(A)指導に当たっての基本的立場
1995年にわが国が批准した「子どもの権利条約」の29条(C)項および、30条でも書かれていますが、「子どものアイデンティテーの保全」や自国の文化や言葉を学ぶ権利」は保障されています。
このことからも在日韓国・朝鮮人の子ども達は本来、民族教育を受ける権利があるのですが、4.24阪神教育闘争(注)に見られるような戦後の歴史、また、他の事情で多くの在日韓国・朝鮮人の子ども達が、日本の学校で学んでいるのが現実です。
和歌山においては、まだ十分に民族教育を保障できていないことをふまえできるだけ児童・生徒らが楽しんで学べることを配慮しながら、次の2点を基本的立場として取り組むとよいでしょう。
(B)教 育 内 容
日本で現実にある民族差別の根底には、今日までの教育の不十分さが端的に現れていることが、数多くあります。また、子どもの世界では、隣国朝鮮については、ほとんど知識を持ち合わせていない現実もあります。
これを改めるには、小さいときから朝鮮に関する童話や絵本、民族の遊び、衣食住や生活など、朝鮮の日本と異なる文化を身近に教えていくことが大切になってきています。また、正しい日本と朝鮮の歴史を教えていくことも大切です。
このこともふまえ、次の点に留意して指導カリキュラムをたててみてはどうでしょう。
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以上のことは、道徳・同和特設に限らず、各教科で機会あるごとに教えていくことが可能な内容です。
話は少し変わりますが、和歌山市のある小学校でも「国際理解教育」あるいは「日韓親善教育」という名で2年間にわたる優れた在日外国人教育の実践が行われたことがあります。韓国から日本に来て日本語もしゃべれない子どもを周りの学級集団がどのように支え、また異文化を理解していったかが実践からわかります。
また、必ず道徳・同和の年間カリキュラムの中に「朝鮮の歴史・文化・今日の社会問題について」を確実に位置づけ、どの学年でも朝鮮のことについて触れていくことも重要でしょう。
下記に、例として簡単に教材をあげましたが、他にも数多くの実践例があります。資料の「文献」「実践資料」を参考にしてください。
また、和歌山 在日外国人教育を考える会 の会報「ムジケタリ」は、3月・9月の年2回発行を予定しています。学年に応じて歴史・文化の面で利用できます。
【小学校】
| 1 年 | 道徳・同和 「おとなりのくに」 | サラムえほん1 |
| 1 年 | 道徳・同和 「いちばんちかいくに」 | サラムえほん2 |
| 1 年 | 音 楽 「セクトンチョゴリ」 | サラム音楽編 |
| 2 年 | 国 語 「おとうさんのかたみ」 | サラム民話編1 |
| 1〜3年 | 社 会 「モリ・オケ・ムルップ・パル」
社 会 「韓国・朝鮮語と日本語はうりふたつ」 |
サラムえほん
アンニョンハセヨ1・2号 |
| 4 年 | 社 会 「武庫川と朝鮮人」 | アンニョンハセヨ2号 |
| 5 年 | 社 会 「朝鮮半島の自然の様子と民族の文化や風習」 | サラム生活編 |
| 5 年 | 家 庭 「キムチを知っていますか」 | アンニョンハセヨ2号 |
| 5 年 | 国語・図工 「ホンギルドン伝」 | サラム戯曲集 |
| 6 年 | 社 会 「日本と朝鮮のつながり・・・秀吉の朝鮮侵略・・・」
社 会 「奈良の大仏はだれがつくったか」 道徳・学活 「残された名刺」 |
サラム生活編1
アンニョンハセヨ2号 (ビデオ) |
| 5〜6年 | 広瀬小学校の取り組み | (2年間のもの) |
【中学校】
| 1 年 | 道徳・同和 「私たちの住む西宮にも・・・」
特設資料 「日本に住む在日外国人について」 ・・・和歌山と朝鮮の歴史から・・・ 道徳・同和 「二つの名前で生きるこら」 道徳・同和 「ハルモニからの手紙」 |
アンニョンハセヨ2号
(市立東和中学校) サラム生活編
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| 2 年 | 社 会 「モンゴルとの戦い」
道徳・同和 映画「キムの十字架」 |
サラム「朝鮮民族の歴史と日本」
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| 3 年 | 道徳・同和 映画「トラジの詩」
ビデオ「残された名刺」 |
(日教組和歌山所蔵) |
(C)中学校の選択教科での取り組み
近年市内の各中学校では、「個人選択教科」の授業が徐々にではありますが実施されてきました。この教科の中で、たとえば「社会科」の中で「韓国語を通した民族理解」を進めることも可能です。また、家庭科の中でも「韓国の料理作りを通して文化や生活を知る」ことも可能です。ただし、開設する科目の内容によっては、われわれ教員が直接指導できないものも出てきます。そのようなときは、外部講師として民族団体やあるいは、「在日外国人教育を考える会」にご相談下さい。講師などの派遣については、相談にのれると思います。
またこのような実践を通して、学校内の在日韓国・朝鮮人の子ども達を教員が結び、一つの「マダン(広場)」の役割を果たしていくことも可能でしょう。同時に日本の生徒にも朝鮮の文化や生活・歴史などにふれさせ、民族理解を深めることが可能です。