フェアバンクスのホステルでの会話
| スイス人 30代男性 | 「プリンスエドワード島にも行きましたよ。きれいなところだった。でもどこに行っても日本人女性がたくさんいてね。どうしてなんだろう。」 |
| カナダ人 30代女性 | 「あ、あたしそれ聞いたことがある。日本では『赤毛のアン』がすっごい人気で、それでアンの家を見てみたいっていう人が多いんだって。でもあたし、『赤毛のアン』って読んだことないなぁ。あなたある?」 |
| スイス人 30代男性 | 「いやぼくも読んだことないですよ」 |
| 「おれもない」 | |
| 「ない」 | |
| 「ないわ」 | |
| 「ない」 | |
| 「ないわね」 | |
| 「...ぼくは読んだよ」 | |
| 「へー」 |
この一言のなんと勇気のいったことかw。かっこうの話のネタのはずなのに、この一言以外、たとえばシリーズ本はぜんぶ読んだとか、初作は大学生のときに原書を読んだとか、映画も見たし、アニメのシリーズも小学生のときお気に入りだったとか、なぜか言い出せなかった。そしてここに書いていて、なぜか恥ずかしい。いやん(/。?)
ともかく、なぜ『赤毛のアン』は多くの日本人女性に人気があるのか(あったのか)。
ジェンダー論の観点からは、小倉千加子さんが『「赤毛のアン」の秘密』(岩波書店)という本を書いています。ぼくはまだ読んでいませんが、内容はだいたい想像がつきます。「ロマンティック・ラブ」の典型像として戦後日本人女性の心性に適合した、といった説が展開されていることでしょう。まぁ、あってしかるべき視点のひとつだと思います。
注)「ロマンティック・ラブ」ないし「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」はジェンダー論の用語で、熱烈な恋愛の果てに結婚に至ることを理想とする考え方を指します。小倉さんが著書としてまとめる前にも、フェミニズムの視点から『赤毛のアン』人気を批判する声はずっとありました。でも、イマイチ説得力がないんですね。
というのも、ロマンティック・ラブを称揚する少女文学は他にもたくさんあるし、というか少女文学のほとんどはそういうものじゃないのかな。その中で、『赤毛のアン』が特別な位置にあったことを、ロマンティック・ラブだけで説明するのは無理がある。
さらに、近代社会は多かれ少なかれどこの国でもロマンティック・ラブ・イデオロギーの影響下にあるわけで、その中で日本でだけなぜ『赤毛のアン』が読みつがれているのかについての説明にもならない。
といった疑問に小倉さんがどう答えてくれているのか、読む前から興味津々です。まぁもしその答えがなくとも、『赤毛のアン』のファンやアンチファンにはぜひ読んで感想を聞かせてほしいものです。

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