ニューヨークでのあるパーティでのこと。自動車学校で「キミは乗らないほうがいい」といわれて免許をあきらめた経歴がある大学院生が、こういいました。
「しかたがないから、バイクにでも乗ろうかな、それだったら私でも乗れるだろうし。」
「え、でもバイクはあぶないよ。」
と僕が答えるのを聞いて、周囲の人たちから質問されました。
「どうして危ないとわかっていてバイクに乗るんですか?」
これまでにも何度となく聞かれてきたのと同じ質問です。またか、と思うぐらい、よくある質問です。なのに、毎度毎度、ぼくは答えにつまってしまいます。
いちばん正直に答えるとすれば「好きだからとしかいいようがない」ということになります。もっとハッキリいえば、「そんな質問をしてくる時点で、キミには説明したってわからないよ」といってあげたい。
バイクを移動の手段としてみると、なるほど、生身なので危ないし、エアコンはないから快適でもないし、非合理的に思えるかもしれない。でも、バイクはたんなる手段ではなく、それ自体を楽しむ目的でもあるわけです。バイクのコンサマトリーな楽しみを知らない人には、「どうしてバイクに乗るのか」を説明するのは難しい。
「どうしてあの人と付き合ってるの?」のような問いと同じで、分かる人にはわかるけど、分からない人にはいくら説明したってなかなか分からないわけです。
でも、なにせ研究者のパーティーですから、そんな感覚的でそっけない回答に、みんなは納得できません。だから、かわりにバイクのどういう部分が好きなのかを無理やり言説にして、それっぽく説明をさせられることになります。
「自然を感じられるところがいいんだ。谷に入るとすーっと空気が変わったりするの。そういうのは車じゃわからない。そのかわり夏冬は地獄だし、キャンプ場を出るとき雨降ってたりすると、なんでこんな旅してるんだろうってウツが入ることもあるけど、その後、パーっと晴れて気持ちよく飛ばせたりすると、それだけで生気がみなぎってくる気がする」
「車体との一体感がよくてね。まるで馬に乗っているみたいに"あやつっている"という実感がある。といっても馬に乗ったことはないんだけどw」
「日常の足に使っていても、バイクってすぐにでも旅にでかけられるようなイメージがあるでしょう。ぼくは旅人にあこがれがあるみたいでね。」
「サーキットって気持ちいいんですよね。景色も路面もきれいだし。歩行者や飛び出しを気にしなくていいし、白バイもいないし。ただ前だけ見て好きなように走っていればいいというのは何ともいえない快感なんですよ」
いずれも、僕がバイクを好きな理由の一部ではあるけれども、じゃあ、それ(ら)が理由でバイクに乗っているかというと、そうとはいえないのですね。つまり、上記の理由がなければバイクに乗らないかというと、やっぱり乗るような気がするわけです。さらに言い換えると、上記の理由では表現しつくせない"なにか"が他にもたくさん残っているわけです。
「僕がバイクに乗る理由」というきわめて主観的なテーマを説明するために、本一冊分くらいのスペースをくれれば、より正確なことを伝えて納得してもらう方法はあると思います。でも、パーティでの「どうしてバイクに乗るの」という素朴な疑問に正確に答える方法は、ぼくにはありません。だから、結局、それっぽい理由を捏造して、話にオチをつけることになってしまうわけです。
"自分にとっては説明するまでもない自明のことだけれども、いざ他人に説明しようとするとうまい言葉がみつからない"ようななにかを伝えようとすると、どうしても、相手がすでに理解できる枠組みをもっている代替的なストーリーを作話することになってしまいますね。

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