試験対策用の講義ノート #2

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 前回の続きです。

2. 習得した知識を証明するためのスキルを身につけずに入学してくる学生の増加

 ウチの大学では2月以降の一般入試を受験して入学してくる学生が減って、推薦やAO入試で早期に合格を決める学生が多くなっています。これはウチの大学だけではなく、程度の差はあっても、日本全国どの大学でも共通する傾向です。

 つまり、高校3年間でみっちり受験のテクニックみたいなものを習得する学生が減って、あまり受験勉強をせずに大学に入学する学生が増えたということです。

 中教審風にいえば、「過度の受験競争が大きな社会問題とされた時代と異なり、入試による『入口』の質保証の機能は大きく低下している」ということですね。

 さて、入試の選抜機能が有効だった時代なら、学生は多かれ少なかれ受験のテクニックを身につけていることを前提とすることができました。言い換えると、「習得した知識の証明」能力を全学生が身につけていると考えることができたわけです。

 そして、その前提に立つかぎりにおいて、筆記試験一本で成績をつけるという乱暴なやり方でも、「知識の習得」の度合いを測ることができると考えることも許されました。

 ところが、もし受験のテクニックが学生たちに平等に身についていないとすれば、どういうことになるか?

 前回も書いたとおり、筆記試験一本で成績をつけることは、「知識の習得」よりも「習得した知識の証明」能力を重視していることを意味します。ラフな言い方をすると、ちゃんと知識を身につけているかどうかよりも、知識を身につけているぞと口先でアピールするのが上手かどうかを評価するということです。

 でも、それっておかしな話だと思いませんか?

 現在の入試傾向を前提とするならば、そもそも筆記試験一本で成績をつけるやり方では、適切に学力を評価できないのです。(続きは4節で)


3. 習得した知識を証明するためのスキルを身につけさせるのも現代の大学の使命

 中教審が9月にまとめた『学士課程教育の再構築に向けて』では、「学士力」なるものが定義されています。初等教育における「生きる力」に対応する概念ですね。(1)専攻分野の知識・理解、(2)職業生活や社会生活でも必要な汎用的技能、(3)自己管理や責任感などの態度・志向性、(4)それらを実践的に活用して問題を解決する統合的な学習経験と創造的思考力、から構成されています。

 で、習得した知識を適切に活用したり証明したりするための技能というのは、「学士力」を構成する重要な要素なのですね。「対人スキル」や「要領のよさ」はその典型です。

 そういった基本的な資質を身につけずに大学に入学する者が増えている以上、それを育成するのは大学の使命ということなのでしょう。

 だとすれば、筆記試験は、受講学生の学力を評価する手段であるのみでなく、"試験でいい成績をとる技能"を育成するチャンスでもあるといえます。これは、以前「試験への対応技術」でも書いた通りです。少なくともぼくはそう考えて、一部の授業の中に「試験対策」の回を盛り込んでいます。

 正直なところ、講義ノートを購入して受験対策に生かそうという"才覚"を身につけていれば、まだマシなのです。ウチの大学なんて、そういう需要すらありません。

 ぼくの試験問題が難しいと嘆く前に、せめて過去問題くらい手に入れようとしてみてほしいもんです。


4. そもそも定期試験一発で単位を認定する制度は現代の大学にそぐわない

 かつて「試験の巧拙」でも書いた通り、ウチの大学ではもともと試験のヘタな学生が多かったのですが、その比率は年々高まっています。

 とてもじゃないけど、定期試験一本だけで成績を評価できる状況ではありません。

 出席点で努力水準を考慮する。小テストでこまめに熟達度を確認する。中間試験でリスクを分散してあげる。レポート課題でどれだけ知識を消化したかを認定する。そして定期試験で最終的な学力を調べる。――これだけ評価ポイントを分散することで、ようやく公平かつ透明性をもった成績評価が可能となるのです。

 (逆に、これだけやっとけば、定期試験でイジワルな出題をしても大丈夫だったりしますw)

 だいたい、定期試験一本で成績を評価するなんて、7月に大学設置基準に明記された「厳格な成績評価」の方針とも合致しません。

 大学設置基準にはこう定められています。

大学は......学修の成果に係る評価及び卒業の認定に当たっては、客観性及び厳格性を確保するため、学生に対してその基準をあらかじめ明示するとともに、当該基準にしたがって適切に行うものとする
 もちろん、規定を字義通りに解釈すれば、シラバスに「定期試験100%とする」と明記するやり方だって禁じられてはいません。

 しかし、この規定が導入された目的は、卒業時の教育の質を保証するためであって、具体的には、(1)ただ単位数だけをそろえればいいのではなく、GPAで一定の得点を挙げなければ卒業させない、(2)ただ1回の試験でいい点を取ればいいのではなく、授業全体で総合的に成績を評価する、ということが想定されています。

 とすれば、定期試験一本で成績を評価する伝統的なやり方は、実質的には現行の大学設置基準に抵触するといえます。

 定期試験の評価ポイントが100%から40%以下に下がれば、わざわざお金を払って講義ノートを購入しようという学生も減るでしょう。

 ぼくにいわせれば、講義ノート市場が廃れないのは、「学生のモラル」の問題などではなく、大学の評価制度がいいかげんだという問題を反映してのことだと思います。

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このページは、mskimが2008年2月 7日 15:19に書いたブログ記事です。

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