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【9】北方四島問題、どう思います? 加藤 01/7/10(火) 23:34

  【15】ロシアも不法占拠ですからねぇ… 加藤 01/7/12(木) 3:46
 ┗ 【17】国後・択捉は千島の一部。 米津 篤八 01/7/13(金) 0:51
 ┣ 【18】祝再開!そして、質問です ケグリ 01/7/13(金) 12:21
 ┃┗ 【24】ロシアの千島領有権の根拠。 米津 篤八 01/7/15(日) 2:57
 ┃ ┗ 【25】ご教示ありがとうございました ケグリ 01/7/15(日) 7:19
 ┃ ┗ 【30】ソ連の対日参戦と千島占領に関する考察。 米津 篤八 01/7/17(火) 2:14
 ┃ ┣ 【31】日本社会も随分と変って来たと思うのですが ケグリ 01/7/17(火) 20:25
 ┃ ┗ 【33】日本軍守備隊が先に攻撃したですって ? 加藤 01/7/21(土) 3:54
 ┃ ┣ 【39】「領土要求」の非現実性を認識することから。 米津 篤八 01/7/25(水) 3:11
 ┃ ┃┗ 【45】自治区の主役は誰になるのでしょう ? 加藤 01/7/27(金) 3:14
 ┃ ┗ 【50】千島・サハリンでの戦闘とソ連参戦の背景。 米津 篤八 01/8/1(水) 3:03
 ┃ ┣ 【51】ソ連軍の停戦義務に関しては、無視されるのですね 加藤 01/8/5(日) 22:57
 ┃ ┃┗ 【56】ポツダム宣言はサハリンの放棄を定めていま... 米津 篤八 01/8/12(日) 23:19
 ┃ ┃ ┗ 【61】アメリカに責任転嫁されても… 加藤 01/8/16(木) 3:07
 ┃ ┃ ┗ 【78】ソ連対日参戦は「連合国の義務」。 米津 篤八 01/8/21(火) 7:25
 ┃ ┃ ┗ 【103】当事国の賛意を得てない参戦は義務とは言えないでしょう 加藤 01/8/26(日) 2:59
 ┃ ┗ 【53】NHK その時歴史は動いた より 加藤 01/8/11(土) 19:32
 ┃ ┗ 【83】ソ連の朝鮮占領が合意違反? 米津 篤八 01/8/22(水) 2:18
 ┃ ┗ 【84】Re(1):ソ連の朝鮮占領が合意違反? 加藤 01/8/22(水) 2:59
 ┃ ┗ 【89】アメリカも望んでいたソ連の朝鮮解放。 米津 篤八 01/8/23(木) 4:02
 ┃ ┗ 【104】あり得ない反撃なんかで占領を正当化しないで下さい 加藤 01/8/26(日) 3:06
 ┣ 【20】Re(1):国後・択捉は千島の一部。 tm1019 01/7/13(金) 22:22
 ┃┗ 【27】「北方領土」問題と日本の責任。 米津 篤八 01/7/16(月) 22:44
 ┗ 【22】交渉の余地はあると思いますが… 加藤 01/7/15(日) 1:04
 ┗ 【28】千島放棄は国際公約。 米津 篤八 01/7/16(月) 23:19
 ┗ 【29】Re(1):千島放棄は国際公約。 加藤 01/7/17(火) 2:04
 ┗ 【32】「領土問題」に対する国際認識。 米津 篤八 01/7/18(水) 3:24

【15】ロシアも不法占拠ですからねぇ…
 加藤  - 01/7/12(木) 3:46 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>北方四島が日本の領土であるという根拠は何でしょうか。

 なるほど。北方四島の領有権の問題から入るのですね ?
ただ、これは御存じの通り「解釈論」になってしまいますから、
水掛け論になってしまうと思いますが…。

 一番の問題は、おっしゃる通り、サンフランシスコ条約で日本が
千島列島を放棄している点ですが、1855 年の日露通好条約以降、
北方四島は国際法的には、ずっと日本の領土として扱われていたわけ
ですから、放棄した千島列島には含まれない、という解釈は可能だと
思います。異論もありますけどね。

 この問題さえクリアできれば、

   1.ソ連の北方四島の占領は、日本の降伏後の行為であること
   2.そもそもソ連の対日参戦は中立条約違反であること
   3.カイロ宣言では、連合国の領土拡張を認めて無いこと
   4.サンフランシスコ講和条約をソ連は調印してないこと

などの点を考えれば、ロシアも領有権を主張出来る立場には無いと思います。

 いかがでしょうか ?
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【17】国後・択捉は千島の一部。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/13(金) 0:51 -

引用なし
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   ▼加藤さん:

> 一番の問題は、おっしゃる通り、サンフランシスコ条約で日本が
>千島列島を放棄している点ですが、1855 年の日露通好条約以降、
>北方四島は国際法的には、ずっと日本の領土として扱われていたわけ
>ですから、放棄した千島列島には含まれない、という解釈は可能だと
>思います。異論もありますけどね。

北海道の一部との解釈もある歯舞と色丹はともかく、国後と択捉が千島列島に含まれない、という解釈は成り立ちません。

両島は歴史的に「南千島」と呼ばれ、ウルップ以北の北千島とあわせて千島列島と呼ばれてきました。さらに二島が千島列島の一部であることは、以下のような日米両政府の見解からも明らかです。

<連合軍最高司令部訓令(SCAPIN)第677号(1946年1月29日)より>
  三 この指令の目的から日本と言ふ場合は次の定義による。
  ……
  日本の範囲から除かれる地域として
  (c) 千島列島、歯舞群島(水晶、勇留、秋勇留、志発、多楽島を含む)、色丹島

<サンフランシスコ講和会議におけるダレス米国代表発言(1951年9月5日)より>
  ……(平和条約の)第二条(c)に記載された千島列島という地理的名称が歯舞諸島を
  含むかどうかについて若干の質問がありました。歯舞を含まないというのが合衆国の
  見解であります。

<サンフランシスコ講和会議における吉田日本代表発言(1951年9月7日)より>
   日本開国の当時、千島南部の二島、択捉、国後両島が日本領であることについては
  帝政ロシアもなんらの異議を挿まなかったのであります。……
   千島列島および樺太南部は、日本降伏直後の一九四五年九月二十日一方的にソ連領
  に収容されたのであります。
   また、日本の本土たる北海道の一部を構成する色丹島および歯舞諸島も終戦当時
  会々日本兵営が存在したためにソ連軍に占領されたままであります。

   ※以上、日本外務省のホームページより
    http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/1992.pdf

また、外務省のホームページからは(おそらく意図的に)省かれていますが、1951年10月19日、衆院特別委員会で西村熊雄条約局長は「クリルアイランドとは一体どこをさすのか」という質問に対して、「条約にある千島列島の範囲については、北千島と南千島の両者を含むと考えております」と明快に答弁しています。
(『日ソ基本文書・資料集』茂別宏、末澤昌二 東京:世界の動き社、1988年11月。「日ソ領土交渉とアメリカの冷戦外交」福澤拓、からの孫引き)
http://home3.highway.ne.jp/taku-f/kuril.html

国後・択捉は千島列島に含まれない=「南千島は千島ではない」という主張は、歴史と国際常識を無視した詭弁にすぎません。


>   1.ソ連の北方四島の占領は、日本の降伏後の行為であること
>   2.そもそもソ連の対日参戦は中立条約違反であること
>   3.カイロ宣言では、連合国の領土拡張を認めて無いこと
>   4.サンフランシスコ講和条約をソ連は調印してないこと
>
>などの点を考えれば、ロシアも領有権を主張出来る立場には無いと思います。

ソ連の4島領有は確かに強引だったといえましょう。

しかし上述の連合軍最高司令部訓令(SCAPIN第677号)から3日後の46年2月2日、ソ連が最高会議幹部会で南サハリン(樺太)とクリル諸島をロシア共和国ハバロフスク州に編入した時、アメリカはもちろん日本も異議申し立てや抗議をしませんでした。

また日本はソ連の4島占有を承知の上でサンフランシスコ講和条約に調印し、さらに日ソ共同宣言ではソ連の4島統治の現状を前提としたうえで、平和条約締結後の歯舞・色丹「引渡し」を約しました。

その経緯からすれば、日本は4島が事実上ソ連領であることを認めている、というのが国際法的に妥当な解釈でしょう。

仮にソ連の領有に法的瑕疵があるにせよ、日本が千島に対する権利、権原、請求権を完全に放棄した事実は変わらないのですから、韓国とロシアが千島列島海域の利用をめぐってどのような条約・協定を結んだとしても、それは両国の自由であり、日本に口を挿む権利はまったくありません。北方4島周辺での韓国漁船の操業を差し止めようとするのは不当な干渉と言うべきでしょう。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c026.tf.cablenet.ne.jp>

【18】祝再開!そして、質問です
 ケグリ  - 01/7/13(金) 12:21 -

引用なし
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   皆様、こんにちは。
ハンボードの再開、心待ちにしておりました。
これからも、よろしくお願いいたします。

米津さん、改めて、こんにちは。お久し振りです。

で、しょっぱなから、素人質問で恐縮ですが、講和条約で、日本が千島列島を放棄したと言うのは理解できるのですが、それをソ連が領有するという根拠はなんなのでしょうか?何も、ソ連に割譲するとは言っていないわけでしょう。それとも、空き地になった領土は、取った者勝ち、というのが、国際ルールなのでしょうか?

