在日朝鮮人をめぐる時事問題
Vol. 18


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  • 1997/07/04 配信

    人権教育行動計画

     日本政府は4日午前,「人権教育のための国連10年推進本部」の会合を開き,人権教育に関する国内行動計画を決定しました。神戸の猟奇殺人事件の容疑者が14歳の少年であったであったことにも関連し(嶌信彦氏よ,口先だけの弁明で済ますつもりか?),結果を急いだようにも見えます。

     「国連人権教育の10年」は,1994年12月23日の第49会期国連総会で採択されたもので,「人権教育とは,あらゆる発達段階の人々,あらゆる社会層の人々が,他の人々の尊厳およびその尊厳を民主社会で確立する方法と手段について学んでいく生涯にわたる総合的な過程」であり,「人権の文化を世界中に築きあげることを目的とする教育・訓練・情報提供の取り組み」であるとされています。もう,2年半もまえに始まったものですが,日本でもようやく行動計画が決定したことは評価できるでしょう。

     「人権教育」「国際理解教育」「多文化教育」「多民族教育」など,個々のテーマによって呼び方はいろいろですが,6月1日の記事(デルタ計画の挫折?)でお伝えしたように,どの国どの地域でも,試行錯誤しながら効果のほどを探っているというのが実情でしょう。そして,どこでも,完全に成功しているとは言いがたい。ましてや戦乱の地では「民族浄化」などというおぞましい虐殺の用語が注目を集め,強姦などの犯罪が跡を絶たない。

     今回の「国連10年」は,そういった現状を打破する突破口をつかむために,世界各地で知恵を寄せ合おうという趣旨でもあると思われます。

     さて,日本で決まった行動計画ですが,報道を読むかぎり,「広く国民の間に多元的文化,多様性を容認する『共生の心』を醸成することが何より要請される」という趣旨のもとに,女性,子ども,高齢者,HIV感染者やハンセン病,アイヌ,そしていわゆる同和問題など9つの領域について,それぞれ取り組みの指針を明らかにしているということです。在日韓朝鮮人が独立の領域として取り上げられているかどうか,今の時点では分かりません。

     ここでキーワードになっているのは「共生の心」ですが,もともと今回の「国連10年」に関連して提起されたのは,「セルフ・エスティーム」(自尊心),「アサーティブネス」(公共の福祉に反しないように自己表現する力),そして「エンパワーメント」でした。エンパワーメントとは,「抑圧され搾取されて,時には沈黙を余儀なくされている人々が自らの社会的立場と権利を自覚して,自己主張をはじめ,生き生きと自らを表現して自己主張をはじめ,生き生きと自らを表現して,社会を変革するために立ち上がる力を身につけていく過程とそのための働きかけ」とされています。いずれも,「共生の心」という柔和な語感で語り尽くせる概念ではないのですが…。

     言葉づかいはともあれ,こういったことを公教育でどのように育成しようとしているのか,より具体的な情報が期待されます。というのも,残念ながら日本では,「人権」をテーマとした教育がほとんど行われてこなかっただけでなく,唯一,体系的に取り組まれてきた「同和教育」でさえ,ほとんどの場合,失敗に終わっているという問題があるからです。教師がいくら熱心に部落差別の不当性をうったえようとも,生徒には結局,「部落ってかわいそう」「部落に生まれなくてよかった」といった程度の,むしろ差別的な認識を植え付けることが多いのです。

     行動計画が定まったことで,ひとまずスタート地点に立つ準備ができた,というところでしょう。「共生の心」を醸成するという理念を,ご立派なお題目に終わらせないために,慎重に見守っていきたいものです。


  • 1997/06/09 配信

    TBS嶌信彦のメディア・レイシズム

     6月7日(土)に放送されたTBSの「ブロードキャスター」という番組において,きわめて残念な差別発言がありました。神戸で小学6年生の男の子が殺されて首が切断されていた猟奇殺人事件に関連して,キャスターの嶌信彦氏が犯人像を在日韓朝鮮人であると推定した,というものです。

     番組中,「在日」という表現もまじえながら,「長年,新聞記者をやってきた者のカンとして,犯人は民族的差別を受けてきたような人だと思う」などと表現。さらに,別のコメンテーターがその見解に賛同し,「戦後50年,きちんと戦後処理をしてこなかった日本社会にも責任があることを我々は思い知るべきだ」などど「理解」のあるコメントで「駄目押し」もしたそうです。

     問題の発言の根拠となったのは,犯人が神戸新聞社に送り付けた挑戦状の一部に,以下のような記述があったことです。

     この下線部に関して,嶌氏は「日本に住んでいて,日本国籍を取得できない人」,また「日本名を名乗らなければならない差別を受けてきた人」だと思うとして,「もう私たちに思いが伝わったから自首を勧める」などと発言したということです。

     しかし,このコメントはまったくの的外れです。というのも,かりにこの挑戦状が在日韓朝鮮人の怨嗟のようなもののほとばしりだとすると,「差別」や「抑圧」などのしかるべきキーワードが存在しないうえ,関連すると読めないこともない個所も,在日のリアリティとは隔たりがあるためです。

