2. 教育機会 
金明秀 

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2.1 はじめに   

 在日韓朝鮮人の教育達成については,よく2つの異なった説を耳にする。一つの説は,経済的な障害から高等教育を受けたくても受けられなかった親の世代が,子どもにはそのような不満を抱かせたくないと思い,高い教育期待を持つようになるというものである。もう一つの説は,高等教育を受けても一般企業への就職の道が閉ざされていた親の世代が,大学に行っても無駄だという考えを持つようになり,子どもにたいする教育期待を失ってしまう(したがって,学歴よりも手に職をつけろ,ということになる)というものである。   

 だが,私はかつて拙稿にて,単純集計レベルで観察するかぎり日本人と在日韓国人の教育達成に差はみられず,上記のいずれの説も妥当なものではないことを明らかにした。そしてその事実は,本調査においてもあらためて確認されている。本調査対象者の平均教育年数は12.40年。一方,同時期に日本人を対象に実施された「社会階層と社会移動全国調査」(1)(以下,SSM調査)では12.35年。ごくわずかに本調査のほうが高い値を示してはいるものの,統計的には誤差の範囲内でしかない(2)。つまり,在日韓国人全体の教育達成をみれば日本人とのあいだに格差は存在せず,したがって上記の2つの説は,いずれも民族差別の存在を重視するあまり,一面的なものの見方にかたよってしまっているわけである。   

 だがこれは,あくまでも在日韓国人全体の教育達成をみればという話である。それにたいして,はたして社会階層別ではどうか? すなわち,教育達成ではなく教育機会ではどうなのか? ――前述の拙稿において,簡単にこれらの問題設定の有効性を指摘したものの,まだ詳細な検討はなされてはいない。   

 そこで本章では,できるだけ広範な視野から,在日韓国人の教育達成の実態を明らかにしていく。   

2.2 民族によって教育機会に不平等はあるか?   

 教育年数の平均値に民族間の差異がみられないとしても,その結果を達成するプロセス,すなわち教育機会に違いがあるということは十分に考えられることである。   

 一般に,教育を達成するうえで重要な役割を果たすことが知られているのは,成育家庭の階層性である。可処分所得に余裕があれば,子を進学塾に通わせたり家庭教師を雇うことも可能だが,逆に所得に余裕が乏しければ,学校外教育に投資するどころか,学費さえ捻出することが困難となる。また,高階層に付随する文化的背景――たとえば,家庭内の会話で豊富な語彙が用いられたり,日頃から活字文化に親しむなど――に親しんでいれば,子の進学は比較的有利となる。そして,開業医の子が医学部に進んだり国会議員の子が大学に進学することと,サラリーマンの息子が経済学部に進んだり雇用労働者の子が大学に進学することをくらべれば,前者のほうが「効用」が大きいことは自明である。   

 従来の日本の社会学は,このように出身家庭の階層性によって子の教育達成が左右されてしまうことをこそ,払拭すべき身分制の名残りであり,忌むべき不平等であると考えてきた。つまり,教育というものは本来,個人の能力と努力によって「業績主義」的に達成されるべきものであり,父親の職業や学歴といった「帰属主義」的な家族的背景属性によって左右されてはならないという考え方である。単純化していえば,出身階層→子の教育達成という関係が消滅してこそ,社会が平等化する条件の一つが整うということである。   

 なるほど,それは考え方として一つのすじが通っている。しかし,そこには「民族」という属性による不平等の観点が,すっぽり抜け落ちてしまっている。かりに出身階層→子の教育達成という関係が消滅したとしても,民族によって出身階層と子の教育達成が規定されているとしたら,それはやはりある種の身分制が残存している状態と言わざるをえない。  
Figure2-1


図 2-1 教育達成の基本構造 

 民族という要素を加味したうえで,教育機会の不平等をモデル化したものを図1に示した。Rが民族,Oが出身階層,Eが子の教育達成である。この3要素によって考えられるすべてのモデルではなく,蓋然性が高い6タイプだけを選んである。以下,それぞれのモデルについて解説していくことにする。   