在日問題と関係のない、下らない質問で恐縮ですが、よろしければ、教えてもらえないでしょうか。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.01; Windows 98)@1Cust151.tnt1.honolulu2.hi.da.uu.net>

【20】Re(1):国後・択捉は千島の一部。
 tm1019 E-MAIL  - 01/7/13(金) 22:22 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:


> その経緯からすれば、日本は4島が事実上ソ連領であることを認めている、というの
> が国際法的に 妥当な解釈でしょう。
>
> 仮にソ連の領有に法的瑕疵があるにせよ、日本が千島に対する権利、権原、請求権を
> 完全に放棄した事実は変わらないのですから、韓国とロシアが千島列島海域の利用を
> めぐってどのような条約・協定を結んだとしても、それは両国の自由であり、日本に
> 口を挿む権利はまったくありません。
>
> 北方4島周辺での韓国漁船の操業を差し止めようとするのは不当な干渉と言うべきで
> しょう。

国際法上、国家としての日本に抗議する権利が、ないというのは、理解できますが、直
接、関係する人・団体の抗議が、「不当な干渉」になるというのは、少し言い過ぎでは
ないかと思います。

現地の水産業者の方には、多少の痛手になるでしょうから、「出来れば、止めて欲しい
。」と思うのは、当たり前だと思います。ましてや、島出身者も多いだろう現地の人に
とっては、「力ずくで島を奪われたうえ、今は、我が物顔で、漁場まで掠めていく。」
という、声が出たとしても不思議ではないと思います。国際法では、決着済だから「文
句を言うな。」といわれても、当事者には、納得しがたいものがあると思います。

日本軍国主義に踏みにじられた中国、韓国の人々が、扶桑社の教科書に抗議する権利が
、当然有るのと同様の理由で、故郷の島を力ずくで奪いとられた、現地の人々にも抗議
する権利があって、しかるべきだと私は、思います。
<Mozilla/4.06 [ja] (Win98; I)@jttks003.zaq.ne.jp>

【22】交渉の余地はあると思いますが…
 加藤  - 01/7/15(日) 1:04 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:

 国際条約は尊重すべきものだと思いますが、永遠不滅のものではないで
しょう。そうでなければ、不平等条約の改定なんてできませんし、同様の
ソ連の拡張主義の犠牲者であるバルト三国の独立だって問題になってし
まいます。
 また、アメリカの信託統治下に入った沖縄の復帰運動すら否定しなけ
ればならなくなってしまうでしょう。サンフランシスコ講和条約は沖縄
の信託統治の期間について一切触れていませんし、アメリカの要求全て
に日本は同意しなければならない、としていますから。

 米津さんが紹介されているように、条約の取り纏め役だったアメリカ
すら情勢によって立場コロコロ変えていますし (日ソ共同宣言への横槍
は、日本の四島への主権を認めたようなもんでしょう)、サミットにロシア
参加が認められた際に、欧州の主脳も、日露間に領土問題が存在すること
に理解を示したと記憶しています。講和条約の調印国の中で、日本の北方
四島復帰運動に反対している国がありますか ? 無いのであれば、日本政府
が四島回復運動することに、法的にも何の問題もないと思います。

 日本の要求が、歴史的に非常識なものであるなら別ですが、前回触れた
様に、四島は江戸時代末期にロシアと交易開始した時に確定した領土なの
ですから、戦争による領土拡張を否定した、カイロ宣言〜サンフランシスコ
講和条約の精神にも反していないと思いますし。

 この投稿前に、各党の基本政策を Web で調べましたが、北方四島復帰に
反対している政党は見あたりませんでした (社民党は記載が見あたりませ
んでしたが)。共産党なんかは全千島を自国領と主張してるみたいですね。

 まぁ、北方領土の領有権をここで議論するのも場違いだと思うので、元々の
漁業権交渉の件について、米津さんが、

>韓国とロシアが千島列島海域の利用をめぐってどのような条約・協定を結んだ
>としても、それは両国の自由であり、日本に口を挿む権利はまったくありません。
>北方4島周辺での韓国漁船の操業を差し止めようとするのは不当な干渉と言う
>べきでしょう。

…と、御考えなのは分かりました。
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-94.kw.jp.prserv.net>

【24】ロシアの千島領有権の根拠。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/15(日) 2:57 -

引用なし
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   ▼ケグリさん:

>で、しょっぱなから、素人質問で恐縮ですが、講和条約で、日本が千島列島を放棄したと言うのは理解できるのですが、それをソ連が領有するという根拠はなんなのでしょうか?何も、ソ連に割譲するとは言っていないわけでしょう。それとも、空き地になった領土は、取った者勝ち、というのが、国際ルールなのでしょうか?

私は現在の国際法を全面肯定する立場ではありませんし、ましてや帝国主義的拡張の時代を背景とした領土関連の国際慣例法を正しいと思っているわけではありません。

ただ、日本政府の根拠のない4島返還の主張が、いかに日本国民を欺き、ソ連(ロシア)との緊張を煽り、日本の外交を縛ってきたのか、という点に問題意識があるわけで、ロシアの味方に立とうというわけではありません。

その前提の上で、国際法的にこの問題がどう扱われるか、私の考えを記してみます。

国際法上認められた領土取得の一つに「先占」というものがあります。
先占とは、「どの国の領土でもない地域(無主地)に対して、自国領とする意思を表明し、実際上の支配(実効支配)を行うとき、その国家に領土権が与えられる」というものです。

4島のうち、明らかに千島(クリル)列島に含まれる国後と択捉の場合を考えてみましょう。

両島は大戦後、連合軍最高司令部訓令SCAPIN677号によって日本の領域から除かれ、さらにサンフランシスコ平和条約で日本の領土権放棄が確定しました。

一方ソ連は、両島を軍事占領した後、ハバロフスク州への編入を表明するとともに行政機関をおいて、50年以上にわたって実効支配を行ってきました。

したがって一般的に考えれば、両島に対してはソ連の先占が成立すると思われます。

ただしここには次の三つの法的瑕疵が考えられます。
a)ソ連の千島領有を決めたヤルタ協定は参加国である英・米・ソのみを拘束し、日本は拘束されない。
b)平和条約で千島のソ連帰属が明記されておらず、ソ連が当事国になることを拒否した。
c)カイロ宣言で定められた領土不拡大の原則に抵触する。

  #ところで、これらの瑕疵の一番の責任は、アメリカにあります。アメリカは
   ヤルタ会談でソ連の千島領有を認めておきながら、平和条約では一転してそ
   の約束を翻し、わざと島の帰属をあいまいにしました。当初の条約草案には、
   「4島ともソ連帰属」〜「4島とも日本帰属」まで、さまざまな案があった
   のですが、50年4月にダレスが国務長官顧問として対日講和問題の担当になる
   と、帰属に関する部分は削除されてしまいました。冷戦をにらんで、日ソ間
   に対立の火種をまいたわけです。
   (朝日新聞1991年02月21日朝刊「北方領土 ねじれの軌跡6」参照)

しかし、たとえ国際司法裁判所に持ち込んだとしても、先占の事実を翻す根拠にはなりえないだろうと思われます。

なぜなら、日本政府はソ連の千島支配を前提としたうえで平和条約と日ソ共同宣言に調印していますし、数万人のロシア人島民が半世紀にわたって生活してきた事実の重みを無視することは新たな国際紛争を引き起こす可能性が高く、紛争の解決という国際司法裁判の目的に矛盾してしまうからです。(歯舞・色丹に限れば、もう少し議論の余地があるかも知れません。)

もちろん私は、この状態が永久に続けばいいと思っているわけではありません。日本、ロシア、そして本来のアイヌモシリの主人たるアイヌの三者の話し合いによって、住民本意の解決法を目指すべきだと考えます。

参考URL:
故郷に対する権利:ドイツの「永遠に昨日のままでとどまった人々」
http://home.munich.netsurf.de/Tan.Minoguchi/kokyo.htm
アイヌ民族を無視した「日ロ交渉」に意義あり!共同声明
http://member.nifty.ne.jp/pirika/theme/kyodoshomei.html

>在日問題と関係のない、下らない質問で恐縮ですが、よろしければ、教えてもらえないでしょうか。

いえいえ、在日朝鮮人問題と「北方領土」問題は深い関係にあると思いますよ。両者とも、日本の膨張政策・反共主義とアメリカの冷戦政策が合体して生み出した、極めて国際的な問題だからです。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c026.tf.cablenet.ne.jp>

【25】ご教示ありがとうございました
 ケグリ  - 01/7/15(日) 7:19 -

引用なし
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   こんにちは。
私のような素人にも、わかるよう、ご丁寧に教えていただき、ありがとうございました。お陰さまで蒙を啓いて頂きました。正直、この問題については、今まで、あまり興味がなく、今回の問題が発生してから、改めて関心を持つようになりました。自分に関係のない事には無関心になり、少しでも、関係してくると、急に興味が湧き出すという自分のエゴ的な姿勢に改めて気付きました。で、貴兄のレスに対する雑感を簡単に述べさせていただきます。

>国際法上認められた領土取得の一つに「先占」というものがあります。
>先占とは、「どの国の領土でもない地域(無主地)に対して、自国領とする意思を表明し、実際上の支配(実効支配)を行うとき、その国家に領土権が与えられる」というものです。

北方4島は、ソ連軍が侵攻してきた当時、人は、一人もいなかったのでしょうか?日本政府が領有権を放棄したとしても、そこに、人が住んでいる限り、その土地は、「無主地」とはならないのではないでしょうか。その人たちを無理やり追い出して、占拠すると言う行為は、国際法には違反していないのでしょうか?

>4島のうち、明らかに千島(クリル)列島に含まれる国後と択捉の場合を考えてみましょう。

>両島は大戦後、連合軍最高司令部訓令SCAPIN677号によって日本の領域から除かれ、さらにサンフランシスコ平和条約で日本の領土権放棄が確定しました。

>一方ソ連は、両島を軍事占領した後、ハバロフスク州への編入を表明するとともに行政機関をおいて、50年以上にわたって実効支配を行ってきました。

>したがって一般的に考えれば、両島に対してはソ連の先占が成立すると思われます。

この先占に先立って、先住民の物理的排除を行っていますね。それも、平和的方法ではなく、軍隊の力を借りた暴力的な方法を使って、住民を追い立てたのではないでしょうか?また、その時、何らかの補償は、行われたのでしょうか?

