韓朝鮮人の実態調査からみた21世紀へのビジョン
金明秀

徐龍達編『21世紀への韓朝鮮人社会のビジョン』(明石書店、近刊)

本稿は公刊前の書籍に所収予定の論文であるため、本文および図表を著者に無断で引用することを禁ずる。また、公刊までに一部改変する可能性があることを付記しておく。



1.はじめに

 在日韓朝鮮人に関する言説は非常に多い。いわゆる在日論だ。主に民族系の雑誌を媒体としながら、多くの論者がさまざまな立場、角度から、在日韓朝鮮人の現在と未来について、有意義で示唆に富む主張を提示してきた。だが、在日韓朝鮮人の実態をもとに議論を展開しようとするとき、在日論は例外なく、ある問題に直面せざるをえなかった。すなわち、あまりにも在日韓朝鮮人についての基礎データが不足しているという問題である。

 筆者らは、こうした問題にかんがみ、現時点で可能なかぎりの厳密さで、在日韓朝鮮人の実態を明らかにしようと考え、調査を実施してきた。在日本大韓民国青年会(以下、青年会とする)と実施した「1993年在日韓国人青年意識調査」と、在日本大韓民国青年商工人連合会(以下、青商とする)との共同による「在日韓国人の社会成層と社会意識全国調査」の二つである。両調査の詳しい内容についてはそれぞれの報告書を参考にしていただくとして、本稿では、「21世紀へのビジョン」を考えるうえで筆者がとくに重要だと考えた3点に絞って、結果を紹介していく。



2.調査の概要

1)1993年在日韓国人青年意識調査

 母集団は、「日本生まれで韓国籍をもつ18〜30歳の男女」である。本稿で「在日韓国人青年」とは、この母集団を差す。これを代表するものとして、青年会の保有する全国で約7万名の名簿を用いた。この名簿は、青年会の活動者のリストではなく、在日大韓民国民団(以下、民団とする)が保有する韓国国民登録名単から18〜30歳を抜き出したうえで、若干の更新と追加をおこなったものである。

 この名簿から等間隔抽出をした結果、最終的な調査対象者数は1723名になった。1993年6月21日から同年9月21日まで、おもに訪問面接調査法により実査を行った。回収された調査票は800票(回収率46.4%)である。以下、この調査は「青年調査」と略する。

2)在日韓国人の社会成層と社会意識全国調査

 母集団は「20歳以上の日本に定住している韓国籍の男性」である。本稿で「在日韓国人」とは、この母集団を差す。これを代表するものとして、民団が保有する韓国国民登録名単を用いた。この名簿から等間隔抽出をした結果、最終的な調査対象者数は1723名になった。1995年2月18日から1996年10月31日まで訪問面接調査法にて実査をおこなった。回収された調査票は899票(回収率70.2%)である。以下、この調査は「階層調査」と略する。

 なお、いずれの調査もそれぞれサンプルに制約があるので、指摘しておく。

 「青年調査」の場合、調査対象者は韓国籍の青年にかぎられている。したがって、結果を一般化できる範囲は、あくまで在日韓国人青年に限られており、在日韓朝鮮人青年全体ではない。

 「階層調査」の場合、調査対象者は成人の韓国籍男性である。つまり、朝鮮籍者を含まないのみでなく、女性が含まれていない。「階層調査」の結果を一般化できる範囲は、あくまで成人の韓国籍男性に限られる。

 こうした制約をともなうとはいえ、いずれの調査も、この分野では初めての学術的な調査設計にもとづいた全国サンプリング調査である。それも、現時点で入手できるなかでは、もっとも信頼するにたる名簿をもとに実施されており、一定の客観性をそなえた資料として重要な意義を持つであろう。そこで、以下に分析結果を紹介していく。



3.民族性の自生性について

 表1は、「青年調査」にもとづいて、在日韓国人青年の民族性がいかなる要因にて形成されるかを示したものである。

表1 民族性の形成に関する構造方程式モデル

 

