このブログには名前をつけるつもりはなかったので、しばらくの間、「金明秀の公式ブログ」とだけ題していました。ところが、知人から、「金明秀 公式ブログ」はダメダメやろ(笑)!と痛罵されましてね。
でも、名前をつけると特定の方向性に縛られてしまうことがあります。そこで、意味がわかりにくければ名前をつけないのと同じだろう、と考えて決めたのが現在のタイトル《Whoso is not expressly included》。読めない記号を名前にしたPrinceの気分...ちょっと違うか。
タイトルの意味は解説しないつもりでしたが、キザったらしいと思われたらイヤなので、この辺でさりげなく書いておくことにします。
出典は、ゲオルク・ジンメル「秘密と秘密結社」の英文翻訳版です。Georg Simmel, "The Sociology of Secrecy and of Secret Societies," American Journal of Sociology 11 (Trans. Albion W. Small) 1906.
In contrast with the fundamental principle: Whoso is not expressly excluded is included, stands the other: Whoever is not expressly included is excluded.
野村一夫さんが「排除されていない者は包括されている」というフレーズでこの一文を紹介していますので、知っている人も多いでしょう。
- 簡易版:ソキウス社会学名言集「ジンメルと差別」
- 詳細版:野村一夫「ダブル・スタンダードの理論のために」『法政大学教養部紀要』第98号、1996年2月
でも、翻訳英文を見てもらうとわかるように、「排除されていない者は包括されている」には対置される命題があるのですね。「包括されていないものは排除されている」です。これを野村一夫さん風に深読みすると、他者化されるマイノリティということになりますか。つまり、最近ぼくが書いている一連のエントリーのテーマと密接に関連する文章になるのですね。
ブログの方向性を定めたくないという気持ちもありましたが、けっきょく、これまでに書いてきたものは、他者化された位置から、他者化する視線を批判するというものが多かった。おそらく、ぼく自身がWhoso is not expressly includedの一人だからでしょう。
そういう意味で、はじめは気乗りしないままつけたタイトルですが、まあこのブログにふさわしいものになったんじゃないかな、と今では思っています。

<タイトル
Princeやしキザ!でもイイ感じだと思ったよ。
他の誰より青ひょんに認められて
うれしいよ(笑