>しかし、たとえ国際司法裁判所に持ち込んだとしても、先占の事実を翻す根拠にはなりえないだろうと思われます。

>なぜなら、日本政府はソ連の千島支配を前提としたうえで平和条約と日ソ共同宣言に調印していますし、数万人のロシア人島民が半世紀にわたって生活してきた事実の重みを無視することは新たな国際紛争を引き起こす可能性が高く、紛争の解決という国際司法裁判の目的に矛盾してしまうからです。(歯舞・色丹に限れば、もう少し議論の余地があるかも知れません。)

56年前の二の舞になると言うわけですね。今度は、ロシア人住民を強制排除しなければならないから。領土問題というのは、やっかいなものですね。しかし、仮に、当のロシア人住民が日本への帰属を望み、日本政府も、彼らを排除せず、共生するという政策を掲げたら、面白い事になると思いますね。

>もちろん私は、この状態が永久に続けばいいと思っているわけではありません。日本、ロシア、そして本来のアイヌモシリの主人たるアイヌの三者の話し合いによって、住民本意の解決法を目指すべきだと考えます。

戦後、北方領土は、国連の信託統治のようなものになり、先住民による自治が行われたらよかったのにと思います。ソ連の軍事力による有無を言わさぬ領有は、国際信義にも悖る行為だと思いますし、国際的非難に値する行為だと思います。よからぬ前例を作ってしまったものだと悔やまれます。今からでも、そうはならないのでしょうか。

>>在日問題と関係のない、下らない質問で恐縮ですが、よろしければ、教えてもらえないでしょうか。

>いえいえ、在日朝鮮人問題と「北方領土」問題は深い関係にあると思いますよ。両者とも、日本の膨張政策・反共主義とアメリカの冷戦政策が合体して生み出した、極めて国際的な問題だからです。

そうでしたか、在日問題と北方領土問題は、無関係ではなかったのですね。(これまでは、在サハリン朝鮮人問題しか私の頭になかったです〈^^;〉。)そして、思うに、貴兄の上記の文には、「ソ連の膨張主義、社会帝国主義(でしたか?)」も付け加えないといけないと思いました。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.01; Windows 98)@1Cust124.tnt1.honolulu2.hi.da.uu.net>

【27】「北方領土」問題と日本の責任。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/16(月) 22:44 -

引用なし
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   ▼tm1019さん:

>> 仮にソ連の領有に法的瑕疵があるにせよ、日本が千島に対する権利、権原、請求権を
>> 完全に放棄した事実は変わらないのですから、韓国とロシアが千島列島海域の利用を
>> めぐってどのような条約・協定を結んだとしても、それは両国の自由であり、日本に
>> 口を挿む権利はまったくありません。
>>
>> 北方4島周辺での韓国漁船の操業を差し止めようとするのは不当な干渉と言うべきで
>> しょう。
>
>国際法上、国家としての日本に抗議する権利が、ないというのは、理解できますが、直
>接、関係する人・団体の抗議が、「不当な干渉」になるというのは、少し言い過ぎでは
>ないかと思います。

もちろん個人や団体が私的に意見を言うぶんには「干渉」とはならないでしょう。私もそれを否定しているわけではありません。

>現地の水産業者の方には、多少の痛手になるでしょうから、「出来れば、止めて欲しい
>。」と思うのは、当たり前だと思います。ましてや、島出身者も多いだろう現地の人に
>とっては、「力ずくで島を奪われたうえ、今は、我が物顔で、漁場まで掠めていく。」
>という、声が出たとしても不思議ではないと思います。国際法では、決着済だから「文
>句を言うな。」といわれても、当事者には、納得しがたいものがあると思います。

私の不勉強かも知れませんが、この韓国のサンマ漁について当事者の声をあまり聞いたことがありません。実際、どう考えているのでしょうか。

ところで当の日本政府は、当事者の声を聞いてきたのでしょうか。現実味の薄い4島一括返還に固執して、墓参団を差し止めたり、北方海域での操業を制限してきたのではありませんか。

旧島民や水産関係者の間では、歯舞・色丹二島だけでも返還を、との声も多いと聞きます。日ソ共同宣言の線で平和条約を結んでいれば、いわゆる「北方領土」問題の大半は解決されていたことでしょう。当事者が納得できないのは、日本政府が千島の歴史や対ソ交渉の経過をごまかしていることに大きな原因があると思います。むしろ韓国の漁民は、日本政府の外交上の失政のとばっちりを受けているといえるでしょう。

>日本軍国主義に踏みにじられた中国、韓国の人々が、扶桑社の教科書に抗議する権利が
>、当然有るのと同様の理由で、故郷の島を力ずくで奪いとられた、現地の人々にも抗議
>する権利があって、しかるべきだと私は、思います。

一方的な加害=被害の関係にあった日中・日朝関係を単純に日露関係に当てはめることは適当ではないでしょう。それに日本人はロシア人に対して何をしてきたか、あまりにも無知だと思います。たとえば1918年、日本は宣戦布告もせずに、ロシア革命直後で混乱するソ連に対して火事場泥棒的に7万3000人の兵を送り、革命を妨害するとともに領土拡張を狙いました。いわゆるシベリア戦争(シベリア出兵)です。ソ連の千島占領を非難する人のいかほどがシベリア戦争に対して正確な認識を持っているのでしょうか。
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【28】千島放棄は国際公約。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/16(月) 23:19 -

引用なし
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   ▼加藤さん:

> 国際条約は尊重すべきものだと思いますが、永遠不滅のものではないで
>しょう。

もちろんそうですね。私も永遠不滅などとは言っていません。一旦ロシアの千島領有を受け入れた上で、平和裏に日ロ二国間で交渉して引渡してもらうことは、平和条約も禁じていません。

> 日本の要求が、歴史的に非常識なものであるなら別ですが、前回触れた
>様に、四島は江戸時代末期にロシアと交易開始した時に確定した領土なの
>ですから、戦争による領土拡張を否定した、カイロ宣言〜サンフランシスコ
>講和条約の精神にも反していないと思いますし。

ロシア側、あるいは日本の軍国主義で被害をこうむった側はこう思うでしょう。
「さんざん戦争で領土拡張をしてきた日本が、いざ領土を奪われる側にまわったら、とたんに領土拡張反対だと。都合のいい話だ」と。

また、全千島を放棄するというサンフランシスコ平和条約での条項を受け入れたのは、日本が世界に向けて発した国際公約であり、それと引き換えに、日本は戦争の終結と「独立」を手に入れたのです。「やはり千島放棄は間違いだった。ソ連の千島領有はけしからん」というのなら、平和条約を破棄して、再び連合国(=国際連合)と戦争状態に入るのが、筋というものです。

> この投稿前に、各党の基本政策を Web で調べましたが、北方四島復帰に
>反対している政党は見あたりませんでした (社民党は記載が見あたりませ
>んでしたが)。共産党なんかは全千島を自国領と主張してるみたいですね。

私には、「北方領土」問題となると、とたんに右から左まで一致団結してしまうほうが、恐ろしいですね。領土問題は魔物だと思います。

日本共産党の領土問題政策への批判は、次のURLを参照。
http://www5.ocn.ne.jp/~jcpc-net/siryousitu/territory/a-kaidai.htm

>>韓国とロシアが千島列島海域の利用をめぐってどのような条約・協定を結んだ
>>としても、それは両国の自由であり、日本に口を挿む権利はまったくありません。
>>北方4島周辺での韓国漁船の操業を差し止めようとするのは不当な干渉と言う
>>べきでしょう。
>
>…と、御考えなのは分かりました。

私だけでなく、世界的にみても、いまの日本政府の主張は理解されないでしょう。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c163.tb.cablenet.ne.jp>

【29】Re(1):千島放棄は国際公約。
 加藤  - 01/7/17(火) 2:04 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>ロシア側、あるいは日本の軍国主義で被害をこうむった側はこう思うでしょう。
>「さんざん戦争で領土拡張をしてきた日本が、いざ領土を奪われる側にまわったら、とたんに領土拡張反対だと。都合のいい話だ」と。

 あの〜、散々国際公約、条約の文言に厳格だった米津さんが、どうして
突然カイロ宣言以降の「領土拡張否定」の精神を否定されるんですか ?
 それに、アジア諸国はともかく、第二次大戦の日ソ関係に限れば日本は
一方的な被害者ですよ ?

>平和条約を破棄して、再び連合国(=国際連合)と戦争状態に入るのが、筋というものです。

 正気でおっしゃってますか ? 私は前回の記事で、サンフランシスコ講和条約
に参加した国の中で、日本の北方領土返還運動に反対している国が「具体的に」
存在するのですか ? と聞きましたが、それについてはいかがです ?
 反対している国が存在しないなら、条約内容の更新、改訂、見直しに何の問題
もないと思いますが。何故、戦争状態に入らなければならないのでしょうか。

>私だけでなく、世界的にみても、いまの日本政府の主張は理解されないでしょう。

 あのー、前回の記事に書きましたが、サミット参加国は日ソ間に領土問題
が存在することを認識しているはずですが ?
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-200.kw.jp.prserv.net>

【30】ソ連の対日参戦と千島占領に関する考察。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/17(火) 2:14 -

引用なし
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   ▼ケグリさん:

>>国際法上認められた領土取得の一つに「先占」というものがあります。
>>先占とは、「どの国の領土でもない地域(無主地)に対して、自国領とする意思を表明し、実際上の支配(実効支配)を行うとき、その国家に領土権が与えられる」というものです。
>
>北方4島は、ソ連軍が侵攻してきた当時、人は、一人もいなかったのでしょうか?日本政府が領有権を放棄したとしても、そこに、人が住んでいる限り、その土地は、「無主地」とはならないのではないでしょうか。その人たちを無理やり追い出して、占拠すると言う行為は、国際法には違反していないのでしょうか?

国際法でいう「無主地」とは、人が住んでいない場所のことではなく、どの国家にも属していない地域を意味します。日本がアイヌの土地であるアイヌモシリ(北海道・サハリン・千島)を「合法的」に日本領に編入できたのも、アイヌが国家を持っていなかったからです。(「合法的」=「正しい」という意味で言っているのではありません。)

>この先占に先立って、先住民の物理的排除を行っていますね。それも、平和的方法ではなく、軍隊の力を借りた暴力的な方法を使って、住民を追い立てたのではないでしょうか?