     もう少し,嶌氏の誤謬を詳しく説明していきましょう。

     つまり,ある程度でも,在日韓朝鮮人のことを実際に知っている人ならば,神戸の事件の挑戦状を在日韓朝鮮人に結び付けることがいかに的外れであるかということがわかるはずなのです。嶌氏が,在日韓朝鮮人のことをよく知りもせず,「国籍」や「本名」といった言葉だけから安易に在日の犯行だと推定したことは,きわめて明白なことなのです。

     問題は,嶌氏がよく知らなかったために誤謬を犯したということだけではありません。(1) その誤謬の背景に彼の差別心が窺われることと,(2) 猟奇的事件と在日の存在を安易に結び付けた内容がマスコミに流れたことによって,在日韓朝鮮人への偏見と差別が増幅されるおそれがある,ということです。

     1については,日本にある民族団体の糾弾活動を期待するとして,ここでは2についてもう少し説明しておきましょう。

     欧米では,こういう出来事を「メディア・レイシズム」と呼び,かっぱつに議論が交わされています(→参照)。たとえば,92年のロス暴動(4.29)でも,マスコミが暴動の直前に(暴動の最中でさえ!)黒人と韓国系の対立の構図を必要以上に報道していたことが,原因の一つと指摘されています。

     欧米のマスコミでは,メディア・レイシズムが人種的な偏見などを増幅するとの反省が広く行き渡っており,「マイノリティ・カバレッジ」といって,マイノリティをマスコミで積極的に,かつ歪まないように取り上げようということが共通の理解となっています。さらに,今回のようにあからさまなメディア・レイシズム発言をしたニュースキャスターは,もはやマスコミ人としての生命を絶たれたも同然です。

     「ニュースキャスター」の放送後,インターネットのある電子会議室では,この猟奇的事件を在日の犯行だと断定したメッセージが,在日韓朝鮮人への差別的メッセージと混ざって多数投稿されていました。嶌氏は,みずからの発言に,どのように責任を取るつもりでしょうか。

     関東大震災時,官民が協調して「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れた」といったデマを流布したことにより,7千人とも8千人とも言われる無抵抗の朝鮮人が,ふつうの市民の「自警団」によって虐殺された事件がありました。当時とは時代も市民の意識も違うため,いちがいには比べられませんが,ある種のデマが民族的な偏見や差別を増幅するという図式そのものには,時代は関係ありません。

     差別とは,広い意味での「生きるチャンス life chance」を奪う行為のことを言います。すなわち,嶌氏の発言こそ,在日韓朝鮮人に対する潜在的なテロなのです。

     「もう私たちに思いが伝わったから自首を勧める」だと? 「思いが伝わった」などと偽善のセリフをはき散らかす前に,みずからの性根を見つめなおすがいい。


  • 1997/06/01 配信

    デルタ計画の挫折?

     多文化/多民族教育に関心をお持ちの方ならば,アメリカで進行中の「デルタ計画」について聞いたことがあるでしょう。主にコリアン・アメリカンを対象として,バイリンガル,バイカルチュラルに育てよう,という実験的プロジェクトのことです。

     デルタ計画に連邦の予算が付いてから,今年で3年度目を終えようとしています。つまり,入学時からプロジェクトの対象となった第一期の高校生がちょうど卒業する時間がたっており,この実験的計画の効果その他を評価できる時期にきているわけです。そしてその評価ですが,当の生徒たちによる申立書によって,「挫折」の方向に大きく揺れています。

     ロサンゼルスの南東,オレンジ群のフラートンに位置するサニーヒルズ高校は,94年度の最優良公立校のひとつであり,このバイリンガル計画が3年前にはじめて実施に移された学校です。全生徒の51%がアジア系,そのうち三分の一がコリアン系の生徒です。実験のモデル校としては,なるほど理想的な学校だといえるでしょう。デルタ計画のためにこの学校におりた連邦予算は,じつに225,000ドル(約2600万円)にのぼります。

     しかし,プロジェクトに登録している87名の生徒のうち44名が署名した申立書によると,「われわれは,“バイリンガルとバイカルチュラルの集中訓練”などできないプログラムに在籍していたということを,今やはっきりと理解した。」「われわれは,もはやデルタ計画にかかわりたいとは望んでおらず,またそれを何人にも勧める意志のないことを宣言する。」というきわめて厳しい内容でした。申立書に署名したのは約半数の44名ですが,いまや,デルタ計画の授業に出席している生徒は,わずか1名のみという危機的事態に陥っています。

     どうしてこのようなことになったのか? 報道を読むかぎり,どうやら良質の講師を用意しなかったできなかったことに最大の原因があるようです。いや,できなかった,というのは正確じゃありません。予算規模からすると,良質の講師を用意することを怠った,というべきでしょう。何しろ,新しい講師を一人たりとも雇わず,新しい設備さえ何一つ導入しなかったのですから。

     授業は韓国語と英語の両方で行うという原則だったはずですが,数学を担当したコリアン・アメリカンの講師は,2つの言語で授業をすることがうまくいかず,生徒たちの数学の学力は初年度で低下。実際はほとんどの授業が英語で行われており,韓国語でなされていたのは韓国語の授業だけだったようです。