 モデルA:民族・階層同時支配   

 これは,モデルCの階層媒介支配とモデルEの民族支配が併存している状態であり,すなわち,子の教育達成が親の階層によって規定されると同時に,親の階層と子の教育達成が民族によっても規定されていることをあらわしている。教育機会に階層間の不平等が存在するのみでなく,民族による不平等が階層間の不平等をさらに補強するようにはたらくモデルである。   

 モデルB:民族・階層結合支配   

 これはモデルAにくわえて,さらに出身階層による影響力が民族によって異なることを示すモデルである。すなわち,日本人のほうが在日韓国人よりも出身階層による影響を強く受けていたり,あるいは逆に,在日韓国人のほうが日本人よりも,出身階層による影響を強く受けていることを意味している。このような影響がみられる場合,出身階層による影響力は単なる階層間の不平等ではなく,民族別にその意味が異なることになる。   

 モデルC:階層媒介支配   

 子の教育達成は,民族による直接の規定からはまぬがれているものの,出身階層による規定力を媒介として民族による間接的な影響力を受けているモデルである。教育機会には,依然として民族と階層間の不平等が存在することを意味しており,AやBのモデルから,DないしFのモデルに移行する過渡的な状態であると考えられる。   

 モデルD:階層支配   

 子の教育機会に階層間の不平等はみられるが,民族間の不平等は存在しないモデルである。この場合,もはや社会階層を論じるにあたって,民族というファクターを検討する必要はなくなる。   

 モデルE:民族支配   

 親の社会階層も子の教育達成も,純粋に民族によって規定されているモデルであり,民族によるカースト社会を意味する。   

 モデルF:完全な機会均等   

 子の教育機会が,出身階層からも民族的な不平等からも,完全に解放された状態をあらわすモデルである。社会的地位の配分として,近代におけるひとつの理想状態であると言える。   

 さて,以上のモデルのどれがもっとも日本社会の実情を反映しているものなのかを確認するため,世代ごとにログリニアモデルを適用した(3)。表2は,年齢によって,三世を中心とする「20〜39歳」,二世を中心とする「40〜59歳」,一世を中心とする「60歳以上」の3つに分けたうえで,A〜Fそれぞれのモデルのデータとの適合度をあらわしたものである。   

 表1をみると,「20〜39歳」の世代では,モデルの適合度上位はC,A,Bの順にならんでおり,この3つのモデルが統計的に妥当な適合度を示している。CとAは適合度からいって甲乙つけがたいが,よりシンプルなほうを選択するという基準によれば,Cの階層媒介支配モデルを採択すべきであろう。階層媒介支配モデルとは,民族による直接の規定からはまぬがれているものの,出身階層による規定力を媒介として民族による間接的な影響力を受けているモデルのことであった。民族的不平等が解消の過渡期にあるモデルであるとも想定できる。  
表 2-1 教育達成の世代別ログリニアモデル 
世代 
モデル 
(適合度順) 
AIC 
χ2 
自由度 
20-39歳  
C 
−7.2522    12.7478   10 ns  
A 
−6.6199   9.3801   8 ns  
B 
0.0000   0.0000   0 ns  
E 
30.4496   62.4496   16 **  
D 
86.0029   114.0029   14 **  
F 
124.6703   168.6703   22 **  
40-59歳  
B 
0.0000    0.0000   0 ns  
C 
0.3980   20.3980   10 *  
A 
2.0753   18.0753   8 *  
E 
77.5658   109.5658   16 **  
D 
91.3601   119.3601   14 **  
F 
165.2976   209.2976   22 **  
60歳以上  
B 
0.0000    0.0000   0 ns  
C 
12.1085   32.1085   10 **  
A 
14.4219   30.4219   8 **  
D 
39.4952   67.4952   14 **  
E 
52.6428   84.6428   16 **  
F 
76.5369   120.5369   22 **  

 それにたいして,「40〜59歳」と「60歳以上」の2つの世代については,やや異なった結果を示している。つまり,モデルは上位からB,C,Aの順に並んでおり,そのうち,統計的にモデルとしての妥当性が確認されているのは,タイプBの民族・階層結合支配のみである。民族・階層結合支配とは,子の教育達成が親の階層によって規定されると同時に,親の階層と子の教育達成が民族によっても規定されていることにくわえて,さらに出身階層による影響力が民族によって異なることを示すモデルのことであった。   

