいしても、ほとんど影響力が確認されなかった。知識社会学的な理解の様式においても、産業社会論の文脈で見ても、階層要件による影響が見られないというのは、大きな驚きと言えよう。在日韓国人青年のエスニシティは、私的生活領域における価値を代表するものであり、産業社会において過大に意義が増幅された職業的な地位などとは無関連に定立するということかもしれない。

 そして被差別体験も、関係志向や主体志向にたいしてさほど大きな直接の影響力を持たなかった。差別とエスニシティの因果関係については、情緒的な側面から強いこだわりを持つ論者が多いだけに、稿をあらためて詳述する予定だが、ここでは少なくとも、被差別体験をエスニシティ形成の主要な要因とする主張は、一面的な理解にすぎないということを指摘しておくことはできるだろう。

 結局のところ、在日韓国人青年のエスニシティは、日本社会からの被差別や不平等によって受動的に規定されるのではなく、独自で自生的な再生産プロセスを持つ、ということなのである。

5・3 エスニシティの形成論2――その継承性、獲得性

 それでは、その自生的な再生産プロセスの内実は、どのようなものだと解釈できるだろうか。

 同化・反動論の第二波にやや先行して、一部の研究者から積極的に論じられたのが「原初的特性重視論」である[Geerts 1963; Isaacs 1975]。この立場によると、生まれながらにして民族同胞集団のなかで社会化されることによって、心の底に抜きさしならない民族への愛着が生じるというのである。そしてその愛着こそが、民族の根源なのだという。したがって、原初的特性重視論のキーワードは、「同胞集団との一次的な接触」である。本調査の変数でいえば、成育地域内同胞数と成育家庭の民族的伝統性によって代表される。

 また、同化・反動論と原初的特性重視論の対抗理論として有力視されているのが「民族的競合論」である[Hannan 1979; Nielsen 1980, 1985; Nagel & Olzak 1982; Olzak 1982, 1992; Portes 1984]。この理論の主張をごく簡単に要約すると、民族的マイノリティが高い学歴、豊富な知識・技能を身に付けていくほど、支配社会と社会的資源をめぐって競合が起こるようになる。そしてその競合によって、民族的アイデンティティが高揚する、というものである。

 同化・反動論が、抑圧状況をこそ民族的統合を左右する要件としているのにたいして、この民族的競合論は、一定の構造的同化を果たすことによってもたらされる競合状態を、エスニシティ高揚の契機と主張する。また、原初的特性重視論がエスニシティの生得的な側面を重視するのにたいして、民族的競合理論は民族団体との接触などによる獲得的な部分を強調する[Olzak 1992]。したがって、本調査においては、成育地域内同胞数、出身社会階層、本人学歴、被差別体験、民族団体への参加・接触経験などがその指標となる。

 さて、原初的特性重視論と競合論にもとづく変数のうち、明らかに在日韓国人青年のデータに適合したものは、成育家庭の民族的伝統性と、本人学歴、民族団体への参加・接触経験の三つであった。しかし、このことから「原初的特性重視論と競合論は、部分的に在日韓国人青年にも符合する」などと主張するには、大きな無理があろう。というのも、まず成育地域内同胞数については、それだけで原初的特性重視論のキーワードである「一次的な同胞との接触」を代表させることは困難であり、また、父親の職業階層が形成効果を持たないことを考えると、達成学歴を競合論が主張するように獲得的地位として考えることは難しいからである。

 やはり、理論は諸命題のセットによって構成されるものであって、個別の命題がデータに適合したことが、理論の有効性を直接意味するわけではない。さらに、前述したいずれの理論に含まれてない「民族教育」が他を圧倒するほどに大きな形成効果を示したことを考えあわせると、もはやアメリカを中心に蓄積されてきた従来の理論的前提は、在日韓国人青年のエスニシティ形成を説明するうえでほとんど意味をなさないということになる。

 ならば、ここで必要な作業は、いったん各理論を命題レベルにまで解体したうえで、それぞれの命題の有効性をあらためて吟味し、さらに妥当な命題群を構築しなおすことであろう。具体的な理論化の試みは今後の課題であるが、実を言うと、前節の分析の過程ですでにある程度この作業に踏み込んでいる。

 繰り返しになるが、在日韓国人青年のエスニシティは、関係志向と主体志向とに分節化された。それぞれの形成プロセスを見てみると、関係志向の形成は、基本的に成育家庭内の民族的伝統性による継承プロセスに大きく依存していた。一方、主体志向の形成は、民族教育、民族団体への参加経験、学歴の達成などの獲得プロセスに強く規定されていることが明らかになった。つまり、在日韓国人青年のエスニシティ形成を説明するうえでのキーワードとして抽出されたのは、「継承」と「獲得」という二つの再生産プロセスであった。