ソ連の千島占領について、多くの人が正確なイメージを持っていないのではないでしょうか。

実は私も今回勉強してはじめて知ったのですが、ソ連軍と日本軍が戦火を交えたのは、千島(クリル)最北端のシュムシュ島のみであり--それも先に砲撃を開始したのは無条件降伏したはずの日本軍であり、戦死者もソ連兵のほうが多かった--、それ以降、歯舞までは平穏裏に武装解除と占領が進められたということです(『北方領土問題を考える』和田春樹、岩波書店、90年。『北方領土問題と日露関係』長谷川毅、筑摩書房、00年)。

また、「先住民の物理的排除」のようなことは行われていません。逆にソ連側は日本人島民の脱出を認めず、行政に組み込んで、配給を行い、仕事につかせました。もちろんソ連式の生活になじめなかったり、規律の乱れたソ連兵の略奪に悩まされたり、本土に家族がいたりで「自主的に」島を離れた人が多かったのも事実です。

しかし、日本人の引き揚げが正式に決定されたのは、1946年12月に米ソで締結された「ソ連地区引き揚げ協定」によります。そこには次のような文面があります(『北方領土 悲しみの島々』三田英彬、講談社、73年)。

 第一節、引き揚げ該当者
  一 先の者がソ連邦及びソ連邦管理下の地域からの引揚の対象となる
   (イ)日本人捕虜
   (ロ)一般日本人(一般日本人のソ連邦からの引揚は各人の希望による)

つまり公式的には引揚は自由意志によるものでした。実際は残留などごめんだ、という人が多かったわけですが、ごく少数ながら残留を選んだ人もいたことも事実です。少なくとも暴力的に「住民を追い立てた」のではありません。

  #サハリンからの引き揚げの際は、当時あきらかに日本国籍を持っていたはずの朝鮮
   人が「日本人」に含まれず、残留を余儀なくされたことは、ケグリさんもご存知の
   ことと思います。

>また、その時、何らかの補償は、行われたのでしょうか?

旧満州、朝鮮、台湾からも多くの日本人が引き揚げたわけですが、中国・朝鮮・台湾の政府はその補償をしていません(する義務もありませんが)。同様に、ソ連も補償の義務を負わないでしょう。

旧島民は残置財産や旧漁業権に対する補償を日本政府に求めていますが、政府側は補償をすると北方4島の放棄を認めたことになる、という建前論で拒否しているようです。http://www.marimo.or.jp/~n_city1/nemuro/jp/kouhou/130401/tokusyu/tokusyu-1.htm

>56年前の二の舞になると言うわけですね。今度は、ロシア人住民を強制排除しなければならないから。領土問題というのは、やっかいなものですね。しかし、仮に、当のロシア人住民が日本への帰属を望み、日本政府も、彼らを排除せず、共生するという政策を掲げたら、面白い事になると思いますね。

排外主義を強めるいまの日本政府には、そのような政策は期待できませんね。外国人の参政権や二重国籍すら認められないと言っているのですから。

>ソ連の軍事力による有無を言わさぬ領有は、国際信義にも悖る行為だと思いますし、国際的非難に値する行為だと思います。

いや、ソ連の対日参戦と千島領有は米英との約束ですから、ソ連は血を流して国際信義を守ったのです。
  #日本帝国主義に対してはbad mannerだったことは確かですが、当時の日本の和平派
   にとっては、ソ連参戦は降伏受諾のための格好のきっかけを提供しました(『北方
   領土問題を考える』参照)。ソ連参戦がなければ、その後に米軍の上陸作戦が予定
   されていたわけですから、日本全土が沖縄戦の様相を呈していたことでしょう。

>思うに、貴兄の上記の文には、「ソ連の膨張主義、社会帝国主義(でしたか?)」も付け加えないといけないと思いました。

ソ連の対日参戦はアメリカの強い要請によるものであって、「膨張主義」ゆえではありません。もともとソ連は対日参戦に消極的でした。

第二次世界大戦でソ連領内は3年間にわたって戦場となり、ソ連人の死者は1600万人とも言われています(日本人の死者は約310万人)。対独戦で疲弊した兵にシベリアを横断させ、対日戦に参加させるためには、サハリンの解放、千島の領有、という目に見える「戦果」が必要だったのです。

以前にもソ連の極東政策について触れた投稿がありますので、ご参照ください。

朝鮮民主主義人民共和国の歴史的正統性に関する若干の事実確認。
http://www.han.org/oldboard/hanboard3/msg/5368.html
解放朝鮮の認識(1)ソ連に北朝鮮共産化の意図はなかった。
http://www.han.org/oldboard/hanboard3/msg/5451.html
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c163.tb.cablenet.ne.jp>

【31】日本社会も随分と変って来たと思うのですが
 ケグリ  - 01/7/17(火) 20:25 -

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   こんにちは。
またまた、興味深いお話、聞かせていただき、ありがとうございました。初めて聞く事ばかりで、お陰さまで、随分と勉強させていただきました。それで、また、気になった所だけ、稚拙な感想を述べさせていただきたいと思います。

>#サハリンからの引き揚げの際は、当時あきらかに日本国籍を持っていたはずの朝鮮人が「日本人」に含まれず、残留を余儀なくされたことは、ケグリさんもご存知のことと思います。

昔、李恢成氏の小説で読んだ事がありますし、知人で、その運動に携わっていた人がいましたので、何とか事情は理解しているつもりです。昔、高木弁護士から、お話しを伺った事もあります。しかし、この件で、北政府は、ソ連政府に対しては、何も言わなかったと聞いています。うろ覚えですが、運動体の中でも、そのことに対する批判も出ていたと思います。〈確か高木氏も、そのことについて、語っておられたように思います。)

>>56年前の二の舞になると言うわけですね。今度は、ロシア人住民を強制排除しなければならないから。領土問題というのは、やっかいなものですね。しかし、仮に、当のロシア人住民が日本への帰属を望み、日本政府も、彼らを排除せず、共生するという政策を掲げたら、面白い事になると思いますね。

>排外主義を強めるいまの日本政府には、そのような政策は期待できませんね。外国人の参政権や二重国籍すら認められないと言っているのですから。

私は、そう悲観的には思いません。日本人も日本社会も随分、変って来たと思います。多くのロシア人が、日本の社会に入ってきたら、面白いなあと思います。勿論、顔をしかめるような人もいるとは思いますが、彼らと共生して行こうという人も多くいるはずです。彼らの日本社会への参入により、多民族・多文化社会へと日本も大きく変るのではないでしょうか。また、在日社会にも大きな影響を与えてくれると思います。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.01; Windows 98)@1Cust89.tnt1.honolulu2.hi.da.uu.net>

【32】「領土問題」に対する国際認識。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/18(水) 3:24 -

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   ▼加藤さん:

>>ロシア側、あるいは日本の軍国主義で被害をこうむった側はこう思うでしょう。
>>「さんざん戦争で領土拡張をしてきた日本が、いざ領土を奪われる側にまわったら、とたんに領土拡張反対だと。都合のいい話だ」と。
>
> あの〜、散々国際公約、条約の文言に厳格だった米津さんが、どうして
>突然カイロ宣言以降の「領土拡張否定」の精神を否定されるんですか ?

誤読されているようなので、説明します。
私自身は、領土拡張は否定されるべきだと考えています。ソ連の南千島と歯舞・色丹の領有は、カイロ宣言の領土不拡大の原則に抵触することも確かです。将来的にはその領域はアイヌを中心とした自治区域とすることが望ましいと思います。

<カイロ宣言>
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1943Cairo.html
「右の同盟国は、自国のために何の利益も要求するものではない。また、領土拡張の念を有するものではない。」

しかし帝国主義的膨張政策をとってきた大日本帝国の領土が逆に武力によって削られたからといって、その継承国たる日本国には「領土不拡大の原則」を持ち出して領土の回復を要求する権利はありませんし、世界的に何の説得力もありません。

> それに、アジア諸国はともかく、第二次大戦の日ソ関係に限れば日本は
>一方的な被害者ですよ ?

ソ連の対日戦は単に日ソ両国間の限定戦争ではないことに留意すべきでしょう。何度も書いたように、ソ連はアメリカの強い要請に応えて、連合国の一員として参戦したのです。
また、カイロ宣言は朝鮮の独立を決定していますし、ヤルタ協定は中国の解放に触れています。つまりソ連の対日軍事行動の目的の一つは、日本帝国主義からのアジア解放だったわけです。
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html

それに、「日本は一方的な被害者」というのも、ソ連参戦以降だけをクローズアップした近視眼的な見方です。

1940年に日ソ中立条約をまとめた松岡洋右自身、その2カ月後に独ソ戦が始まると、「中立条約は始めから止めてもよかった」と発言しています。さらに松岡は7月の御前会議で(独ソ戦に日本が参戦しても)「文面上よりすれば不信行為にあらず」と述べ、御前会議は独ソ戦が日本に有利に展開すればソ連に対して武力行使を行うことを決定しました。実際に日本はソ連国境に大部隊を展開して関東軍特別大演習を行って、参戦の準備をしています。

さらにさかのぼれば、日露戦争、シベリア戦争、ハルハ河戦争(ノモンハン事件)があり、日本は常にロシア(ソ連)の領域を脅かしてきたわけで、ヤルタ協定がわざわざ「1904年の日本国の背信的攻撃」に触れているように、これらの日本帝国主義の軍事行動もソ連の対日参戦に一つの国際的説得力をもたらしているのです。

>>平和条約を破棄して、再び連合国(=国際連合)と戦争状態に入るのが、筋というものです。
>
> 正気でおっしゃってますか ? 私は前回の記事で、サンフランシスコ講和条約
>に参加した国の中で、日本の北方領土返還運動に反対している国が「具体的に」
>存在するのですか ? と聞きましたが、それについてはいかがです ?

