5.本名指導

(A) 本名について

 和歌山の在日韓国・朝鮮人園児、児童・生徒(子どもと表記)は、大部分が通名(日本風の名前)で学校生活を送っています。すなわち、親につけてもらった本名(韓国・朝鮮風の正式の名前)が使えない状況に追い込まれているのです。それは、本名を名のって韓国・朝鮮人として堂々と生きることが困難な実体があるからです。つまり、日本社会や友達の中にある、韓国・朝鮮人に対する差別意識と排外主義的傾向が、本名で生活することを困難にしているのです。

 クラスにいる、韓国・朝鮮人の子ども達が、自分の本名を知らなかったり、かくして生活していても、多くの日本人はそれに対して、疑問や問題意識を感じずにいるのが現状です。
 
●同一人物が持つ三つの名前 

◇朴 暎東(パクヨンドン)=本名 
 本当の名前。外国人登録証、出入国書 
類、民族団体の登録や母国の戸籍など正 
式の書類には、全員にこの本名が使用さ 
れる。本人が通名記入を希望していても 
本名でなければ受理されない。 

◇朴 暎東(ぼくえいとう) 
          =日本語読み姓名 
 韓国・朝鮮では日常的にハングル(表 
音文字)が使われるので、正式の発音で 
なければ通用しない。これも通名の一種 
である。 

◇木下暎棟(きのしたひでむね)=通名 
 法的根拠のない仮の名前、仮名のどこ 
かに、本名や出身地が隠されていること 
も多いが、公的な場では通用しない。 

 
(B)通名使用の歴史と現状 

 韓国・朝鮮の慣用句に、「わたしのいっていることが嘘なら自分の名前を変えてもいいです。」という表現があるくらい韓国・朝鮮人は自分の名前に誇りを持っています。その誇りを日本は植民地支配時代に、創氏改名(朝鮮人全員に日本風の氏名を強要する)政策で踏みにじりました。そのときに付けられた名前が、植民地支配が終わった後も、日本社会で生きるための方便として使用されてきたのです。

 現在、日本社会には、厳しい民族差別が、存在します。しかし、差別が存在するからといって、その差別から逃げることばかりを考えて通名を使うのではなく、幼稚園・学校時代から本名を名乗ってこそ、差別にうち勝ち、差別に立ち向かっていく力が培えるのではないかと思います。

 通名のままで生活している子どもの姿は、差別に負け、日本人の振りをすることで自分自身をごまかしている悲しい姿といえるのではないでしょうか。
 

(c)保護者の通名と子どもの通名

 通名で通学している子どもの保護者に、「本名で通学すべき」と、いきなり勧めてみても、「とんでもない」とか「干渉しないでほしい」という答えが返ってきます。通名で生活している子どもの保護者もまた、大部分が通名で生活をしているからです。しかし、親の世代の韓国・朝鮮人は、韓国語や朝鮮語を話せる祖父母に育てられ、朝鮮の料理や風習の中で生活し、自分自身が韓国・朝鮮人であることを自覚させられていました。保護者自身が通名を使っていても、それは、日本社会で生き抜くために仕方のない方便であり、韓国・朝鮮人であることを他人に知られても動じない強さを持っていました。

 しかし今、保護者の世代と同じ強さを持っている子どもは少なくなってきました。それどころか、保護者が子どもに惨めな思いをさせまいと考えて、子どものためによいと信じて、韓国・朝鮮人であることを告げていない場合すらあります。その場合は、子どもは、無意識のうちに自分を日本人と同化させて育っていきます。人格形成にとって最も重要な時期に、自分の存在基盤である民族や国籍を取り違えたまま成長していくことの弊害は、だれにでも想像することができるでしょう。
 
 
(D)通用しない保護者の恩情

 親や祖父母の中には、子どもに民族を隠すことを教えたり、通名で生活させていながら、通過儀礼や風習は朝鮮風にしてほしいと子どもに要求する人も多くいます。「わたしの葬式は朝鮮式にしてほしい」「子どもの結婚式には、親も家族も出席したい」「祖先祭祀(チェサ=法事)には、子や孫を連れて参加してほしい」・・・等々。しかし、子どもが自分の民族に劣等感を持ち、民族を隠して日本社会で生活していれば、通過儀礼すら日本風に執り行い、保護者や親族を儀礼に呼べなくなるのは確実です。朝鮮式の儀礼をしたり、民族服を着た参加者が多数いたりすれば、日本人の出席者や近所の人に、今まで隠していた民族を知られてしまうからです。

 家族や親族の縁を切ってまでも、一生民族を隠したまま生活ができれば、それも一つの生き方かもしれません。だが、現状では民族を隠し続けることは不可能です。子どもは成長するにつれ、必ず全員が、厚い壁にぶつかります。高校進学時の外国人登録証の提出、(P18〜19参照)、16歳の誕生日の市役所外国人登録窓口への出頭(P48〜50参照)、そして、就職(P43〜47参照)結婚、住宅入居、その他社会生活全般・・・