関係志向

主体志向

成育地域内同胞数

.010

.006

出身階層

.077

.026

成育家庭の伝統性

.582*

.165*

年齢

-.077

.096*

性別

.000

.024

本人学歴

.058

.231*

民族教育の程度

.038

.443*

被差別体験

.048

.076*

民族団体への参加・接触

.259*

.262*


* p<.05 N=544 χ2 / d. f. =429.69 / 181 = 2.37
GFI=.937   AGFI=.904   RMR= .040
関係志向のR2= .589  主体志向のR2= .675

 この結果が意味することを箇条書きの形で示すと、以下のようになる。

  1. 在日韓国人青年の民族性は、「関係志向」と「主体志向」という二つの志向性に文節化することが統計学的に妥当である
  2. 「関係志向」とは、情緒的に民族的なものとの紐帯を求めようとする関係的な志向性である
  3. 「主体志向」とは、民族的な問題を意識し、それを解決していこうとする主体的な志向性である
  4. 関係志向は、家庭内で大きく“継承”され、一部、民族団体への参加によって獲得される
  5. 主体志向は、家庭内外での教育を通して、また、民族団体への参加によって、大きく“獲得”されるものであり、家庭内で直接継承される部分はあまり大きくない
  6. 「出身階層」「成育地域内同胞数」「被差別体験」は、在日韓国人青年の民族性を形成するうえで、まったく、あるいはほとんど影響力を持たない

 このうち、本稿で取り上げるのは、最後の6点目である。「成育地域内同胞数」とは、12歳時の居住地にどれだけ在日韓朝鮮人がいたかを問うたものだ。逆をかえすと、成育地域において日本社会とどのようなつながりがあったかということになる。「出身階層」とは、父親の職業的地位のことであり、日本社会における不平等構造上の位置をあらわしている。「被差別体験」は、日本社会からどれだけ差別を受けたことがあるかということである。言わば、これらの3要因は、日本社会との不平等な関係を代表するものだということだ。

 そして、上記の6点めに挙げてある通り、これら日本社会との関係をあらわす要因は、在日韓国人青年の民族性を形成するうえで、直接の影響を及ぼしていない。つまり、同胞がたくさん住んでいる地域で育っても、逆に同胞がほとんどいない地域に育っても、民族性は強くなりもしないし弱くなりもしない。また、どれだけ差別を受けようとも、逆に、まったく差別を受けなくても、民族性の強弱にはほとんど関係がない。そして、どれだけ貧しい環境に育っても、どれだけ裕福に育っても、民族性の強弱は左右されない、ということだ。

 このことは、在日韓国人青年の民族性が、日本社会からの差別や不平等によって受動的に規定されるのではなく、独自の再生産プロセスによって形成されている、ということを意味する。“差別がなくなると同化が進んでしまうから、ある程度の差別は残っていたほうがいいのだ”という主張はよく耳にする。しかし、これはたんに筋違いなだけではなく、間違っているのだ。こと、在日韓国人青年の民族性に関するかぎり、差別の存在にこだわりすぎると、本質を見誤ることになろう

 こうした結果をふまえるならば、在日韓国人青年の民族性を語るとき、差別の存在にこだわるよりも、むしろ、そのシブトサにこそ注目すべきではないだろうか。



4.不平等の神話について

 ある民族運動家から興味深い話を聞いたことがある。在日同胞の生涯賃金は日本人の半分にしかならない、というものだ。就職差別で賃労働から疎外され、いざ就職しても賃金差別を受ける。自営業をおこそうとすれば有利な店舗物件を貸してもらえず、企業経営においてもさまざまな不利益を被る。社会福祉においても差別されつづけてきたうえ、日本人に比べ不利な支出をせざるをえないことも多い。この圧倒的な不平等こそ民族差別だ、というわけである。

 もちろん、この“半分”という試算に根拠はない。また、民族差別を経済的不利益だけにわい小化してしまうことにも問題はある。しかし、かりに個々の場面の不平等や、差別によって被る不利益はささいなものであっても、すべての不平等を一つの尺度(この場合は生涯賃金)にまとめてみると大きな問題として浮かび上がってくる、という主張は重要だと思われる。