イギリスとフランスが、日本政府の平和条約新解釈と領土要求に極めて否定的な回答を示したことが知られています。日本外務省はいまだにこれらの回答を公表していません。
http://home3.highway.ne.jp/taku-f/kuril.html#LAST

> 反対している国が存在しないなら、条約内容の更新、改訂、見直しに何の問題
>もないと思いますが。何故、戦争状態に入らなければならないのでしょうか。

日ロ二国間の話し合いで領土に変更を加えることと、サンフランシスコ平和条約を破棄・改定することは、まったく違う問題です。日本政府・外務省を含め、「条約内容の更新、改訂、見直し」に賛成する国は一つもないはずです。

和田春樹氏は『北方領土問題を考える』(岩波書店)でこう書いています。

「戦争状態の清算としての平和条約は一度結べば、これに従わなければならない。平和条約を破棄することは戦争の再開にもひとしい。気に入らない条項を破棄することも、同じ意味を持ちかねない。戦争の悲劇を清算した条約を修正することは歴史のやり直しを主張することで、不可能というほかない。解釈を修正することは、連合国間に一致があれば可能であるが、その修正はおのずから説得性と合理性のある範囲のうちのものでなければならない。一致がなく、解釈をめぐって連合国間に対立が起これば、国際司法裁判所に提訴できる。
 放棄した千島列島にはエトロフ島とクナシリ島は含まれないという新解釈は、解釈の修正の通常の範囲を超えて条約の修正を主張するものであった。しかもこの日本の新主張をめぐって米英の意見は分かれたのだから、公正を期すのなら、当然国際司法裁判所に提訴して、その判断を仰ぐべきであった。それがなされなかったということは、新解釈を是とする裁定が出ることが期待できないからであろう。」

> あのー、前回の記事に書きましたが、サミット参加国は日ソ間に領土問題
>が存在することを認識しているはずですが ?

『北方領土問題と日露関係』(長谷川毅、筑摩書房、00年)には、92年のミュンヘン・サミットの様子がこう描かれています。

「日本にとって最大の問題は、フランスとドイツが領土問題を政治宣言に含むことに反対を表明していることであった。
 サミットの政治声明は「われわれはロシアが法と正義の原則に基づき外交政策を遂行するとのロシアの公約を歓迎する。われわれは、このロシアの公約が、領土問題の解決を通じた日ロ関係の完全な正常化の基礎となるものと信じる」という表現を含んでいた。この政治宣言とひきかえに、日本は、240億ドルの西側の対露支援を支持した。再び日本は、金で、西側の譲歩を買ったのである。
 日本は、これを外交的勝利であると大喜びしたが、結果的には、この政策は大失敗であった。……日本の行動は、西側諸国からは冷淡に取り扱われ、日本がいかに世界の潮流からはずれて「北方領土症候群」に陥っているかを露呈した。……西側では、領土問題はほとんど報道されなかった。しかも、「法と正義」という表現は、日本では四島返還と同意義にとられているが、西側諸国は、必ずしもこのように解釈したわけではない。」

これが「北方領土」問題に対する「国際認識」の実態です。そもそも「領土問題」が真に「法と正義」の問題であるなら、金で買う必要はないでしょう。結局、それだけ日本の主張に説得力がないのです。

そして面子をつぶされたロシアと日本の関係は冷え切っていき、「領土問題」の解決は逆に遠のいていきました。
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c103.tb.cablenet.ne.jp>

【33】日本軍守備隊が先に攻撃したですって ?
 加藤  - 01/7/21(土) 3:54 -

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   ▼米津 篤八さん:
>ソ連の千島占領について、多くの人が正確なイメージを持っていないのではないでしょうか。
>
>実は私も今回勉強してはじめて知ったのですが、ソ連軍と日本軍が戦火を交えたのは、
>千島(クリル)最北端のシュムシュ島のみであり--それも先に砲撃を開始したのは無条件
>降伏したはずの日本軍であり、戦死者もソ連兵のほうが多かった--、
   (中略)
>(『北方領土問題を考える』和田春樹、岩波書店、90年。『北方領土問題と日露関係』
>長谷川毅、筑摩書房、00年)。

 ちょっと待って下さい。米津さんは、降伏したはずの日本軍が先に攻撃した、
とおっしゃいますが、私の持っている秋田書店 歴史と旅 増刊、大平洋戦史
総覧(平成三年)、によれば、8/17 午前中に対岸のカムチャッカ半島の砲台から、
午後には爆撃機によるソ連の攻撃が開始された、とあります。
 さらに、ソ連軍が占守島に上陸を開始したのは翌18日「深夜」二時ですよ ?

 とても平和裏に守備隊の武装解除を試みようとした行為とは思えませんが。

 上陸戦闘において、先に発砲したのは日本軍かもしれませんが、前日から
長距離攻撃を繰り返し、深夜に上陸しようとする相手に反撃するのは、十分
正当防衛と見なせる行動だと思いますよ ?

 また、千島列島に隣接する樺太では、日本本土の降伏を受けて停戦交渉を試みた
日本軍の武官が三度に渡って殺害され、避難しようとする民間船が三隻攻撃され、
二隻が沈没し、2000 人近い民間人が亡くなっています。
 これらの事実を見る限り、とてもソ連軍の行動が紳士的だったとは言えないと
思いますが。

 ちなみに占守島の第91師団の抵抗により、ソ連の進撃が遅れ、北海道上陸を
防いだ、と言われているのですが、このような言われ方をされては… 米津さん
はスターリンに北海道も差し出した方が良かった、とお考えなのでしょうか。

>また、「先住民の物理的排除」のようなことは行われていません。逆にソ連側は日本人
>島民の脱出を認めず、行政に組み込んで、配給を行い、仕事につかせました。もちろん
>ソ連式の生活になじめなかったり、規律の乱れたソ連兵の略奪に悩まされたり、本土に
>家族がいたりで「自主的に」島を離れた人が多かったのも事実です。
  (中略)
>つまり公式的には引揚は自由意志によるものでした。実際は残留などごめんだ、という
>人が多かったわけですが、ごく少数ながら残留を選んだ人もいたことも事実です。少なく
>とも暴力的に「住民を追い立てた」のではありません。

 ソ連国籍取得を希望しない住民を「全員退去させた」行為のどこが暴力的で
ないのでしょうか。また、土地はもちろん、戦後働いて得たルーブルの給与すら
没収され、全財産を失っているのですけど。
 しかも、目と鼻の先の日本には直接送らず、樺太の収容施設に一旦送り、寒空
の中、戸外に二十日間も放置され、死亡した住民すら出ているそうです。

>ソ連の対日参戦はアメリカの強い要請によるものであって、「膨張主義」ゆえでは
>ありません。もともとソ連は対日参戦に消極的でした。

 ハル回顧録によれば、スターリンの方から対日参戦予定があると表明した
ことになってますが…。それにスターリンは千島列島どころか、北海道の占領
すら要求してませんでした ? トルーマンが拒否しましたけど。

 日本の帝国主義を非難するのは一向に構わないと思いますが、いくら何でも
ソ連の行為を美化しすぎでしょう。もっと是々非々の姿勢は取っていただきたい
ものです。
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-144.kw.jp.prserv.net>

【39】「領土要求」の非現実性を認識することから。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/7/25(水) 3:11 -

引用なし
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   ▼加藤さん:
> 日本の帝国主義を非難するのは一向に構わないと思いますが、いくら何でも
>ソ連の行為を美化しすぎでしょう。もっと是々非々の姿勢は取っていただきたい
>ものです。

どうも誤解されているようなので、私の投稿の意図について説明しておきます。

私は「ソ連の行為を美化」するつもりはまったくありません。加藤さんのご指摘を受けるまでもなく、是々非々の姿勢で領土問題について考えているつもりです。ですから、ソ連の4島領有が強引だったことや、法的瑕疵の存在、現状の国境線は絶対的なものではなく、将来的に南千島は自治区域にすべきだ、ということについても、これまでの投稿で触れています。

http://www.han.org/hanboard/c-board.cgi?cmd=one;no=17;id=
http://www.han.org/hanboard/c-board.cgi?cmd=one;no=24;id=
http://www.han.org/hanboard/c-board.cgi?cmd=one;no=32;id=

繰り返しになりますが、私の問題意識は、日本政府の根拠のない4島返還の主張が、いかに日本国民を欺き、ソ連(ロシア)との緊張を煽り、日本の外交を縛ってきたのか、という点にあるのであって、ロシアの味方に立とうというわけではありません。

しかし、ソ連の軍事行動の問題点をあげつらうことは簡単なのですが(そして多くの問題があったことも事実ですが)、にもかかわらず、日本の領土要求は国際的に見て非常識なものだということを日本人は認識すべきなのです(ミュンヘン・サミットの例を参照)。

日本の千島放棄とロシアの実効支配はもはや覆せない現実なのですから、それを前提としてロシアと話し合わない限り、これまでの50年と同様、今後も何の解決も見出せないでしょう。逆に、そうした前提にたったとき、はじめて「領土問題」の真の解決策が見えてくるでしょうし、韓国・ロシア・日本の漁民がそれこそ国境を超えて共存・共栄する道も開けてくるのではないでしょうか。

そもそも「北方領土」問題となると、極右から共産党までが一致団結して「何が何でも返せ!」の大合唱になってしまう状況は、奇妙だと思いませんか? 沖縄の深刻な問題についてでさえ、これほどの意見の一致を見ることはないのに……。

(他の加藤さんご指摘の各論部分については、本筋からやや外れますので、別項でコメントします。)
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c227.ta.cablenet.ne.jp>

【45】自治区の主役は誰になるのでしょう ?
 加藤  - 01/7/27(金) 3:14 -

引用なし
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    北方領土、あるいは千島列島全体 ? を北方少数民族を中心とした自治区に
していこうという構想に、特に反対する気はありませんが、米津さんは、その
居住権を備える少数民族を、具体的にどのように考えておられるのでしょう。

 と言いますのも、日本と旧ロシア帝国との外交関係において、アイヌ民族
は両国から、日本の準構成員として扱われており、領有権の移り変わりのたび
にロシア領からアイヌ民族の多くは追い出されています。

 そのため、現在の千島列島および樺太には、自分はアイヌ民族であるという
自覚を持った住人はいないとされています (現住民の大半は戦後移住してきた
ロシア人またはウクライナ人)。

 この状態で、アイヌ民族を中心とした少数民族による自治区を成立させ
ようとすると、新たな居住権の有資格者は総て、現・日本国籍所有者ばかり
になってしまいます。
 また、ソ連崩壊に伴う経済破綻で千島列島の住民数は急激に減少しており、
アイヌ人が数千人単位で移住を希望しただけで、現在の住民はマイノリティ
に転じてしまいかねません。

 これでは、たとえ日ロ両政府から、ある程度距離を保った自治区であると
称しても、ロシアにとっては事実上、日本に領土を譲るようなものですから、
とても同意してもらえるとは思えないのですが…。
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-82.kw.jp.prserv.net>

【50】千島・サハリンでの戦闘とソ連参戦の背景。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/1(水) 3:03 -

引用なし
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   ▼加藤さん:
> ちょっと待って下さい。米津さんは、降伏したはずの日本軍が先に攻撃した、
>とおっしゃいますが、私の持っている秋田書店 歴史と旅 増刊、大平洋戦史
>総覧(平成三年)、によれば、8/17 午前中に対岸のカムチャッカ半島の砲台から、
>午後には爆撃機によるソ連の攻撃が開始された、とあります。
> さらに、ソ連軍が占守島に上陸を開始したのは翌18日「深夜」二時ですよ ?
>
> とても平和裏に守備隊の武装解除を試みようとした行為とは思えませんが。
>
> 上陸戦闘において、先に発砲したのは日本軍かもしれませんが、前日から
>長距離攻撃を繰り返し、深夜に上陸しようとする相手に反撃するのは、十分
>正当防衛と見なせる行動だと思いますよ ?