 子どもの時から、自分の民族にたいする誇りを身につけ、日本社会の差別排外状況を学んで行かなければ、厚い壁の前で対処の方法すらつかめず、「帰化」(P51〜55参照)を考えたり、「なぜ、朝鮮人に生んだのだ!」と親を恨んだり、場合によっては、自死の道を選んだり(最近の在日韓国・朝鮮人青年の自殺率は日本人青年の2倍あるといわれています)する事も少なくありません。保護者の時代とは違った時代になってきているのです。「幼いときぐらいは苦労をさせたくない」という恩情が、逆に子どもを苦境に追い込んでいることにも気がつかない保護者や教員も多いのです。
 
 
(E)民族を大切にし、生き生きと生活するために

 小学校1〜2年生くらいまでは、「ぼく外国人やねん」と平気で韓国・朝鮮のことを友達にしゃべっていた子どもが、3〜4年生頃になると、自分の民族を隠すようになるのが一般的です。「○○くんは、外国人なんて嘘や!」とか、「○○ちゃんは、お母さんのことをオンマ(オモニの幼児語、お母さんのこと) といっているけど、○○ちゃんのお母さんは、お馬なの?」等々。級友の無知と無理解からくる心ない言葉の連続に自分で対処できなくなったり、大好きな先生の一言(P1〜2参照)にショックを感じたりするからです。さらに、5〜6年生頃になると、右の体験談にあるように級友達は、韓国・朝鮮に対する偏見や差別意識を身につけていくことが少なくありません。
 
●体験談(1) 

 小学生の時、朝鮮人だとばれてしまった 
子を、みんなでいじめたことがあった。そ 
のとき、一緒にいじめないと自分も朝鮮人 
だということがばれると思っていじめたこ 
とが、今でも負い目になっている。 

(高2 朴君) 
●体験談(2) 

 中学生時代、友達が「チョンパッグ」な 
どと韓国・朝鮮人の悪口を大きな声ではな 
しながら下校していた。わたしもみんなと 
一緒になって笑ったり、悪口を言わねば不 
審に思われると思い、大声で笑い大声で悪 
口を言ったことがあったが、家に帰ってか 
らひとりで泣いた。 

(高3 李さん) 

 日本人の子どもの差別排外意識や偏見などをなくし、韓国・朝鮮のすばらしさを理解させる指導(P27〜30参照)、民族学級や民族クラブで同胞の子ども達がお互いを支え合う指導(P31〜33参照)、そして、家庭訪問による保護者との討論と説得(P10〜15参照)。この三者が軌道に乗れば、子ども達は、本名を名のれるようになるでしょう。また、日本人の子ども達も本名を呼ぶようになっていき、体験談@Aのような状況は発生しないでしょう。

 子ども達が、民族を大切にし、生き生きと学校生活を送れるようにするために、なによりも必要なことは、学級担任の努力です。ひとりの担任の努力が、クラスや学年を変革し、学校全体に大きな影響を与えているケースもしばしば見受けられます。

 兵庫県の西宮では、今、在日韓国・朝鮮人の小・中学校の児童・生徒約600人中、約5%の子どもが、入学時から本名で通学しています。この子ども達が生き生きと学校生活を送り、「オンマ、わたしの名前みんなみたいに変えて」といわせないためにも、学級担任の努力が、待ち望まれています。
 

(F)本名指導の基本と留意点

 本名指導の第1段階は、担任はもちろん、教職員全体が、子どもの本名を正しく知り、発音できるようになることです。そのときには、「人名仮名表記辞典」を活用してください。読み方について不明な点は、教委学校教育課または、日教組和歌山内の「在日外国人教育を考える会」に質問してください。第二段階は、保護者との話し合いをへて、本名を本人に知らせるここです。そのとき、「君の名前はこんな意味があるんだよ」「美しい響きだね」などの言葉をそろえるだけでなく、本名通学の意味と大切さをわかりやすく説明している担任も多くいます。第三段階は、担任と子どもだけで話をするとき、家庭訪問でも、本名を呼び、名のることが可能です。

 その次の段階が、本名宣言です。ただし、この段階は、一つの例であり、1〜2段階飛び越すこともよくあります。本名宣言をした子どもは、する前の子どもと同一人物かと疑うほど明るく積極的になるのが一般的です。「いつ自分の本当の姿が友達にばれるのか」「もしばれたらどうしよう」とおびえながら、通学していた子どもがその恐怖から解放され、友達を家に呼んだり、昨日食べた料理の話をしたり、朝鮮や韓国の風習、習慣、言葉についてどうどうと友達と話ができるようになるからです。このような子供をクラスの中に持つことは、日本人の子どもにとってすばらしい経験になります。異なった文化を持った外国人と日常生活をともにする経験、自分自身のおかれている状況や成育歴について本音を出し合ってお互いに語り合う経験、違いを違いとして認めあいながら共に生きていく集団づくりの経験、これらがいかに貴重なものであるかを子ども達は学んでいくのです。