 社会学では、不平等を総合的に測定する尺度についていくつかの案を提示してきた。そのうち、質、量ともにもっとも研究が進んでいるのが、富・威信・権力・知識などの社会的資源の過多に注目する「社会的地位」である。なお、いわゆる「社会階層」とは、序列づけられた社会的地位のハイアラーキーのことである。

 「階層調査」の第一のテーマは、まさしく在日韓国人の社会階層である。日本人を対象とした「社会階層と社会移動に関する全国調査」(以下、SSM調査とする)と設問や調査設計の多くを共通にしてあるため、日本データとの直接の比較が可能となっている。

 表2は、「階層調査」と「SSM調査」で、教育水準、職業威信、個人年収の平均値を比較したものである。二つのデータの間で、職業威信に統計的に有意な差異はない。教育年数には有意な差異があるものの、両調査の年齢のずれによる影響を除去すれば、有意差は消失する。収入には有意な差異があるが、在日韓国人の「階層調査」のほうが、高い値を示している。

2 社会的地位の民族間比較

 

SSM調査

 

階層調査

 

平均値

標準偏差

 

平均値

標準偏差

教育年数

12.35

2.78

 

12.01

2.99

職業威信

47.32

11.39

 

48.02

12.82

個人年収(円)

528.79

252.43

 

572.69

276.37

 従来、在日韓朝鮮人が日本人よりも不利な立場に置かれ、民族間に不平等があるということは自明のように語られてきた。前述した民族運動家の話も、さほどの違和感なく読んだ方が少なくないと思う。しかしながら、社会的地位の指標としてもっとも重要な3つの指標において、民族間の格差はみられないのである。しかも、在日韓朝鮮人の年収は、日本人の半分どころか、むしろ日本人よりも高い。従来の議論は、何かを見落としてきたということになる。

 もっとも、不平等を強調してきたこれまでの議論が、まったく間違っていたというわけではない。たとえば、在日韓国人は日本人より、自営業従事者の比率が著しく高い。激しい就職差別によって、多くの在日韓国人が産業の周辺セクターである自営業に追いやられてきたことは周知の事実である。

 したがって、問題は、過度に、あるいは安易に、不平等を強調するような論調は妥当性を欠く、ということであろう。そのことを前提のうえで、分析を進めていくことにする。

 表2は、あくまで全体の平均値を比較したものにすぎない。結果が平等だからといって、結果を達成するまでの機会も平等であるとはかぎらないことに注意が必要である。そこで、地位達成のプロセスに民族間で差があるかどうかを明らかにするため、ブラウ=ダンカン型の地位達成モデルを適用した(表3)

表3 社会的地位達成モデル(1)

 

年齢層V

 

年齢層U

 

年齢層T

 

教育

初職

現職

 

教育

初職

現職

 

教育

初職

現職

民族

-.065

-.043

.070*

 

.017

-.106**

.115**

 

.187**

-.171**

.095

父職

.280**

.135**

.212**

 

.378**

.185**

.216**

 

.393**

.180

.043

教育

 

.374**

.095*

  

.329**

.151**

  

.414**

.170**

初職

  

.543**

   

.364**

   

.428**

R2

.081

.190

.459

 

.142

.202

.320

 

.166

.279

.300

N

520

 

829

 

261


** p<.01 * p<.05

 「民族」変数に注目しながら表の数値を読んでいこう。まず、教育達成に対しては、年齢層Tをのぞいて、「民族」は有意な影響をもたない。

 次に、初職の列では、年齢層Vから年齢層Tにむかって、ベータ係数が順にマイナス方向に大きくなっている。つまり、年齢層が高いほど、同等の階層の出身で、かつ同等の学歴をえていたとしても、在日韓国人のほうが日本人よりも不利な初職にしか就けなかった傾向にある、ということだ。ただし逆に言うと、年齢層が下になるほど、初職に就業するさいの民族的な不平等は解消の方向にある、ということでもある。とりわけ三世を中心とする年齢層Vでは、もはや「民族」の係数が統計的に有意ではない。