 ここで,より詳しくモデルを吟味するため,「40〜59歳」と「60歳以上」にかぎって,民族・階層結合支配モデル(飽和モデル)の交互作用パラメータをみてみよう。表2は,交互作用パラメータの標準値のうち,統計的に有意なもののみを取り出したものである。   

 表2の読み方をかなりラフに説明すれば,標準値がプラスであればその行の関係は「多い」こと,マイナスであれば「少ない」ことを意味する。たとえば,1〜7は階層支配にかかわる部分だが,父親の階層が「経管」であれば子は高等教育に進学する傾向が強く,逆に「雇B」や「農業」の子は初等教育にとどまる傾向が強いことがみてとれる。つまり,父親の階層上の位置が高ければ高いほど,子の教育達成も高くなるという関係が示されている。   
表 2-2 民族・階層結合支配モデルの交互作用パラメータ 
民族 
出身階層 
教育達成 
標準値 
1  
経管 
中等 
−2.069*  
2  
経管 
高等 
4.835**  
3  
雇W 
中等 
2.129*  
4  
雇B 
初等 
3.477**  
5  
雇B 
高等 
−4.392**  
6  
農業 
初等 
5.340**  
7  
農業 
高等 
−4.356**  
8  
在日韓国人 
経管 
−2.851**  
9  
在日韓国人 
自営 
6.136**  
10  
在日韓国人 
雇B 
5.568**  
11  
在日韓国人 
農業 
−2.084*  
12  
在日韓国人 
初等 
−4.356**  
13  
在日韓国人 
中等 
2.995**  
14  
在日韓国人 
経管 
初等 
2.358*  
15  
在日韓国人 
経管 
中等 
−2.012*  
16  
在日韓国人 
雇W 
高等 
−2.552*  
17  
在日韓国人 
自営 
初等 
−3.476**  
18  
在日韓国人 
自営 
中等 
2.565*  
19  
在日韓国人 
農業 
初等 
−2.128*  
*は5%,**は1%で有意。   

 8〜13は民族支配にかかわる部分である。8〜11については次章で詳しく触れるため,ここでは12と13に注目しよう。12では在日韓国人の初等教育の標準値がマイナスで,13では中等教育の標準値がプラスになっている。そして,高等教育については有意な効果は存在しない。ということは,出身階層による影響力を除去すると,40歳以上の在日韓国人は同年齢層の日本人より,初等教育にとどまる可能性が少なく,逆に中等教育に進学する傾向が強かったということになる。   

 あらためて強調しておくが,年齢を40歳以上に限定しても,教育年数の平均や単純集計において,民族別で教育達成に違いはみられない。にもかかわらず,ここで在日韓国人のほうが日本人よりもより高位の教育達成をする傾向が強かったことが示されているのは,出身階層を分析に含めてあるからである。というのも,10番では在日韓国人の父親に「雇B」が多かったことが示されており,そして4番では「雇B」の子が初等教育にとどまる傾向が強いことが示されている。したがって,在日韓国人でも初等教育にとどまる者の数が多くなるのは当然である。だが,そうした出身階層による影響を除去してみると(言い換えると,かりに出身階層が日本人と同じであった場合),在日韓国人のほうが日本人よりも高位の教育を達成する傾向にあった,ということである。   

 つぎに,14〜19,つまり出身階層による規定が民族によって歪められている部分について検討してみよう。ここはやや複雑だが,全体の傾向としては,在日韓国人のほうが日本人よりも出身階層の影響力を弱めるような関係がみられる。たとえば在日韓国人は日本人よりも,出身階層が「経管」で中等教育が少なく,逆に初等教育が多い。また,出身階層が「雇W」で高等教育が少ないなど,より高位の出身階層にともなう諸資源をうまく利用できていないことが示されている。一方,出身階層が「農業」や「自営」で初等教育が少なく,「自営」で中等教育が多くなっているなど,より低位の出身階層を突破する傾向が示されている。   