 何人の子ども達が在園・在学中に本名宣言をしたかは、差別をなくす教育がどの程度、地に着いたものになっているかを表すバロメーターであるといわれています。しかし、本名宣言を急ぐあまり、教員の権力的な指導や強制にならないよう留意する必要があるでしょう。保護者または、子どもが、その意義を理解できず、進学先や就職先で、通名に戻ってしまうケースがあるからです。

(G)本名宣言の例とその前後の指導

 本名を名のるための指導は、子どもの年齢が若ければ若いほど、容易です。通名使用の期間が長くなると、通名での人間関係が固定してしまい、本人や友達の意識を変えるのに時間がかかるからです。また、将来就職先に通名で旧友から電話がかかってきても取り次いでもらえなかったり、旧友とは通名、新しい友人とは本名という三重苦を強いられたりするからです。

 本名宣言の例として、幼稚園や小学校低学年の場合は、以下のような展開も可能です。

教員 「今日は、とっても大切なお話をします。木下暎棟君の本当の名前  
    のことです。英棟君はの本当の名前は、パクヨンドン君というの  
    です。アメリカ人にケネディという人の名前がいたり、インド人  
    にガンジーという名の人がいるように、パクヨンドン君は、朝鮮  
    人なので朝鮮風の名前があるのです。先生は力強い、堂々とした  
    響きのある名前だと思います。ではパクヨンドン君の話を聞きま  
    しょう。  

朴君 「・・・僕のおじいさんが日本に住むようになって・・・僕は日本  
    で生まれ育ったのですが、朝鮮人です。これから僕のことをパク  
    ヨンドンと呼んでください。」 

教員 「先生が今着ている着物は、パクヨンドン君のお母さん(お父さん)  
    に借りてきた、朝鮮の着物でチマチョゴリ(パジチョゴリ)とい  
    います。」 

クラスの子     「先生きれい!」「かっこいい!」 

教員 「それではこれから朝鮮の歌を一緒に練習しましょう」      
   「これからも時々は、ヨンドン君の国の料理をつくったり、食べ  
   たり、童話を読んだり、工作をしたりしましょうね。今の話のよ  
   うにヨンドン君は、朝鮮人なので、みんなももう暎棟君と呼ばず  
   「ヨンドン」と読んでください。そして、朝鮮のこと、日本のこ  
   とをこれからももっと知るようにしたいですね。         
.(歌、料理、童話、工作等の学年別の例は、24〜27項参照)     
 

 
 この例のように、低学年では、自然に子ども達に受け入れられる本名が、小学校中学年や高学年、中学、高校になると本人のとまどいも大きく、日本人の子どもの抵抗も強くなることがよくあります。

 しかし、次の資料のような実践例を参考にしながら、自分のクラスや学年での本名宣言の場を作り出していくことが可能です。
 

・本名宣言に関する資料(16項〜参照)・・・・入手が容易なものを中心に  
                         
◆小学校中・高学年の場合                       
 1.「ムグンファの香り」P81〜106               
   権恵里(クォンヘリ)の本名宣言と関わった教員の思い、そして、 
   級友の作文。 
 2.「サラム生活編T」 P1〜P74 
   朴道男(パクトナム )の本名宣言とその後のクラスでの班別研究の  
   内容 
 3.「在日朝鮮人と教育」 P134〜P164 
   R君達の本名宣言と、家庭訪問、職員会議などの経過、そしてその  
   意義。 

◆中学生・高校生の場合 
 1.「育ちゆくもの達ととともに」 P122〜P148 
   鄭真佐美(チョンチンジャミ)達の生い立ちと本名宣言、そして朝  
   文研の活動の意味。 
 2.「自立と共存の教育」 P152〜P177 
   学級集団づくりと高京子(コキャンジャ)達の本名宣言、そして朝  
   文研活動。 
 3.「めばえ第18集」(1988年度 阪同教作文集)P35〜P37    
   大阪市内の公立学校学年集会での朴真一(パクチニル)達の本名宣  
   言とその内容。

 
 いずれの場合でも、「本名を呼び名のる」取り組みは、民族差別をなくしていく教育の出発点でもあること、本名で生きている子どもと日本人の子どもの相互作用を担任があらゆる場面で援助することによって真の足元からの国際理解が始まっていくこと、などがこれらの資料から読みとれるのではないかと思います。

 そしてなにより本名指導の重要な点は、まず宣言する生徒に十分な民族意識が育っているのかどうかが大きなポイントです。宣言する生徒自身に民族意識の高まりがなければ、決して宣言しません。宣言は、教員が指導するものではなく、生徒自身の意識の高まりが結果として現れてくるのです。

 では、そのような意識をどのようにして作っていくのでしょうか。民族意識を高める指導は、自国の文化や歴史をよく知り、「いいナー、すばらしいナー」と思えるようでなければなりません。また同時に、周囲の仲間集団も韓国・朝鮮の文化を「すばらしいナー」と思えなければ、在日韓国・朝鮮人の子ども達は宣言できません。「宣言すれば、自分を受け入れてくれないのでは?」という不安があるからです。


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