1.1 調査の目的
まずはじめに,本報告書全体をとおした用語の説明をしておきたい。本報告書において,Koreanを指示する用語は以下の通りとする。民族の呼称としては「韓朝鮮」ないし「韓朝鮮民族」,韓朝鮮民族の構成員全体または個人を指して「韓朝鮮人」,在日の民族集団の呼称としては「在日韓朝鮮人」,そのうち韓国籍をもつ者のことを「在日韓国人」,「朝鮮」籍をもつ者のことを「在日朝鮮人」,日本籍をもつ者のことを「日本籍韓朝鮮人」とする。後述するように,「在日韓国人の社会成層と社会意識全国調査」の母集団は韓国籍をもつ成人男性であるため,本調査データから直接言及される対象は,調査題目にもあるとおり,在日韓国人である。にもかかわらず,上記のような用語法を設定する理由は,本調査データの分析結果を直接一般化できる対象があくまでも韓国籍をもつ者に限定されることを明示するためである。
さて,今日,在日韓朝鮮人をとりまく日本社会の環境は,非常に複雑なものとなってきている。日本社会の外向きの変化としては,とくに1980年代に入ってから,“アジア”にたいする関心の増大がひとつのトレンドとして定着し,アジア社会全体のイメージがポジティブな方向に遷移してきた。また内向きの変化としては,一応の内外人平等をたてまえとする「難民条約体制」のもとで,韓朝鮮民族にたいする偏見と差別が急速に柔和化し,定住外国人の地方参政権や地方公務就任権獲得に向けた運動を支持する動きが広範に受け入れられるまでになった。しかしながら,韓朝鮮民族にたいする偏見や差別が消失したわけではなく,いまだ結婚,就職,その他さまざまな社会生活の場面において,差別事象はあとを絶たない。在日韓朝鮮人を雇わないと明言する企業は少なくなったものの,有能な在日韓朝鮮人学生が不明瞭な理由で採用されないなどの事例は,数多く報告されている。日本社会の全体的な人権意識の雰囲気的な向上の中で,在日韓朝鮮人を“異質な隣人”として迎え入れようとする認識が広まり,韓朝鮮人にたいする差別は減少したものの,一方では潜在化し見えにくくなった差別事象や差別意識が糾弾をまぬがれ,根強く維持,再生産されているようにもみえる。
また,在日韓朝鮮人社会内部における状況の変化もいちじるしい。日本の一般企業への就職の道が広がってからは,一世が築きあげ,二世が受け継いできた同胞企業を継ぐ青年が少なくなったとの声がある。また,1980年代後半には日本人との国際結婚をする韓朝鮮人の人数が過半数をこえた。いま出生しつつある在日韓朝鮮人の半数以上は日本国籍ないし二重国籍(事実上の日本国籍)であるにもかかわらず,日本籍韓朝鮮人にまで公式にメンバーシップをひろげる運動はまだあまりにも少なく,急速に増加しつつある日本籍韓朝鮮人は必要なサポートを受けられずに放置され,一方で民族団体はその構成員予備軍を急激に失いつつある。加えて,韓朝鮮人にたいする差別が相対的に減少することによって互助組織としての民族団体の存立意義が低下し,“若者の民族組織ばなれ”が広く指摘されている。同胞企業と民族団体を中心として形成されてきた在日韓朝鮮人コミュニティは,経済的側面,デモグラフィックな側面,社会的側面のいずれにおいても拡散の方向にあり,もはや明確な在日韓朝鮮人像を描くことは困難なほどになっている。
1980年代以降のこうした変化,ないし複雑化は,多くの論者によってひとしく主張されていることであるが,その詳細な実態はかならずしも明らかではない。差別や不平等の構造は,実際にはどれだけ,そしてどのように変化してきたのか。在日韓朝鮮人は変化する差別や不平等構造にたいして,どのように対処してきたのか。在日韓朝鮮人コミュニティの様態の変化が,はたして在日韓朝鮮人の生活と意識にどのようなインパクトをおよぼしているのか。――いずれも基礎的かつ重要な問いであるが,それらを実証的に明らかにする試みは,まだきわめて少ない。在日韓朝鮮人社会は,すでに大きな転換点を迎えているにもかかわらず,今後の趨勢を占ううえで頼れるものは,識者の洞察と印象でしかなかったのである。