     生徒たちがここまで怒っているのは,バイリンガルになれなかったからだけではなく,もう一つ別の理由もあります。

     サニーヒルズ高校の教師たちは,多文化/多民族教育への熱意だけでなく,おそらくは予算を継続的に獲得するという意図もあってのことでしょう,生徒たちにデルタ計画への参加を盛んに呼びかけ,何の保障もないのに「進学に有利になるから」という口約束をしていたといいます。しかし実際は,進学に有利になるどころか,学力も低下したうえ,バイリンガルにさえなれなかったわけです。生徒たちからすると,「裏切られた」という思いもあるのかもしれません。

     この事件,大人を中心に論議されてきた多文化教育に,当事者である子どもたちが一石を投じたものとして話題になっています。たしかに,決然と主張をおこなうコリアン・アメリカンの若者の姿は,ある種,新鮮なイメージです。でもそれ以前に,なぜ学校側は講師を新規採用しなかったのか,予算はどこに消えたのか,非常にゴツゴツした違和感が残ります。

     いずれにしても,“進学に有利”ひいては“ビジネスに有利”という視点で多言語教育が語られる土壌は,在日の現状と見比べてみて何とも興味深いものです。


  • 1997/04/29 配信

    私立幼稚園の教員採用取り消し

     この数ヶ月このページは更新しなかったわけですが,単にサボっていたのではなく,Asian Eyes統一日報といった在日系マスコミのWebサイトがオープンしたこともあって,このページの使命は終えたのではなかろうかと考えて様子を見てきました。

     しかし,両サイトの報道内容を見るかぎりでは,少なくとも今のところ,解説付きの速報がない。今後も,すぐにはそうしたサービスが出てきそうな気配にない。そこで,またこのページの更新を再開したいと思います。

     さて,非常に残念な事件が表面化しました。本日付けの毎日新聞ニュース速報(岡村恵子記者)によると,神戸市の私立幼稚園の教員に内定した同市内の在日朝鮮人の女子短大卒業生が,今年3月,日本国籍でないことなどを理由に内定を取り消されていたとのこと。

     まずは記事から抜粋します。

     卒業生は在日朝鮮人3世で、神戸市生まれ。昨年11月、同幼稚園の求人票を見て応 募。受験条件では国籍に触れておらず、成績証明書や履歴書などの提出書類は日本名、 本籍は「兵庫県」と書いた。

     内定通知を受けた後、教員免許が本名で記載されることを知り、今年3月、幼稚園の 理事長らに国籍と本名を明かした。その際、「家でどんな生活をしているのか」「日本 人の友人宅に行って違和感はないか」などと聞かれたという。

     園からは3月6日付で、「履歴書に不実記載がある」「日本国籍の人を採用する」と の理由で、内定取り消しの通知が郵送された。

     卒業生は「普段から使っている日本名を自然に書いた。本籍も深く意味を考えなかっ た」と話す。幼稚園の理事長(56)は「教員は日本の風習を園児に教えられる日本国 籍の人に限っているため、お断りした」と説明している。

     県職業安定課の中内隆三・障害者雇用担当官は「日常生活を日本名で営んでいるので あれば、不実記載とまでは言えないのではないか。選考試験や採用が性別、信条、人種 によって判断されるのは明らかな憲法違反。本人からの訴えがあれば、厳正に指導した い」と話している。

     さすがに兵庫県職員は知っていたようですが,このケースは,日立就職差別裁判(1970〜74年)の類例であり,幼稚園の差別待遇は明らかな違法行為です。差別は倫理の問題ではなく,犯罪なのです。あくまで私立の幼稚園ですので県が介入できるのは「指導」のレベルにとどまりますが,裁判になると幼稚園側の敗訴は確実です。いくらなんでも,経営者として「指導」を拒否することはありえないでしょう。

     内定取り消しを撤回するといったことは当然の処置であり,いわば前提条件にすぎません。むしろ,より重要なのは,幼稚園の経営者が真摯に偏見と差別行為を反省・謝罪するとともに,内定を取り消された女性が受けた精神的な傷害を,誠心誠意フォローできるか,ということです。

     日立就職差別裁判から四半世紀がたった今もなお,こうした差別事象があとをたたないのは,非常に残念なことです。しかし,ひとたび成立した差別は容易になくなるものではありません。今後も,程度や様態を変えながら,差別事象は発生していくことでしょう。くり返しますが,在日韓朝鮮人にたいする差別は今もあるし,今後もおそらくは無くなりません。

     差別がなくならないなら,それを前提としたうえで対策を立てなければなりません。(1)発生した差別事象を,周囲がどこまで無力化できるか,(2)被差別者になった(なりうる)者が,発生した(する)差別事象をどれだけ克服できるか(克服する力をあらためて備えておけるか),ということですね。

     2は要するに広義の民族教育が必要だということです。1については,日本人と在日韓朝鮮人の真の民族間交流は,偏見や差別を見逃したりせず,その場で糾弾する価値観が一般的になったとき,ようやく始まるのだろうということです。


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