 最後に、現職の列に注目すると、「民族」のベータ係数はどの年齢層でも非常に弱い。しかも、初職とは逆に、符号がプラスになっている。つまり、同等の階層の出身で、かつ同等の学歴をえていたとしても、日本人より在日韓国人のほうがわずかに高い地位を達成しているということである。また、現職の地位を達成するまでに、初職就業時の民族的不平等を何らかのかたちで克服している、とも表現できる。

 このメカニズムをもう少し詳しく見てみよう。表4は、表3と同じモデルを日本人と在日韓国人に分けて示したものである。

表4 社会的地位達成モデル(2)

  

年齢層V

 

年齢層U

 

年齢層T

  

教育

初職

現職

 

教育

初職

現職

 

教育

初職

現職

父職

JP

.319**

.106*

.102*

.398**

.187**

.217**

.541**

.318**

.041

KR

.223**

.167*

.331**

.353**

.186**

.218**

.151

-.016

-.028

教育

JP

.450**

.176**

.381**

.175**

.417**

.250**

KR

.282**

.019

.262**

.099

.342**

.052

初職

JP

.561**

.434**

.387**

KR

.511**

.279**

.452**

R2

JP

.102

.244

.491

.158

.237

.430

.292

.419

.357

KR

.050

.129

.457

.125

.138

.202

.023

.115

.223

N

JP

305

509

178

KR

215

320

83


上段のJPはSSM調査(日本人)、下段のKRは階層調査(在日韓国人)を意味する。 ** p<.01 * p<.05

 教育の列をみると、父職と教育達成の関連は、すべての年齢層において、在日韓国人のほうが弱くなっている。この理由を「階層調査」から明らかにすることはできないが、仮説としては以下のような説明が考えられる。一つは、在日韓国人の場合、出身階層が地位達成に有効な文化資本と連動していないという可能性。もう一つは、在日韓国人は、いい学歴をえて、いい会社に入って、出世するといった日本社会に典型的な地位達成のトラッキングから排除されてきたため、トラッキングのイメージが出身階層と結びついていないという可能性である。そのどちらにしても、在日韓国人は、教育を達成する上で、日本人よりも出身階層を資源としてうまく利用できていないということである。

 次に、初職の列に注目しよう。初職においてもっとも注目されることは、教育による影響が、どの年齢層においても、日本人のほうが強いということである。

 同じことが、現職の列についても指摘できる。日本人の場合、どの年齢層でも教育達成が現在の職業的地位に及ぼす影響が残っている。しかし、在日韓国人の場合、すべての年齢層において、教育が現職に及ぼす影響は残っていない。

 日本は、地位を達成する上で学歴メリットの効果が大きい社会であることが知られているが、これらの結果は、在日韓国人はそのような業績主義から疎外されているということを意味している。

 分析を総合すると、地位達成のプロセスにおける民族的不平等とは、(1)教育を達成する上で、日本人よりも出身階層を資源として利用できていないこと、(2)教育達成を媒介とした地位達成のルートから疎外されてきたこと、の2点に要約される。

 ただし、在日韓国人は、現職の地位を達成するまでに、初職就業時の民族的不平等を何らかのかたちで克服しており、教育水準、現職の職業威信、個人年収において、在日韓国人は日本人と同等かそれ以上の地位を達成している、ということを想起してほしい。ここまでの分析では、どのようにして民族的不平等を克服しているのかを説明できていないが、そのことを考える上で、表5は重要なポイントになりうるだろう。

5 初職の就業情報の入手経路

選択肢

実数

(%)

家族・親類に頼んだ(または紹介してもらった)

279

(35.3)

家族・親類の知り合いに頼んだ(または紹介してもらった)

80

(10.1)

友人・知人に頼んだ(または紹介してもらった)

172

(21.7)

学校の先生に頼んだ(または紹介してもらった)

35

(4.4)

学校の就職担当係に紹介してもらった

63

(8.0)

求人広告・就職情報誌を見た

44

(5.6)

職業安定所・民間の職業斡旋所に紹介してもらった

10

(1.3)

直接,相手方に問い合わせた

87

(11.0)

強制連行(徴用)

13

(8.0)

その他

8

(0.9)

非該当・無回答

108

899

(100.0)