もう少し私の投稿にきちんと目を通していただきたいのですが、私が「平穏裏に武装解除と占領が進められた」と書いたのは、もちろんシュムシュ島戦闘が終わって以降、歯舞占領までのことであって、シュムシュ島で日ソ両軍の激戦が行われたことについては否定していません。

加藤さんのご指摘を受けて、あらためてシュムシュ島戦闘に関して、いくつか資料を読み直してみました。

『北方領土 悲しみの島々』(三田英彬、講談社、73年)や『北東方面陸軍作戦(2)』(防衛庁防衛研修所戦史室、東雲新聞社、71年)によれば、16日あるいは17日に、ソ連機が飛来して爆撃したり、カムチャツカ半島の砲台から小泊崎に座礁していたソ連船に向けて砲撃が行われたのは事実らしいですね。しかしいずれも偵察・測量を兼ねた小規模なものであり、日本軍の損害は報告されておらず、日本軍側もそれを攻撃の開始とは考えていなかったようです。ですから、「前日から長距離攻撃を繰り返し」というのは、表現としてやや大げさかと思います。

次にどちらが先に発砲したかですが、『北東本面陸軍作戦(2)』にはこうあります。
「島は一面の濃霧に包まれていた。国端崎からは「敵輸送船団らしいものを発見」、「敵上陸用舟艇を発見」、「敵上陸、兵力数千人」と急報が相次いだ。もはや軍師でないことは明らかであった。村上大隊長は直ちに「射撃開始」を命じた。ソ連は奇襲上陸を企図したもののようで、わが群が射撃を開始すると同時に射撃を開始した。」

奇妙なのは、ソ連側の戦史では日本軍が気づく前に射撃を開始したと記されていることです(『北東方面陸軍作戦(2)』)。日本とソ連の戦史のどちらが正しいのか、私には判断がつきませんので、この点は保留したいと思います。

ただし、ソ連軍が上陸を開始した午前2時は、ソ連現地時間の午前4時です。白夜に近い夏のシュムシュ島ではもう早朝と言うべき時刻であって、「深夜」とは言えません。だからこそ「濃霧」にもかかわらず、国端崎から輸送船団や上陸用舟艇を発見することができたのでしょう。

もう一点、「ソ軍の上陸を察知するや国端崎の砲兵、小泊崎の速射砲、大隊砲は、竹田濱の両側から激烈な砲火をソ軍に浴びせ」「撃沈、擱坐された船舶は確認しただけでも13隻に達し」(『北東本面陸軍作戦(2)』)という記述を読むと、「正当防衛」の範囲を逸脱しているのではないか、と思われます。

実際、水津師団参謀は「ソ連何するものぞ、進んで撃滅してやるぞ、という気持ちもあった」、第5方面軍渡辺参謀は『第91師団では「敵がソ連なら必ず撃滅する」と平素称していた』と、各々回想しています(『北東本面陸軍作戦(2)』)。戦闘が拡大し、必要以上の戦死者を出したのは、日本軍側が常々抱いていた対ソ敵愾心が作用したことは間違いないでしょう。

> また、千島列島に隣接する樺太では、日本本土の降伏を受けて停戦交渉を試みた
>日本軍の武官が三度に渡って殺害され、避難しようとする民間船が三隻攻撃され、
>二隻が沈没し、2000 人近い民間人が亡くなっています。
> これらの事実を見る限り、とてもソ連軍の行動が紳士的だったとは言えないと
>思いますが。

もちろん私も「ソ連軍の行動が紳士的だった」などとは言っておりません。
ですが、日本軍が8月15日のポツダム宣言受諾後も武器を捨てずに激しく抵抗したために、必要以上にソ連軍を刺激したことも事実だと思われます。

例えば『北東方面陸軍作戦(2)』によれば、8月16日午後にいたっても「南樺太を死守せよ」との方面軍の命令の下、「上陸した敵を撃滅せよ」との師団命令も出されています。そして一旦召集解除した兵員を再招集したため、民間からは「軍はまだやるのか」との苦情も出る始末だったそうです。

ポツダム宣言はサハリンの放棄と日本軍の武装解除をうたっているのですから、「南樺太死守」を目的とした日本軍の軍事行動は、明らかに宣言に違反します。停戦交渉の不調も、日本軍があくまで武装解除を拒んだことが一つの要因でしょう。

さらに、降伏直前の13日からは職域ごとに民間人の義勇戦闘隊を編成して猟銃や竹やりで武装させ、戦車壕を構築したことも、住民の犠牲を大きくした原因というべきでしょう。

実際、当時の住民の回想によれば、本斗町や泊居町のようにソ連軍を浜辺でもてなして無血上陸させた例もあるそうですから(朝日86年12月16日付)、日本軍の作戦行動に大きな責任があることは明らかです。

> ちなみに占守島の第91師団の抵抗により、ソ連の進撃が遅れ、北海道上陸を
>防いだ、と言われているのですが、このような言われ方をされては… 米津さん
>はスターリンに北海道も差し出した方が良かった、とお考えなのでしょうか。

スターリンがトルーマンに北海道占領を提案したことは確かですが、加藤さんご自身が書かれているように、トルーマンが拒否したために提案を撤回したのです。「北海道占領」を持ち出したのは千島占領を確実なものにするためのアメリカとの取引材料であり、シュムシュ島の抵抗は関係ないでしょう。

また、米軍も日本の分割占領計画を立てていたこと、日本がアメリカの一国占領になった引き換えに朝鮮が分割占領されたこと、アメリカは沖縄を日本から切り離して27年にわたって分割統治し、いまだに沖縄戦当時に軍事占領した基地に居座り続けていることも、付け加えておくべきでしょう。

> ソ連国籍取得を希望しない住民を「全員退去させた」行為のどこが暴力的で
>ないのでしょうか。また、土地はもちろん、戦後働いて得たルーブルの給与すら
>没収され、全財産を失っているのですけど。
> しかも、目と鼻の先の日本には直接送らず、樺太の収容施設に一旦送り、寒空
>の中、戸外に二十日間も放置され、死亡した住民すら出ているそうです。

「ソ連国籍取得」は条件にされておりません。日本国籍のままで居住し続けた人もいますし、サハリン残留朝鮮人の多くはソ連国籍をとらず、無国籍でした。

土地については、そもそもアイヌのものを取り上げたものだという歴史的事実を忘れるべきではないでしょう。また喪失財産は、千島を放棄を決定した日本政府が補償すべきものですし、実際、旧島民も日本政府に対して補償を要求しています。

サハリンの収容施設を経由した理由はよくわかりませんが、まさか住民をわざと苦しめるためにそんな面倒なことをしたとも思えません。新たな資料が発掘されることを期待します。

>>ソ連の対日参戦はアメリカの強い要請によるものであって、「膨張主義」ゆえでは
>>ありません。もともとソ連は対日参戦に消極的でした。
>
> ハル回顧録によれば、スターリンの方から対日参戦予定があると表明した
>ことになってますが…。

もちろんスターリンがいずれ日本と一戦交える必要があると考えていたことは確かでしょう。しかしソ連のいち早い参戦を望んだのは、やはりアメリカの側でした。だからこそアメリカはソ連の千島・サハリン占領を認めたのです。

トルーマンの「ポツダム日記」(79年発見)には、「(ロシアが参戦すれば)ジャップは終わりだ」とあり、その翌日、妻ベスに宛てた手紙には、ソ連の助力があれば「これで戦争終結を一年早めることができるんだ。どれだけの若者が殺されなくてすむか」と書かれています。トルーマンがソ連の参戦に強い期待を抱いていたことが分かります。(アエラ95年8月7日号) 

出版を前提として書かれた政治家や軍人の回想録は自己弁護が多く含まれているため、それを直接に史料として使うことは避けられるのが普通です。ハル回顧録に依拠して当時のソ連の極東政策を論証する歴史書はありますでしょうか。あったらご紹介ください。

一方、トルーマンの日記と妻への手紙は非公開を前提としていますし、他の関係者の証言とも符合しますので、信憑性が高いと思われます。

実際、最近の日米のさまざまな研究によれば、ソ連の宣戦布告が日本降伏の決定的要因となったという見方が強まりつつあるそうです。裏を返せば、あと一週間早くソ連が参戦していれば、原爆の惨禍は避けられたかもしれません。

参考:「原爆神話からの解放(中)−原爆『天佑』説と日本降伏の真実」
   http://www.ops.dti.ne.jp/~heiwa/kimura/columnbn/col0031.htm
   (木村朗国際関係論研究室コラムより)
   http://www.ops.dti.ne.jp/~heiwa/kimura/columnbn/

(アイヌ自治地域の質問については、後ほどお答えします)
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c247.tb.cablenet.ne.jp>

【51】ソ連軍の停戦義務に関しては、無視されるの...
 加藤  - 01/8/5(日) 22:57 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>もう少し私の投稿にきちんと目を通していただきたいのですが、

