前回は事後の対応が傷を深めるケースについて書きました。セカンドレイプならぬセカンドハラスメントですね。
が、実際には、ああいうわかりやすいというか、典型的なセカンドハラスメントよりも、もっと責任の所在があいまいで、誰が悪いのか判然としないようなケースも多々あります。
例えば、以下のようなケースを考えてみましょう。前回と同じく、複数の実際に起こったケースをモデルとしながら、いろいろと誇張を加えた架空の事例です。
- ある高校の運動部の監督が、合宿中に女子部員に抱きついた。
- 部員はわだかまりを感じつつも合宿を継続し、数日後の試合にも出場した
- しかし、わだかまりは消えることなく、考えれば考えるほど、不快感や嫌悪感がふくらんでくる。そこで女子部員は保健室の先生に相談し、セクハラが発覚した。
- 高校は即座に女子部員と監督に聞き取り調査を行い、事実を確認した上で、監督を免職処分にした。被害を受けた女子部員には保健室と連携しながら継続的に情緒的サポートを行い、被害に対して最大限に「補償」することを約束した。ただし、被害者とその保護者が「セカンドハラスメントの危険性があるので公表はしないでほしい」と希望したため、事実の公表については控えることにした。
- 監督は処分を受けた数日後、強度のストレスにより急死する。
- 女子部員はセクハラの被害者でありながら、「監督が死んだのは自分のせいだ」と自責の念に駆られる。精神の平衡を保つことができなくなり、ウツを病み、不登校となった。
- 家庭と学校側の地道なサポートにより、3ヶ月ほどかけて精神状態が安定し、登校できるようにはなった。
- ところが、そのころいくつかの学校行事が重なり、欠席がちだった女子部員はうまく行事に溶け込めず、疎外感を深めてしまう。
- また、ちょうどそのころ、女子部員のサポートのために疲弊していた保護者夫妻は、ストレスから衝突することが多くなり、夫婦関係が破綻し、離婚してしまう。
- 女子部員は、学校での疎外感と、家庭でのトラブルのため、再び不登校となる。
- 父親は、女子部員を病院に連れて行ったり、離婚にともなう様々な手続きのため、数ヶ月に渡って仕事を休むことが多かったため、会社を解雇されてしまう。
- 父親は、すべての元凶となったセクハラを未然に防ぐことができなかった高校を激しく憎むようになる。そして、裁判に訴えるとともに、事実関係を極端に誇張して記者会見を行う。いわく、「娘は監督から性的暴行を受けた。事件をすべて公表するように高校に伝えたにもかかわらず、高校側は事件を隠蔽した」と。
- 高校側は、事件発覚以来、継続的に家庭訪問をしながら女子部員とその保護者と連絡を取ってきたため、父親の気持ちは分かる気がする。しかし、監督の遺族が経済的、社会的に苦痛にあえいでいることも知っている。セクハラは事実とはいえ、ここまで虚偽含みで誇張されて大々的に報道されてしまうと、遺族がかわいそうでいたたまれない。経営的にも放置はできない。
もちろん、いちばん悪いのは監督なのですが、もはや故人であり、ある意味では"死んで償った"ような状態です。たとえそれが逆効果であったとしても、故意にそうしたわけでもない。しかも、監督の遺族にはなんら過失がないにもかかわらず、経済的、社会的に多大な損害を受けており、ある意味では「被害者」なのですね。
前回は、事後の対応を"誤った"ために被害が連鎖的に拡大したケースでした。誠意と予備知識さえあればいくらでも防ぐことができます。
それに対して、今回は、加害者が急死してしまったがゆえに被害が拡大したケースです。すべての関係者がその時点でできる最大限の努力をしたにもかかわらず、被害の連鎖を防ぐことができなかった。
かなり特殊なケースではありますが、けっきょく、未成年に対するセクハラが起こった時点でもうアウトということなんでしょう。
指導者と被指導者が二人きりにならないようにルール化するなど、"セクハラが起こりえない環境"を作るしかないんでしょうね。いろいろな教育活動がかなり不自由にはなりますが、上記のような悲劇が発生するリスクがある以上、それもしかたがない。
病院では、なにせ患者が裸になることもありますので、医者と患者が二人きりにならないように必ず看護師一人以上付くというルールがあります。病院でできることなら、学校でもできないわけではないと思います。

うーん。
チャンスは2回あったと思うんです。
1回目は最初に不登校になった頃。
カウンセリングとかにはかかったのでしょうか?
2回目は学校に行きだしたけど、行事が重なった時期・・・担任の先生やクラスメートはどうサポートしたのでしょうか?
と、このケースでは、と挙げてみましたが、結局どんなケースでも、生きていく自分が自分を何とかしなければならないと思います。
きついかなあ? まあ自分にも言い聞かせるつもりで・・・;
主要なモデルになった事例でいうと;
最初に不登校になった頃、学外でも病院でカウンセリングにかかっていましたが、学内でもカウンセリング室と保健室で対応していたと聞いています。
教室内でも、(理由は問わずに)不登校として、担任とクラスメートがサポートしていたそうです。
問題は2度目の不登校なんでしょうね。いったん周囲のサポートが弱まって、「様子見」というタイミングになったところで、いろいろな行事が重なってしまった。
2度目の不登校については、セクハラとの直接の因果関係がやや薄く、一般論として言えば、女子部員が自力で生きる力を発揮すべき面もあったかと思います。
ただねぇ、なにせ未成年でしょう。生徒のパーソナリティにもよりますが、自力で克服しろと求めるのはちょっと酷なケースが多いと思いますよ。
この架空の事例についてあえて私見を述べるなら、女子部員というより、その母親があまりにも脆弱なことが気になります。
子どもがこれだけの危機にさらされていながら、「母親」としての保護監督義務を果たそうという態度がうかがえない。むしろ、「個人」のライフスタイルが脅かされたことで、自分の感情につぶされてしまったように見えます。(実際のところは分かりませんが、はたから見るかぎりは。)
だいたい、こういう危機に際して、男親より女親のほうが頑健性を備えていることが多いと思いますが、それもやっぱりパーソナリティによるんでしょうね。