2.3 在日韓国人の教育達成を規定するもの   

 前節では,ログリニアモデルを使って出身階層と教育達成の関連に民族差があるかどうかを確認した。ここではやや視点を変えて,回帰分析を用いながら,出身階層その他のどういった要因が在日韓国人の教育達成をささえているのかを確認してみよう。   
表 2-3 民族を説明変数に含む教育達成への重回帰分析 
説明変数 
偏回帰係数 
β係数 
R2 
N 
(定数) 
8.623  
.241 
1344 
父教育 
.263   .342   
父職業 
.047   .223   
民族 
−.476   −.065   
表中の係数はすべて1%で有意  
表 2-4 民族別の教育達成への重回帰分析 
民族 
説明変数 
偏回帰係数 
β係数 
R2 
N 
在日韓国人 
(定数) 
9.042  
.172 
397 
父教育 
.190   
.264 
父職業 
.046   
.255 
日本人 
(定数) 
7.577  
.265 
966 
父教育 
.313   
.382 
父職業 
.044   
.198 
表中の係数はすべて1%で有意  

 まず,表3に父教育,父職業,民族を説明変数とした重回帰分析の結果を示した(4)。出身階層を代表する父教育と父職業がともにプラスの係数を示している。それと同時に,民族の偏回帰係数がわずかながら有意にマイナスの値を示している。これは,父教育と父職業が同じである場合,日本人よりも在日韓国人のほうが高い教育を達成する傾向にある,ということを意味する。前節での検討と合致する結果である。   

 表4は,父教育,父職業を説明変数とした教育達成への重回帰分析の結果を民族ごとに示したものである。出身階層から教育達成におよぶ影響力にどのような民族差があるかということを検討するためのものであり,分析手法は異なっても,表2の14〜19番の検討と内実は同じである。   

 父教育が子の教育達成を規定する効果に注目すると,日本人の偏回帰係数が0.31であるのにたいして,在日韓国人は0.19と大きく下回っている。たいして,父職業が子の教育達成を規定する効果のほうは在日韓国人が日本人を上回っているものの,偏回帰係数をみるかぎり,その差はごくわずかなものでしかない。結果として,定数(父教育と父職業によっては説明されない部分)は在日韓国人のほうが日本人にくらべて大きくなっており,逆に,R2(父教育および父職業による説明力)は在日韓国人のほうが日本人にくらべて小さくなっている。   

 表2の検討において,在日韓国人のほうが日本人よりも出身階層の影響力を弱めるような関係がみられたことと,合致している。   

 ここで思いおこすべきことは,平均教育年数でみるかぎり,教育達成に民族間の差異はみられないという事実である。すなわち,在日韓国人は日本人にくらべて,父教育や父職業といった出身階層による利点を活かしきれていないにもかかわらず,日本人と同等の教育を達成してきているということである。言い換えると,在日韓国人は,教育を達成するうえで日本人よりも出身階層以外の何らかの要因を利用する可能性が高い,ということである。   

 在日韓国人が教育を達成するうえで日本人よりも多用する“出身階層以外の何らかの要因”とは,はたして何であろうか? そのことを確認するためには,本調査と完全に比較可能な日本人のデータがなければならないが,残念ながら,近年実施された調査のなかにはみあたらないようである。そこで,ひとまず本調査データに注目し,なにがどのように在日韓国人の教育達成を規定しているのかを確認することにしよう。   

 教育達成とその他の要因のあいだにどのような相関関係(ピアソン)がみられるかを表5に示した。最下行が教育達成とその他の要因の相関係数なので,そこに注目しながら表の数値を読んでいこう。   