…と言われても、原文の、

>> ソ連の千島占領について、多くの人が正確なイメージを持っていないのではないでしょうか。
>> 実は私も今回勉強してはじめて知ったのですが、ソ連軍と日本軍が戦火を交えたのは、千島(ク
>>リル)最北端のシュムシュ島のみであり--それも先に砲撃を開始したのは無条件降伏したはずの
>>日本軍であり、戦死者もソ連兵のほうが多かった--、

を読む限り、ソ連側には落ち度は全くなく、抵抗した日本軍が一方的に悪い、と主張されて
いるようにしか、私には読めませんが。

>しかしいずれも偵察・測量を兼ねた小規模なものであり、日本軍の損害は報告されておらず、
>ですから、「前日から長距離攻撃を繰り返し」というのは、表現としてやや大げさかと思います。

 「測量」という行為の目的を理解されて発言されてますか ? 攻撃目標に射撃を命中させる
ために行なうためのものでしょう ? 事実、上陸に先立つ 1:30 から砲撃が再開されているの
ですが、それは無視されるのですか ? また同時に空軍による支援爆撃も行なわれてますけど。

>ただし、ソ連軍が上陸を開始した午前2時は、ソ連現地時間の午前4時です。白夜に近い夏の
>シュムシュ島ではもう早朝と言うべき時刻であって、「深夜」とは言えません。

 村上大隊長は、「軍使が夜中に来ることはない」と判断して戦闘配備を命じていますから、
戦闘開始時の現地の状況が夜だったのは確かだと思いますが。

>「濃霧」にもかかわらず、国端崎から輸送船団や上陸用舟艇を発見することができたのでしょう。

 ソ連軍の発見は、「海上エンジン音多数」と、目では無く「耳で」行なわれています。

 失礼ですが、米津さんが何を主張したいのか分かりません。仮に上陸開始が早朝であった
としても、ソ連軍の上陸は停戦交渉を目的としたものではなく、武力制圧を目的としていた
という事実に変わりはないと思いますが。

>「撃沈、擱坐された船舶は確認しただけでも13隻に達し」(『北東本面陸軍作戦(2)』)という
>記述を読むと、「正当防衛」の範囲を逸脱しているのではないか、と思われます。

 軍事的常識に欠けた発言だと思います。本来、上陸戦闘というのは、敵に対し 10 倍近い
戦力がないと実施出来ない作戦ですから。水際で阻止できなければ、圧倒的な敵に攻撃され
守備側の全滅は必至という状況であり、全力で抵抗するのは当たり前だと思いますが。

>戦闘が拡大し、必要以上の戦死者を出したのは、日本軍側が常々抱いていた対ソ敵愾心が作用
>したことは間違いないでしょう。

 停戦交渉を積極的に行なったのは「日本側」なのですけど…。

 後世の分析で、この上陸作戦は戦力不足なままスターリンが強行させた無謀な作戦と見な
されており、実際上陸したソ連軍は日本軍の反撃で全滅寸前にまで追い込まれています。
ところが、相手を全滅寸前にまで追い込んだのにも関わらず、日本軍守備隊は軍本部からの
命令に従い、停戦交渉を「日本側から」開始しているのですよ。ちなみに、ソ連軍は連合軍
のマッカーサー司令部からの停戦命令を無視しています。

 停戦成立時、ソ連軍指揮官は「(交渉中に)日本軍が総攻撃をしてこなかったことに感謝する」
とまで語っているようですが (世界文化社 マッカーサーの日本占領 p96)。
 もし守備隊のソ連への敵愾心が強ければ、停戦交渉などせず、全滅させていたでしょう。


>もちろん私も「ソ連軍の行動が紳士的だった」などとは言っておりません。

 米津さんがソ連軍の行動を非難されたことはほとんど無いのでは ?

>例えば『北東方面陸軍作戦(2)』によれば、8月16日午後にいたっても「南樺太を死守せよ」
>との方面軍の命令の下、

 前提条件を削って投稿されたのは意図的ですか ? 「ソ連軍をその場で停戦させ、ソ連軍が前進
を続けるならば自衛戦闘により南部樺太を死守せよ」という命令のはずですが。同時に停戦交渉
に向かっていますから、ソ連軍が停戦に応じれば戦闘は起きなかったのではありませんか ?

>ポツダム宣言はサハリンの放棄と日本軍の武装解除をうたっているのですから、「南樺太死守」を
>目的とした日本軍の軍事行動は、明らかに宣言に違反します。

 ポツダム宣言 & カイロ宣言は、満州・台湾・朝鮮半島・南太平洋上の日本の信託統治領に
関してはともかく、サハリンおよび千島列島の処遇に関しては、一言も触れていませんが。
ヤルタ秘密協定と勘違いされていませんか ?

>停戦交渉の不調も、日本軍があくまで武装解除を拒んだことが一つの要因でしょう。

 一連の議論を通じて感じたのですが、米津さんは重大なことを忘れていらっしゃる
ようです。日本が降伏した以上、停戦する義務は日本軍だけでなく、ソ連軍の方にも
あるはずなんですが、それを全く想定されていないのは何故ですか ?
 連合軍最高司令マッカーサーは、8/15 に全軍に対し停止命令を出しているのですけど。
ソ連は 8/12 にマッカーサーを対日連合軍最高司令官とすることに同意しているのにも
かかわらず、その停戦命令も命令違反への抗議も拒否していますが、どう思われます ?

 元々、南樺太や千島列島はもちろん、満州すらソ連が攻撃してくるまで大戦中に戦場には
なっていませんし、攻撃開始したのも、戦力が圧倒的に優勢な方もソ連軍であり、停戦に
応じる責任はソ連側の方が重いでしょう。
 中立的に見れば、日本軍よりも連合軍の停戦命令を無視しているソ連軍に非があるのは
明らかだと思いますが、何故米津さんはソ連の暴挙を弁護されるのでしょうか。

>「北海道占領」を持ち出したのは千島占領を確実なものにするためのアメリカとの取引材料であり、
>シュムシュ島の抵抗は関係ないでしょう。

 極東ソ連軍司令、ワシレフスキー元帥は千島侵攻が始まった 8/18 に、 9/1 までに北海道
北部の占領をするよう命令を出しているのですけど…。占守島の抵抗等により、千島列島の
占領すら、9/3 にまで遅れ、9/2 に日本の降伏が正式に成立したために、断念されてますが。
 南樺太の停戦協定が不調に終わったのも、北海道上陸の前進基地とする大泊港の早期制圧
が命令されていたから、という見方もあるくらいですよ ?

 占守島での被害および日程遅れがなければ、米軍が展開する前にソ連軍が北海道に上陸し、
占領を既成事実化した可能性は高いと思いますが。元々、スターリンが不十分な戦力で無理
矢理千島列島を武力制圧させ、停戦命令に逆らってまで占領したのは、ヤルタ協定に法的
拘束力が無いことを見越して、領土割譲を既成事実化するためでしょうし。

 ちなみに、ポツダム会談では米ソの作戦境界ラインは、幌延島と温禰古丹島の間に設定されて
おり、強引な占領行為が無かった場合、千島列島のソ連への割譲密約は反古にされた可能性が
高いと私は思います。


>日本がアメリカの一国占領になった引き換えに朝鮮が分割占領されたこと、

 引き換え、というのは初耳ですが。ソ連の朝鮮半島侵攻はヤルタ協定違反 (ソ連に満州、遼東
半島の権益復活は認めるが、朝鮮は独立させる) だとばかり思っていましたが、具体的な米ソの
合意文書でもあるのですか ?

>アメリカは沖縄を日本から切り離して27年にわたって分割統治し、
>いまだに沖縄戦当時に軍事占領した基地に居座り続けていることも、付け加えておくべきでしょう。

 米津さんはサンフランシスコ条約絶対派だったのでは ? あの条約に従えば、日本政府は基地
撤去どころかアメリカへの沖縄割譲にも文句言えないはずですが。アメリカの沖縄統治と、ソ連
の千島列島支配は条約上、ほとんど差はなく、むしろアメリカによる管理を明言している分、
沖縄統治の方が正統性あるはずです。
 サンフランスシスコ条約に基づいて、ソ連の千島列島占領を擁護される米津さんが、どうして
アメリカの沖縄統治に不満を表明されるのでしょう ?

>「ソ連国籍取得」は条件にされておりません。日本国籍のままで居住し続けた人もいますし、

 「スターリンの捕虜たち」(北海道新聞社 ヴィクトル・カルポフ著) によれば、南樺太
の住民 469 名 (抑留された住民 30万人の 0.16%) が国籍変更を求めたとあり、それ以外
の記述はありませんが…。日本国籍のまま居住した人というのは、何名いたのでしょうか。

>喪失財産は、千島を放棄を決定した日本政府が補償すべきものですし、

 なるほど。米津さんは、個人補償より既存の条約が優先されるという立場なのですね。
それにしても、持ち出せない固定資産はともかく、現金財産まで全て奪ったことについて
は、どうお考えですか ?