 伝統が、維持されるだけのものでなく創出されるものでもあると例証したのはホブズボウムとレンジャーであったが、ここで、青年のエスニシティ形成においても、同様の論理構成が妥当しうると示唆されているわけである。また、キーワードが「継承」と「獲得」ということであれば、ここからさらに「社会化」という古くて新しい社会学的テーマとの連携も連想されよう。今後ともデータの蓄積と検討を積み上げていくことにより、この点についての議論を洗練させていきたい。



文献



  1. ここでは、人種主義、人種・民族関係、民族的集団、エスニシティにかかわる研究を、便宜的にエスニシティ研究と総称する。そのうち、民族的集団の統合が進展もしくは解体するプロセスを論じたもの、および民族的アイデンティティの規定要因を論じたものについて、エスニシティの形成論と呼ぶ。
  2. パークの人種関係論をのぞけば、グランド・セオリーを指向した例外的な研究に、シェマホーンによる機能構造主義的アプローチがある[Schermerhorn 1970]。
  3. Yancey et al.[1976]は、広範なレビューを通じてこの問題点を指摘したものとして有名である。
  4. 民族的階層化の諸理論は、堤[1993]に詳しい。
  5. 日本にエスニシティ概念が輸入されてから、少なくとも十余年が経過しての特集であり、単純なレビューの枠組みを越える独自の視点の萌芽が見受けられ、いわば、日本におけるエスニシティ研究の成熟を印象づけられるものとなっている。とりわけ、宮原浩二郎による「エスニックの意味と社会学の言葉」は、raceやethnicという用語の吟味をとおして、学問的中立の名の下に潜む欺瞞性、エスニシティ研究の陥りがちなリアリティの欠如を指摘しており、この領域で実証研究が不足していることの理由を考えるうえで参考になる。
  6. 植民地支配の過程で朝鮮半島から日本に居住することになった者およびその子孫、そして戦後に入国した場合も定住者およびその子孫を、国籍にかかわらず民族的集団の呼称として在日朝鮮人と呼ぶことにする。本稿では、そのうちとくに韓国籍の者のみを指示することが多いため、韓国籍の在日朝鮮人を在日韓国人と略する。
  7. エスニシティの本質論については、吉野[1987]を参照されたい。
  8. Hout & Goldstein[1994]は、帰属意識重視アプローチによる不安定な人口動態について、緻密なデータ解析を通して解明に迫った好著である。
  9. 筆者は、福岡安則(埼玉大学)とともに本調査に参加した。詳細は、調査報告書[福岡・金ほか 1994]を参照のこと。
  10. 大韓民国を支持する全国規模の民族組織。韓国への国民登録の管理やパスポートの取得申請受付など、行政的役割を持つため、在日韓国人の大部分は名簿上登録されている。
  11. したがって、本調査の対象者には、帰化によって韓国籍を喪失した者や朝鮮籍の青年は含まれていない。さらに韓国籍の者であっても、転居等によって動向を把握されていない者もいる。あくまでも、サンプリングの原簿は青年会の保有する名簿であり、在日朝鮮人の青年層全体を対象としたものではないということに一定の留意が必要である。  とはいうものの、外国人登録原票を調査のために参照できない以上、現状で入手可能なまとまった名簿のなかでは、もっとも広範な領域を網羅しているものであるということも明らかであろう。
  12. 法事に相当する宗教儀礼であるが、在日朝鮮人にとっては、たんなる宗教儀礼の枠を越え、親族の紐帯などを維持する意味を持つ。
  13. 在日韓国人の社会階層については、拙稿[金 1995]を参照のこと。
  14. Sandberg[1974]やMasuda et al.[1970]のように、態度レベルに限定してエスニシティを測定することも考慮したが、本研究におけるエスニシティの定義は態度レベルに限定されないとの判断にたち、広範に指標を策定した。
  15. よって、表2とは変数の順番が変わっていることに留意されたい。
  16. エスニシティの形成論について、本稿では紙幅の都合で詳述しないが、別稿にて論じるつもりである。
  17. グリーリーは、パークなどほかの論者とは異なり、単調な同化プロセスを主張せず、また帰属意識の選択的な局面(ethnic option)を強調するため、「同化理論」の担い手とは見なされないことが多い。
  18. その意味で、ここで言う同化・反動論は、「差別論」と表現することも可能であろう。
  19. 今回は地域要因として、接触頻度を代表する同胞の「数」を用いたが、頻度ではなくコミュニケーションの形態や深さなどの「質」が問題となる可能性は否定できない。しかし、コミュニケーションの量と質が完全に独立であるとは想定しにくく、在日韓国人青年のエスニシティ形成を論じるうえで、成育地域の民族的同質性が中心的なテーマになりえないという可能性を、データは示唆していると言えよう。
キム ミョンス・大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員)


本稿は『ソシオロジ』第124号(1995年)に掲載されたものです。本稿の全文を著者に無断で転載または引用することを禁じます。