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こんばんは。横から失礼させていただきます。
>>同和対策特別措置法についてはくわしくありません。また、あなたはそれを不当なものだと考えているようですがそれこそあなたの主観では?
>時限法のはずのものが、時が経つにつれて彼らの既得権益になった。
>そして恩恵を受けるのは、今となっては実際に差別を受けた者ではない。
>そういう地区を複数抱えた地方公共団体の財政の苦しさを知れば、主観かどうか
>わかりますよ。
私は、部落解放運動を否定するものでもありませんし、同対法の意義を認める
のも吝かではありません。これらは日本の差別構造に鋭くメスを入れ、日本人
の意識に革命をもたらせたと認識しております。個々には、若干の誤りや不備
があったかもしれませんが、運動そのもの、法律そのものが間違っていたとは
思えません。そして、我々在日も、この運動に倣って、行政当局に働きかけて、
特別立法のようなものを獲得すべきだという声が上がった頃もありました。し
かし、地域レベルでの、限られた分野での成果は、あったと思いますが、在日
総体としての運動にはならず、今日に至っております。何故、これが、運動と
して成就しなかったかという議論の中に、我々に参政権がなかったからだ、と
いう考えがあります。(この視点を民団は地方参政権獲得運動の立脚点の一つ
に据えているようですが。)しかし、この考えは、どうかと思います。例えば、
かつての総連の組織全盛時代、部落解放同盟並みの運動を展開しようと思えば
出来たと思います。そこに目的を絞り込めば、力量的に可能であったし、戦後
保証という視点を重心に据えれば理論的バックアップも可能だったと思います。
しかし、総連には、そんな考えはなかった。勿論、民団にもなかった。私見か
ら物を言わせてもらいますが、そもそも、我々には、行政から何かを分捕って
やろうなどというメンタリティーは存在しないのです。特に、総連や民団の幹
部連中には、この考えは希薄です。私は、このことを捕らえて、両班思想だな
どと彼らを揶揄した事もありました。兎にも角にも、我々には、解放同盟のよ
うな政治姿勢は今も昔もないのです。選挙権を与えられたからといって、国籍
を権利として獲得したからといって、直ちに、行政に物理的な何かを求めると
いうことはないでしょう。また、今は、そんな時代ではない事くらいは、我々
が一番よく知っています。貴兄の一連の投稿を拝読させていただくと、何か、
見えない虚像に怯えているようにも思います。それは、杞憂というものです。
逆に、我々に、解放同盟のような方向性があったならと、内心忸怩たるものが
あるくらいです。
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