(A)親の気持ち
「結婚して生まれた2人の子どもにも通名をつけずに、朝鮮語のみの名前で育てている。ところが、2人が小学校に入り、同級生とけんか、“朝鮮人は朝鮮へ帰れ”と同級生に言われた。子ども達が、自力で差別と闘える時代になったと信じてきていたのにショックでした。これでは、わたしの子どもの時と全くかわりがありません」
「1944年生まれのわたしと同じ思いを1990年に生まれてくる子供達には、してほしくない。それを、小・中学校の先生方にお願いしたいのです。子ども達が、自らを朝鮮人と自覚するきっかけが保護者であり、先生方であってほしいのです。」
不安と期待。これが在日韓国・朝鮮人の子ども達を持つ保護者の共通の気持ちではないでしょうか。そして、私たち教員に対する熱い期待もあるのです。
(B)積極姿勢の明示
以上のような保護者の気持ちのまえに、私たちは、どのような態度と姿勢で、家庭訪問に望めばいいのでしょう。
在日韓国・朝鮮人の子ども達の初めての家庭訪問には、外国籍であることなどを保護者の方から切り出されることはありません。ですから私たちの方から民族のことなどをはなしていく必要があるのです。
また、在日韓国・朝鮮人の保護者の方々の多くは、「学校の先生は私たちが在日韓国・朝鮮人であることを当然知っているはず」と受け取っている方も多くいます。ですから、「わたしは、子供さんの民族教育について、考えていきたいと思いますが、お父さんやお母さんのお話をお聞かせくだされば、うれしいのですが・・・」と話しても不自然ではありません。私たち教職員は、保護者の気持ちや考えを十分に聞き、そのことから学ぶ姿勢を示すことが大切だと思います。
そして、日本と朝鮮の歴史、現実の関係の後ろめたさから「こんなことを聞いていいのだろうか・・・」「きっと失礼だ・・・」など、どうしても消極的な姿勢になってしまうものですが、そうした姿勢こそが、在日韓国・朝鮮人の保護者達が日本の学校・教師へより不安・不信を覚える点です。わからないことはどんどん質問し、ともに学んでいくという姿勢は、是非持っていきたいものです。
また、最近になって、和歌山県教育委員会は、以下のような取り組みを始めました。
○県の「学校教育の指導の重点と方針」の人権教育の中で
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国際化の進展に伴い、本県においても、在日外国人や帰国子女、ある
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一方日教組和歌山などは、以下のような教育運動を始めました。
以上のように、不十分ながらも、頑張っている様子を、より具体的にはなしていくとよいでしょう。またより具体的には、以下のような方法で家庭訪問を行ってはどうでしょう。
確かに日本人社会の差別の中で生きてきた保護者は、日本人に抱いている不安感を容易に拭うことはできません。保護者は、私たちの姿勢を見ています。保護者から学ぶ姿勢と民族問題についての積極的な姿勢・関心を持って、話し込んでいく中で、信頼関係をつくっていくことが大切です。
(C)予想される保護者の対応とそれの持つ意味
ところが、意気込んで家庭訪問をすると「うちはいずれ帰化しますから」とか「まだ子どもが小さいので」「韓国・朝鮮人であることが知られると生活に困るんです」と、とまどっている保護者の言葉をよく耳にします。
でもこれが保護者の本音かもしれません。在日韓国・朝鮮人にとって民族を隠して生きることは、自分を偽って生きることです。自分をいつわるということは、自分につながりのある大切なものを否定していくことなのです。しかし、他の民族の生き方、考え方を認めないという「拝外主義」が、日本社会にある以上、残念ながら、上の言葉が出てくるのは、仕方のないことなのです。だからこそ、在日韓国・朝鮮人問題というのは私たち日本人の生き方の問題なのです。
外国人登録証明書(通常「ガイトウ」とか「ガイトウショ」と呼んでいます)については、在日韓国・朝鮮人の子どもたちが出生すると同時に保護者の方が届け出ていきますが、自分で顔写真を撮って登録証をつくるのは、16歳の誕生日です。そのとき初めて自分が韓国・朝鮮人であることを知ったとしたら、いったいどんな気持ちになるでしょう。この多感な時期に朝鮮のこと、韓国・朝鮮人であることが、果たして素直に自分の中に受け入れられるでしょうか。
朝鮮の文化や歴史などなにも知らない状態で、進路など将来の展望がもてないまま現実ばかりが見えて、マイナスのイメージばかりが膨らんでくるのではないでしょうか。だからこそ早い時期から子どもに民族のことを伝えておくことが必要になってくるのです。本名使用も早い時期からの方がよいということになるのです。
私たちは、なによりも保護者の思いを聞き、保護者から学ぶ姿勢が大切です。そして、保護者の思いや今までの歩みを聞く中で、私たちの課題を見つけるという姿勢が、とても大切です。
また、家庭訪問の時、子どもが同席していることがあります。そのときは「国籍、民族の問題は、もうはなされていますか」と子どもがいないときにたずねてから話し始めるとか、「先生と保護者の方との話があるから・・・」といって子どもに席をはずさせるなどの配慮が必要です。
何はともあれ、日本人として「違いのわかる人間」になるために、この問題を考え続けていくことが必要です。