 左から4つの列は,狭義の「家庭背景」である。「父教育」および「父職業」が出身階層を代表する要因であることはすでに述べたが,ここでは新たに「兄弟姉妹数」と「高校(中等教育)進学時の経済事情」を導入した。兄弟姉妹数は,父教育や父職業とマイナスの相関を示していることをみても分かるとおり,低階層家庭ほど人数が多い傾向にあるばかりか,ライフステージによっては食費や教育費などを増加させ,家計を圧迫する要因ともなる。したがって,兄弟姉妹数が多ければ,教育達成が低めになるという傾向は,よく知られた関係である。また,高校進学時の経済事情は,父教育や父職業が取りこぼしている可能性のある,収入や暮らし向きなどを間接的に代表するものである。   
表 2-5 教育達成とその他の要因の相関関係 
高 経  
校 済  
進 事  
学 情  
時  
教 ア
育 ス
職 ア
業 ス
兄弟数  
466 
718 
784 
484 
855 
813 
512 
891 
父教育   -.228  
398 
447 
312 
463 
447 
297 
466 
父職業   -.118   .272  
638 
416 
694 
667 
427 
718 
経済   -.191   .224   .356  
485 
781 
751 
479 
786 
親期待   -.104   .202   .346   .328   
486 
480 
308 
486 
成績   .033   -.014   .012    -.031   .080  
801 
507 
857 
教ア   -.024   .216   .246   .128   .295   .406  
490 
815 
職ア   .076   .147   .162   .038   .316   .317   .361   
512 
教育   -.167   .301   .282   .505    .490   .295   .418   .251  
主対角線の左下はピアソンの相関係数,右上はサンプル数。 イタリックは5%で有意でないもの。  

 この4つの家庭背景要因は,それぞれ教育達成と一定の相関関係にあることが示されているが,なかでももっとも値の大きなものは高校進学時の経済事情である(r=0.51)。これは,表中の全相関係数のなかでもっとも値の大きなものであり,この種の調査としては非常に強い関係があることを意味している。このことから,家庭背景の階層面においては,進学にあたっての経済的事情が教育達成にもっとも強い影響を与えていることが推察される。   

 つぎに,左から5行目の「親の教育期待」は,出身家庭において教育がどのように価値づけられていたかという心理・主観的な要因であり,広義の家庭背景と言える。これも,教育達成とのあいだで非常に強い相関(r=0.49)をもっており,重要な要因であることが確認できる。親がより高位の教育達成を望んで(いると子が感じて)いればいるほど,その期待にこたえるかたちで教育達成がおこなわれる,ということである。逆に言うと,親が教育達成を望んでいない(と子が感じて)いればいるほど,教育達成は低めになる,ということである。   

 続いて,「中学校(旧制は小学校)卒業時の成績」も教育達成と一定の相関関係にある(r=0.30)。これは,出身階層の要因とは無関連であることをみても分かるとおり,本人の能力と努力をもっとも反映している要因である。そして,ある程度それに見合ったかたちで教育達成が行われていることを意味している。   

 最後の2行,「教育アスピレーション」と「職業アスピレーション」は,教育達成に先だって教育達成に影響を与えると考えられている価値態度である。いささか古い日本の言葉では「立身出世意識」にあたり,困難なことをうまく乗りこえ,競争に打ち勝ち,よりすぐれた社会的地位を得たいという動機をあらわしている。   

 さて,「教育アスピレーション」は教育達成とのあいだに高い相関(r=0.42)を示しているが,「職業アスピレーション」は小さめの相関(r=0.25)しか示していない。教育はそれ自体一つの社会的資源であるが,ひとたび獲得するや,学歴として他の社会的資源,とりわけ職業や収入などをえるチャンスを拡大する。したがって,逆に言えば,より威信の高い職業を望んでいれば(職業アスピレーションが高ければ),より高位の教育達成を目指して努力することになるものである。最近の調査ではあまり教育アスピレーションや職業アスピレーションを測定したものは見あたらないが,1975年のSSM調査では,職業アスピレーションは教育達成とのあいだに,教育アスピレーションと同等の相関係数を示している。本章では詳しく扱わないが,在日韓国人にとって,職業と教育のアスピレーションがどのような意味を持つものなのかについて,さらに詳しい検討が必要だろう。   
表 2-6 諸要因を含む教育達成への重回帰分析 
説明変数 
β係数 
兄弟姉妹数   −.045  
父教育   .123**  
父職業   −.033  
高校進学時の経済事情   .374**  
親の進学期待   .277**  
中学卒業時の成績   .213**  
教育アスピレーション   .179**  
職業アスピレーション   .008  
N=899  R2=.499
*は5%  **は1%で有意

