二つの論文作法

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 今回のエントリーはウチの学科の3回生向けです。

 先日、他の専攻の卒論公聴会を聞いた3回生が何人かぼくの個人研究室を訪ねてきて、いろいろと質問をしていったのですが、その中にこういうのがありました。

「先行研究があって、それを応用した研究なのだから、分析手法も先行研究と同じものを使えばいいのであって、手を変え品を変えてアレコレ分析するのはムダじゃありませんか。ゴチャゴチャしていて分かりにくいし。」
 その場で丁寧に説明したつもりでしたが、いまいち納得したようすではありませんでした。おそらく、その学生のプレゼンがかなり悪い印象を与えたのでしょう。

 ただ、ぼくとしても論文執筆の指導に問題があったかなぁと反省するところがあります。つまり、論文執筆には大きく分けて二つの作法があるということをあまり積極的には教えてこなかったということです。

 仮説検証型命題定立型
利用傾向研究が体系化され、先行研究の蓄積が多い場合に好まれる先行研究の蓄積が少ない未開発の研究分野で好まれる
目的説明探索や記述
様式演繹的帰納的
分析課題データの要約データの紹介
媒体論文報告書
調査種別サーベイフィールドスタディ
想定読者同じ仮説を共有できる、同じ研究分野の学徒同じ研究対象に関心を持つすべての人
利点と欠点データの要約度が高いため主張が分かりやすい反面、仮説を共有できない人にとってはまったく役に立たない特定の仮説に縛られないため、あらゆる読者にとって興味深いデータがある反面、分析結果の羅列に終始しがちで、何が明らかになったか要点が分かりにくい

 ざっと一覧表にしてまとめてみました。表の内容はあくまで理念的にまとめただけだということに留意してください。たとえば、「命題定立型」の論文でサーベイを用いる場合もたくさんありますし、「仮説検証型」の論文で丁寧に記述に努めようとするものもあります。表のようにきれいに2種類に分かれるわけではなく、ほとんどの論文は両者を2極とした軸線のどこか中間に位置すると考えてください。

 さて、これら2つのうち、研究論文としては一般に「仮説検証型」のほうが高く評価されます。近年では、データマイニングなど「探索」を重視した論文も評価されるようにはなってきましたが、やはり同程度の水準であれば、「仮説検証型」のほうが安定した評価につながります。

 また、「仮説検証型」は、論文作法として完成されていますので『論文の書き方』のようなガイドブックもたくさんありますし、学生たちが実際に目にする機会も多いでしょう。また、論理の流れがスマート(でなければならない)なので、執筆する側にとっても書きやすく、読者にも分かりやすく、しかも指導するのが楽というメリットがあります。

 だから、ウチの大学でも、つい、「仮説検証型」の論文の書き方を中心として教えることになります。

 ただねぇ、コンピュータが発達する以前の時代ならともかく、いまどき、実際の研究のプロセスが「仮説検証型」の通りになることは、まず、ありません。いまや、誰もが手軽に高度な解析に手を出せる環境が整っていますので、仮説どおりの分析を一つだけやって終わりということはないのです。

 実際には、ラフな仮説を作っておいて、調査をやり、探索的な分析を試行錯誤しながら、また仮説を入れ替えたり補強したりというプロセスを経ながら、総当り式に膨大な探索作業を行います。そうした探索作業の結果として明らかになった知見を、発表する論文の中で「仮説検証型」に"仕立て上げる"ようなことが多くなっています。

 でも、研究の途中は「探索的」な「命題定立」であるにもかかわらず、公表する結果は「仮説検証」型の「説明」になっているのって、論文そのものはスマートな仕上がりに見えても、いわば後知恵ですよね。卑怯で不誠実でないとは言い切れません。

 また、「探索」の結果として"発見"した重要な知見が、単なる仮説検証のプロセスの一部のように矮小化されてしまうと場合もあります。

 だから、少なくともぼく個人としては、たとえ論文全体の論理の流れがスマートではなくても、手を変え品を変えながら、研究対象のことをとことん追究しようというような真摯な論文はけっこう好きなんですよね。

 研究者のように何度も発表の機会があるなら話は別ですが、卒論の場合はたいていの学生にとって"一度きり"のチャンスでしょう。まとまりなんて気にせず、思い入れのあるテーマについてとことん書き尽くす青年らしい熱意、好きですねぇ。

 で、質問に来た学生がこだわっていた卒論ですが、たしかに典型的な「仮説検証型」の論文の体裁にはなっていません。でも、先行研究を最大限に活用しながら、自分の研究対象に真摯にアプローチしようとしているわけです。たとえば、線形の分析で有意な結果が出ないと見るや、質的分析に切り替えて非線形の関連を明らかにしようと試み、それに成功している。かといって、"面白い"結果だけ切り取って書こうとはせず、すべての結果を開示している。いい論文ですよ。

 もちろん改善すべき(だった)点はありますが、卒論としては十分に及第点を超えていて、むしろ上位に位置づけてもよい内容だと思います。

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このページは、mskimが2008年2月 5日 12:45に書いたブログ記事です。

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