 表5は、「階層調査」において、初職に就業するさいにどのような手段が有効であったかを示したものである。「家族・親類」「家族・親類の知り合い」「友人・知人」をあわせた、インフォーマルな人間関係によって就業情報をえたものが、有効回答者のほぼ7割近くにまでおよんでいることが分かる。

 また、「家族・親類」「家族・親類の知り合い」「友人・知人」のいずれかを回答した人に、その紹介者の民族をたずねたところ、8割以上が韓朝鮮人であるという回答をえた。こうしたデータは、在日韓国人が不平等構造を克服する上で利用してきた資源が、民族集団内のインフォーマルな互助的ネットワークであることを示唆している。

 さて、在日韓朝鮮人は日本人と同等かそれ以上の社会的地位を達成していたが、それは、不平等がないからではなく、在日韓朝鮮人がその不平等を克服してきているからだということが明らかになった。そう考えると、理不尽な不平等を糾弾することも重要であろうが、その一方で、さまざまなハードルを乗り越えて、日本人と同等の社会的地位を達成してきた、努力と工夫に満ちた在日韓朝鮮人の職業生活史に、いっそうの関心が払われるべきではないだろうか。



5.「在日」は根無し草というウソについて

 「在日韓朝鮮人は日本人よりも職業的地位が不安定なため転職が多い」「在日韓朝鮮人は日本人よりも生活が不安定なため転居が多い」――筆者がよく耳にする二つの通説である。しかし実は、これらの説は完全に事実と違っているか、あるいは事実と正反対である。

 そもそも、在日韓国人の過半数は「自営」である。考えてみてほしい。固定客を中心とする飲食店や小規模小売業が、そうそう店舗の場所を変えられるかどうか。また、周知の通り自営業は世襲されることも多い。その際、土地や顧客を受け継ぐとなれば、自ずと地域的な移動は制約されるはずだ。在日韓国人の職業実態を考えるなら、日本人より転居(地域移動)が多いという主張は、もともと根拠が薄弱なのである。

 では、なぜ、このような通説がまかり通っているのか。その謎を解く鍵は“一世の記憶”にあると筆者には思われる。日本人より学歴が低く、転職回数が多く、地域移動の多い時期が、かつて確かに存在した。その時期を実際に体験しているのはほとんど一世だけであり、解放後に生まれた世代はもはや該当しない(地域移動については図1)。しかし、その時期の記憶が”神話”となって、あたかも現在の事実であるかのように語り継がれているというわけである。

図1 地域移動の民族間比較

「定住者」は、初職就業時の居住地と現職就業時の居住地が同じ市町村の者で、「移動者」はそれ以外の者。

 現在の在日同胞をめぐる状況をきちんと理解するためにも、かつての苦難の歴史は語り継がれなければなるまい。しかし、そのことによって事実を見る目が歪んでしまっては本末転倒である。調査から浮かび上がってくることは、「在日韓朝鮮人は日本人以上に地域社会に根を張り、地道な経済生活を営んできたのだ」ということである。

 地域社会に根を張っているさまは他の面からも窺える。「この地域や町内でする行事(清掃、廃品回収、運動会など)には参加するほうだ」(以下、この設問は「地域活動への参加」と略)に”そう思う”と答えた者が56%。「この地域のためになることをして役に立ちたい」が57%。「事情がゆるせば、ずっとこの地域に住んでいたい」にいたっては、60%の者が”そう思う”と回答している。

 日本人を対象にした全国調査の中にこれと比較できるような質問項目が見あたらないため、民族間の比較はできないが、この値は低いものではなかろう。日本人と同等かそれ以上に地域社会に根を張り、そして地域に強い愛着心と貢献の意欲を持つ――それが在日韓国人の平均的な姿なのである。

 ところで、地域社会といえば過去数年にわたって懸案になっている地方参政権の問題がある。最後に、地方参政権に関する分析結果についても触れておこう。

 日本人のなかには、“在日韓朝鮮人は日本ぎらいに違いない”という意見を持つ人も少なくない。参政権問題に絡んで、日本の国会でもこうした議論があった。ようするに、反日感情を持つ輩には、たとえ地方といえども参政権など与えられないという主張である。しかし、在日韓朝鮮人が日本ぎらいに違いないというのは、完全な誤解ないし偏見である。なぜなら、「日本」に「愛着を感じない」と回答する人は1割もおらず、しかも「大韓民国」や「在日韓国・朝鮮人」よりも「自分が生まれ育った地域」に「愛着を感じる」と回答する人のほうが多いのだから。