「在日韓国人の社会成層と社会意識全国調査」(Social Stratification and
Social Conscious Survey ――以下,本調査ないしSSC調査とする)の目的は,過去および現在における在日韓朝鮮人の生活と意識の構造,動態を記述することにより,将来の在日韓朝鮮人社会の姿を見通すうえで,一つの,そして限定的ながらも客観的な,判断材料を提供することである。
1.2 SSC調査の実施経緯
SSC調査は,在日韓国青年商工人連合会(以下,青商連合会)の15周年記念事業の一つの柱として発案され,1994年10月に研究代表者である金明秀が委託を受けたことにより企画がはじまった。
委託にあたっての基本原則は,(1)収集された調査票およびデータの所有権は金明秀に帰属すること,(2)サンプリングおよび実査は青商連合会が担当すること,(3)調査の企画から分析にいたるまで,2をのぞくすべての手続きを,青商連合会の承諾を得ながら,金明秀およびその共同研究者の研究班が直接管理して行うこと,であった。
また,青商連合会と金明秀の数度にわたる協議の結果,さらに以下のような指針が決定した。(4)阪神大震災に配慮し,兵庫県をサンプリングから除外すること,(5)調査コストとの関係から,サンプルを男性に限定し,標本数を1000とすること,(6)調査員となる青商連合会構成員への第1回インストラクションを1995年2月18日とし,同日をもって実査を開始すること,である。
1.3 実査の経緯
調査票は研究班によって素案が作成され,青商連合会においても子細に検討されたのち,さらに研究班によって修正した調査票がふたたび青商連合会で討議されるなどのプロセスをへて,最終的に確定した。
調査員は,原則として青商連合会の幹部および活動者である。金明秀が青商連合会の各地方理事にインストラクションを実施し,その後,各地方理事が調査員マニュアルにもとづき,各地方の構成員にインストラクションをおこなった。なお,青商がおかれていないいくつかの都道府県については,民間調査機関に委託した。
実査の開始に先立ち,民団および青商連合会による調査対象者への依頼状を郵送し,調査の趣旨を理解してもらうようつとめた。
実査の形式は,訪問面接法である。実査の開始は,前述のとおり,初回のインストラクションが行われた1995年2月18日である。当初,実査の期間は3ヶ月の予定であったが,諸般の事情により,調査票の収集がすべての地域で最終的に終了したのは1996年10月31日である。結果として,実査が1年8ヶ月にもおよぶという異例の事態となった。
このような事態が生じた最大の原因は,民団の各都道府県本部が管理する名簿(1.4「サンプルの構成」参照)に,地域によってはいちじるしい不備があったためである。とりわけ東京都本部の場合,はじめに抽出したサンプルの9割までもが訪ねあたらないという深刻な事態に陥ったため,収集した調査票をいったん破棄し,比較的名簿が正確な各地方支部に出向いてサンプリングからやり直したという事情がある(1)。東京都は極端なケースだが,各都道府県で多かれ少なかれ類似の事態が発生し,再サンプリングおよび追加サンプリングを余儀なくされた。
いずれにしても,収集時期に最大で1年8ヶ月もの開きが生じた以上,すべての調査票をはたして同一に論じることができるのかという批判は,あまんじて受けざるをえないだろう。
1.4 サンプルの構成
本調査の母集団は,以下の3点を満たす者,すなわち成人の在日韓国人男性である。
| 金 明 秀(研究代表者) | 日本学術振興会海外特別研究員/ |
| カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)客員研究員 | |
| 稲月 正 | 北九州大学外国語学部助教授 |
| 中原洪二郎 | 東京大学文学部助手 |
| 潮村 公弘 | 信州大学人文学部助教授 |
| 豊島慎一郎 | 関西学院大学大学院社会学研究科博士後期課程 |