 ここまで相関係数を概観しながら,教育達成とその他の諸要因のあいだにどのような関係があるかをみてきた。しかしながら,表5をみると,ここにあげた諸要因は,教育達成とのあいだばかりではなく,要因間でも少なからぬ相関関係をもっていることが分かる。つまり,教育達成とのあいだの相関は,いわば見かけ上の関連にすぎない可能性も高いわけである。   

 そこで,これらの要因が教育達成におよぼす影響を相互にコントロールするために,重回帰分析を行った(表6)。ただし,通常の処理ではサンプル数が少なくなりすぎるため,分析に使用した変数のどれか一つにでも欠損値があればそのサンプルを分析から除外する方法(リストワイズ)は用いず,分析に用いた変数すべてが欠損値の場合のみサンプルを分析から除外する方法(ペアワイズ)をとった。   

 まず,家庭背景の社会階層面に注目してみると,父職業や兄弟姉妹数のβ係数は有意性検定を通っていない(つまり,統計的にはゼロからの誤差の範囲内でしかない)ものの,高校進学時の経済事情はもっとも大きな影響力を示しており(β=0.37),また,父教育も値は小さいながら一定の影響力を保持している(β=0.12)。すなわち,表6の諸要因を同時にコントロールしてもなお,出身階層の効果は全体としては消失せず,教育達成にたいしてもっとも重要な影響力を与えているということである。   

 だがそれと同時に,出身家庭の心理・主観的側面である親の進学期待も比較的大きな影響をもち(β=0.28),回答者の価値態度である教育アスピレーションも一定の影響力をおよぼしている(β=0.18)。すなわち,出身階層がどうであろうと,成育家庭が教育達成を支持し,本人が教育達成に強い意欲をもっていれば,より高位の教育を受けることが可能だということである。   

 また,本人の努力と能力を反映する中学卒業時の成績も,教育達成にたいして少なからぬ影響力を保持している(β=0.2)。出身階層や心理・主観的な要因がどうであれ,本人のメリットは教育達成にたいして有効に作用するということである。   

2.4 まとめと議論   

 まずは,ここまでに明らかになったことを箇条書きのかたちで抜き出すことによって,ふりかえってみよう。   
  1. 平均値や単純集計レベルで観察するかぎり,日本人と在日韓国人の教育達成に差はみられない 
  2. 一・二世を中心とする40歳代以上については,教育機会について出身階層による不平等と民族による不平等が複合的に作用する民族・階層結合支配のもとにあった。三世を中心とする20〜30歳代については,教育機会について民族的不平等が解消の途上にあると考えられる階層媒介支配のもとにある。 
  3. 出身階層をコントロールすれば,日本人よりも在日韓国人のほうが高い教育を達成する傾向にある。 
  4. 出身階層から教育達成におよぶ影響力は,在日韓国人のほうが日本人より弱い。したがって,在日韓国人は,教育を達成するうえで日本人よりも出身階層以外の何らかの要因を利用する可能性が高いと考えられる。 
  5. 在日韓国人の教育達成に有効に寄与することが確認された要因は,出身階層以外に,家庭背景の心理・主観的側面である「親の進学期待」,回答者の価値態度である教育アスピレーション,回答者の努力と知的能力を反映する「中学卒業時の成績」がある。 
 1番目の項目は,本章の冒頭において議論の大前提として指摘したことである。つまり,結果としての教育達成をみるかぎりは,民族間に差異は存在しないのである。したがって,安易に民族間の不平等を前提とするような主張は,在日韓国人の教育を論じるにあたっていちじるしく妥当性を欠いており,厳に慎まなければならない。   

 しかしながら,出身階層,民族,教育達成の3要因の関連を子細に検討していくと,そこには明確な民族間の不平等が出現する。40歳未満については教育機会の不平等構造が解消の途上にあると思われるとはいえ,それでもなお,已然として出身階層を媒介とした不平等は残存したままである。   