 「階層調査」において、地方参政権の獲得を望むかどうかともっとも強い関連を示したのは、上述した「地域活動への参加」であった。さまざまな項目間で関連を調べてみたが、「地域活動への参加」との因果関係の強さは圧巻であった。つまり、普段から地域活動に参加し、今以上に愛着を持てる地域を創りたいと願う人、今以上に地域への貢献を求めている人ほど、地方参政権を求めているということなのである。それは、日本に定住してきた/いくということの自然な帰結と言えるかもしれない。

 われわれはこれまで、“一世の記憶”にしばられ、差別や不平等ばかりを訴えてはこなかっただろうか。そしてその不平を逆手に取られ、理不尽な偏見を日本社会に温存させてはこなかっただろうか。在日韓朝鮮人が差別や不平等を努力と能力で突破し、日本人以上に地域社会に根を張り、そして地域に強い愛着心と貢献の意欲を持つということを、アピールする努力を怠ってきたのではないだろうか。



6.おわりに

 本稿で紹介したデータは、在日韓国人が、差別や不平等の存在にもかかわらず、持てる資源を総動員しながらそれを克服し、地道に力強く、地域に根をはって、独自の文化を再生産しながら生きてきた姿を描き出している。

 もちろん、差別の存在を指摘し、それを糾弾する作業は重要であろう。しかしその一方で、本来ならば日本社会が是正すべき不平等構造を独力で是正し、在日韓朝鮮人が日本社会に寄与してきた事実を周知させることも重要なのではなかろうか。

 かつての在日論は、差別論として在日韓朝鮮人を取り巻く状況を批判するというものに偏っていたように思う。しかし、近年になって、在日であることを肯定的に評価する在日論も増えてきている。これからさらにバランスの取れたかたちで在日韓朝鮮人像を提起できるようになっていけば、おのずと「21世紀へのビジョン」は開かれるであろう。


文献

福岡安則・金明秀 1997a『在日韓国人青年の生活と意識』東京大学出版会

金明秀編 1997b『在日韓国人の社会成層と社会意識全国調査報告書』在日韓国青年商工人連合会

1995年SSM調査研究会 1998『1995年SSM調査コードブック』1995年SSM調査研究会

無職(専業主婦)やパート・臨時雇用者の多い女性と、圧倒的多数が定職をもつ男性とでは、同じ枠組みで調査することはできない。かぎられたコストで十分なサンプル数を獲得するため、調査対象者を男性に限定し、女性の社会階層の調査は今後の課題とした。

差別を糾弾すること自体に意味がないということではない。差別によってどのように自尊心が傷付けられ、その傷をどのように克服するかについては、拙著を参照[1997a:45-54]。

職業威信とは、人々がそれぞれの職業に対して与えている「格づけ」を意味する。日本では、1975年のSSM調査によって直井優らが測定しており、社会的地位の変数の中でもっとも信頼性と妥当性が認められている。

「SSM調査」との比較のために、「学歴なし」は初等教育修了とみなしてコーディングしてある。しかし、「学歴なし」の教育年数を0年とした場合、一世を中心とする年齢層では、日本人より在日韓国人のほうが有意に教育年数が低くなる。

年齢層Tは、一世を中心とする60歳〜70歳。年齢層Uは、二世を中心とする40〜59歳。年齢層Vは三世を中心とする20〜39歳である。説明変数の「民族」は、「階層調査」(在日韓国人)を1、「SSM調査」(日本人)を0としたダミー変数である。「父職」は、父親の主な職業についての職業威信である。なお、説明変数の中に「父親の教育」を含めなかった理由は、「階層調査」において「父親の教育」に欠損値が多いためである。欠損値の多くは「学歴なし」であろうと推察される。