 だが,在日韓国人は,その不平等にたいして手をこまねいて座視しているわけではない。各自の能力を生かし,また階層構造の梯子をのぼろうという意欲をもつことによって,同一出身階層の日本人よりもより高位の教育を達成していることが示されている。つまり,民族間の不平等を,能力と意欲によって突破しているのである。   

 “われわれ在日は,日本人と平等ではないのだから,日本人と同じにしていては日本人と同等の地位は達成できない”――在日韓朝鮮人のあいだで,頻繁に聞かれる主張である。この主張の正しさが,本章での教育達成の検討において,調査データからも確認されたと言える。   

 ところで,本章の冒頭で,在日韓朝鮮人の教育達成にかんする2つの主張を紹介した。一つの説は,経済的な障害から高等教育を受けたくても受けられなかった親の世代が,子どもにはそのような不満を抱かせたくないと思い,高い教育期待を持つようになるというものである。もう一つの説は,高等教育を受けても一般企業への就職の道が閉ざされていた親の世代が,大学に行っても無駄だという考えを持つようになり,子どもにたいする教育期待を失ってしまう(したがって,学歴よりも手に職をつけろ,ということになる)というものである。   

 どちらの説も事実誤認にもとづいており,そのままでは受け入れることはできない。前者の主張は,「親の世代」が「経済的な障害から高等教育を受けたくても受けられなかった」という点を誤認しており,後者の説は,「親の世代」が「大学に行っても無駄だという考えを持つ」という部分を過度に強調している。だが少なくとも,それぞれの主張の“含意”については,いちがいに否定することはできないように思われる。   

 たとえば,前者の主張については,親の教育期待の高さによって教育達成をなし遂げている点において妥当であり,後者の主張については,(いまだ十全に検証してはいないが)高階層出身による教育達成が日本人よりも低いことの理由を示唆しているとも解釈できる。   

 しかしそれよりも,どちらの主張も,教育機会(および教育メリット)にかんする民族間の不平等を,努力と創意工夫によって突破する必要性を説いている点で,非常に示唆に富んでいる。   

 最後に,本章で明らかになった事実を,理論のかたちで提示しておきたい。   

<在日韓国人の教育達成にかんする理論>   

 在日韓国人は,教育機会にかんする民族的不平等を,能力と意欲によってカバーし,結果として日本人と同等の教育達成をおこなってきたのだ。   




第2章 注  
  1. 1995年SSM調査から,A票の男性のみを取り出したものである。本章ではSSM調査との比較のため,本調査の年齢の上限を70歳未満としてある。また,「学歴なし」の教育年数についても,1995年SSM調査の基準とそろえるため,6年としてある。[もどる] 
  2. 本調査とSSM調査については,「母集団が異なるため統計的検定が意味を成さない」という考え方もありうる。本報告書でも,第4章において稲月がそうした慎重論に立っている。だが一方で,「同一母集団(すなわち「日本社会」)から,在日韓国人をクオータ・サンプリングしたものだ」という解釈も成り立つ。クオータ・サンプリングとは,サンプリングをベースとした社会調査が取りこぼしがちな少数者集団についても統計的分析にたえられるサンプル数を確保するため,サンプリング比率を調整することによって少数者集団を重点的に抽出する方法である。本章および次章で両調査データを比較するさいには,後者の立場をとっている。ただし,サンプリング比率は両調査で異なるため,後述する「民族」変数の分布が実際の分布とは大きく異なる点には留意していただきたい。[もどる] 
  3. 民族は本調査を1,SSM調査を2とコードした。出身階層は次章の表3-2に示した職業5分類を用いた。教育達成は,次の3分類を用いた。T.義務(旧制の尋常小学校・高等小学校,および新制中学校),U.中等(旧制の中学校・実業高校・師範学校,および新制高校),V.高等(旧制の高校・専門学校・高等師範学校・大学,および新制の短大・高専・大学)[もどる] 
  4. 民族は前述のとおり,本調査を1,SSM調査を2とコードしてある。父教育および子の教育達成はそれぞれの教育年数,父職業は父主職の職業威信である。[もどる] 

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