>という見方が強まりつつあるそうです。裏を返せば、あと一週間早くソ連が参戦していれば、
>原爆の惨禍は避けられたかもしれません。

 ソ連参戦による被害を軽視されていませんか ?
概算ですが、戦死者 8 万人、民間人の死傷者 18 万人、シベリア抑留の未帰還者
10万人… 国際公約違反の強制労働従事者軍属 60 万人、満州・樺太に抑留された
民間人 180 万人… 死者数だけでも原爆被害に匹敵する規模だと思いますが。

 中立条約を破り、奇襲を行ない (対日宣戦布告は日本政府に届いてません)、連合軍
の停戦命令には従わずに戦火を拡大し、民間人を虐殺、略奪、抑留し、不当に捕虜を
強制労働に従事させ、満州から旧日本の資産を根こそぎ奪って中華民国からすら非難
されたソ連軍の行為について、米津さんは何も感じないのでしょうか…。
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-221.kw.jp.prserv.net>

【53】NHK その時歴史は動いた より
 加藤  - 01/8/11(土) 19:32 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>日本がアメリカの一国占領になった引き換えに朝鮮が分割占領されたこと、

 先日、NHK の「その時歴史は動いた」で、ポツダム会談を二週連続で扱って
いました。番組内でポツダム会談で定められた米ソの作戦行動範囲が地図上に
示されていましたが、ソ連の大陸での活動範囲は満州までであり、朝鮮半島に
まで南下した行為は明らかにポツダム会談の合意違反といえます。

 アメリカは連合国軍最高司令官命令第一号にて 38度線による朝鮮半島の分割
占領を認めましたが、これはソ連による占領の現状を追認しつつ、半島全域の
占領を阻止しようとしたものにすぎず、当初から分割占領することで合意して
いた訳ではないでしょう。

>>>ソ連の対日参戦はアメリカの強い要請によるものであって、「膨張主義」ゆえでは
>>>ありません。もともとソ連は対日参戦に消極的でした。

>しかしソ連のいち早い参戦を望んだのは、やはりアメリカの側でした。
>トルーマンの「ポツダム日記」(79年発見)には、
  (中略)
>トルーマンがソ連の参戦に強い期待を抱いていたことが分かります。(アエラ95年8月7日号) 

 それらの日記の記述の日付けが何月何日なのかは知りませんが、ヨーロッパの
戦後処理をめぐっての意見対立、および原爆完成で、もはやソ連の対日参戦は不要
になったとアメリカは判断していた、という見方が一般的だと思いましたが…。

 現に、ポツダム宣言はソ連を無視して米英中の三カ国で勝手に行なわれてい
ますし、米英による正式な参戦要求はついになされず、ソ連の対日開戦の時期
についても蒋介石政権との合意を得てから と釘を刺される始末で(日ソの主戦場
が満州になる以上、当然とは言えますが) 、とても米英がソ連の参戦を歓迎して
いたとは言えない状況でしょう。

 結局、この蒋介石政権との合意はなされないまま、スターリンは対日参戦に
踏み切る訳ですが、米英にはもはや不要と判断され、当事者である中華民国との
合意も不十分なまま強行されたソ連の対日参戦が、連合国からの強い要請により
行なわれたものだ、と強弁するのは無理ではないでしょうか ?

 また、占領後のソ連は満州および朝鮮半島北部から大量の物資、財産、施設
を強奪しており(北朝鮮では飢餓状態になり、暴動すら発生しています)、ソ連
の参戦が利権・利益目当てだったと言われても仕方ないと思うのですが…。
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-33.kw.jp.prserv.net>

【56】ポツダム宣言はサハリンの放棄を定めていま...
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/12(日) 23:19 -

引用なし
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   多忙ゆえ返答が遅れました。

▼加藤さん:
>を読む限り、ソ連側には落ち度は全くなく、抵抗した日本軍が一方的に悪い、と主張されて
>いるようにしか、私には読めませんが。

まず、私の投稿の目的はをまとめておきましょう。

ひとことで言えば、「ソ連=加害者、日本=被害者」という視点からソ連の参戦と千島・サハリン領有を非難するのは、第二次大戦の歴史的意味を見失った短絡思考であり、そのような視点からどれだけ「北方四島の返還」を訴えても、ロシアはもちろん、国際的になんら説得力を持たない、ということです。

ソ連の参戦は、英・米の要請に基づくものであり、中国や朝鮮の人民も望んでいたものであって、日本帝国主義が世界を相手に無謀な戦争を起こした結果のひとつなのです。確かに「無謀」なソ連の軍事行動も、それ単独としてあったわけでなく、戦後の世界秩序を米ソの政治的角逐の一つの現れなのであって、アメリカの対日作戦や対ソ政策と切り離して、それだけを切り取って非難することは、世界史の大きな流れを見失うことになります。その裏には当然、国民の命よりも天皇制を死守したい日本の支配者層・軍部の動きも影響を与えているわけです。

ひたすらソ連の軍事行動を非難する加藤さんのような主張は、日本やアメリカの支配層の立場には耳に心地よいかも知れませんが、世界の現実を見るという点からは、まったく不十分だと考えます。

そうした世界史的な流れを念頭において考えるとき、(日本の当局者も「固有領土」という認識のなかった)シュムシュ島や南サハリンや「満州」の日本軍がいったい何を守ろうとしていたのか、見えてくるのではないでしょうか?


>>ポツダム宣言はサハリンの放棄と日本軍の武装解除をうたっているのですから、「南樺太死守」を
>>目的とした日本軍の軍事行動は、明らかに宣言に違反します。
>
> ポツダム宣言 & カイロ宣言は、満州・台湾・朝鮮半島・南太平洋上の日本の信託統治領に
>関してはともかく、サハリンおよび千島列島の処遇に関しては、一言も触れていませんが。
>ヤルタ秘密協定と勘違いされていませんか ?

もう一度カイロ宣言、ポツダム宣言を読み返してください。

・カイロ宣言(現代語訳)から。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1943Cairo.html
   右の同盟国の目的は、日本国から、1914年の第一次世界戦争の開始以後において
  日本国が奪取し又は占領した太平洋における一切の島しょを剥奪すること、並びに
  満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国
  に返還することにある。
   日本国はまた、暴力及び貪欲により日本国が略取した他の一切の地域から駆逐さ
  れなければならない。

・ポツダム宣言(現代語訳)から。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Potsdam.html
   カイロ宣言の条項は履行され、また、日本国の主権は本州、北海道、九州及び四
  国並びにわれらが決定する諸小島に局限される。

サハリンは日露戦争で「暴力」によって日本がロシアから「略取」した地域であり、面積からいって「諸小島」には到底あたりません。つまりカイロ宣言とポツダム宣言は日本のサハリン放棄を決定しています。

また日本が敗戦に先立ってソ連に和平仲介を依頼した際に準備した降伏案にも、固有本土の解釈として「最下限沖縄、小笠原島、樺太を捨て、千島は南半部を保有する程度とすること」とあり、日本自身もサハリンと千島北部の放棄は止むなしと考えていたことが分かります。

さらにいえば、ポツダム宣言は日本軍の「無条件降伏」を定めているのですから、たとえそこが「固有本土」であっても、宣言を受諾した時点で、軍の組織的抵抗はもはや許されないわけです。

連合国の大きな意図としては、日本が再び軍事大国にならないよう、その領域を日清戦争前に押しとどめることと、日本軍の完全無力化にあったわけで、それは日本国憲法とサンフランシスコ平和条約まで引き継がれています。


> 仮に上陸開始が早朝であった
>としても、ソ連軍の上陸は停戦交渉を目的としたものではなく、武力制圧を目的としていた
>という事実に変わりはないと思いますが。

そうですか? 加藤さんも認めるように、確かにソ連は「戦力不足なまま」「無謀な作戦」を強行したのですが、それは「武力制圧」という目的と矛盾するのではないですか。もう少し大きな目的があったのではないでしょうか。 


> 占守島での被害および日程遅れがなければ、米軍が展開する前にソ連軍が北海道に上陸し、
>占領を既成事実化した可能性は高いと思いますが。元々、スターリンが不十分な戦力で無理
>矢理千島列島を武力制圧させ、停戦命令に逆らってまで占領したのは、ヤルタ協定に法的
>拘束力が無いことを見越して、領土割譲を既成事実化するためでしょうし。

話の流れが違っているようですね。スターリンが北海道北部をソ連軍の占領地域に入れるとの提案を行ったのは、8月15日にトルーマンの「一般命令第一号」案を受けてからのことですよ。

そのトルーマンの「一般命令第一号」案には「ソ連軍に対して日本軍が降伏すべき地域」のリストからクリル諸島が抜け落ちていました。そのことがスターリンの怒りをよび、それが千島への「無謀な作戦」と北海道北部占領の提案につながったのです。

アメリカがソ連の千島領有を約束どおり保障していれば、ソ連は「不十分な戦力で無理矢理千島列島を武力制圧」する必要もなかったし、北海道占領を提案する必要もなかったのでは?

ソ連から見れば、そのようにアメリカからコケにされている時点で、マッカーサーの停戦命令におめおめと従えるか、という感じでしょうね。


> ちなみに、ポツダム会談では米ソの作戦境界ラインは、幌延島と温禰古丹島の間に設定されて
>おり、強引な占領行為が無かった場合、千島列島のソ連への割譲密約は反古にされた可能性が
>高いと私は思います。

スターリンも加藤さんと同じことを考えていたのでしょうね。

つまり、アメリカは日本を早期に降伏させて米軍の犠牲を減らすためにソ連の参戦を要請した。そのエサとして千島をソ連に与えることを約束した。しかし原爆を開発して強気になったアメリカは、戦後の世界秩序での優位を狙ってソ連との協調姿勢を転換させ、当初の約束を反故にしようとした。それがソ連の不信感を生み出し、無謀な軍事行動に走らせ、死ななくてもいい人たちが死んだ、ということです。


> 米津さんはサンフランシスコ条約絶対派だったのでは ?

違いますよ。あとで説明しますが。


>あの条約に従えば、日本政府は基地
>撤去どころかアメリカへの沖縄割譲にも文句言えないはずですが。アメリカの沖縄統治と、ソ連
>の千島列島支配は条約上、ほとんど差はなく、むしろアメリカによる管理を明言している分、
>沖縄統治の方が正統性あるはずです。

アメリカの沖縄統治はカイロでもヤルタでもポツダムでも話題に出ず、サ条約でいきなり持ち出されたものです。条約上の差も明らかです。ましてや「割譲」など定めていません。

アメリカは沖縄統治になんら正当性が見出せなかったがゆえに、「国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する」という回りくどい文言を挿入したのです。

http://list.room.ne.jp/~lawtext/1952T005.html
 第二条【領土権の放棄】
   (c)日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果
  として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原
  及び請求権を放棄する。

 第三条【信託統治】
   日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦(そ
  ふ)岩の南の南方諸島(小笠原群島、西ノ島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び
  南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対
  する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、
  合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権
  力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。

それから、私もサンフランシスコ平和条約が「絶対」だと思っているわけではなく、そこに様々な問題点があることは認識していますよ。例えば、自由主義諸国との片面講和であった点、日本の侵略の直接の被害者であった朝鮮と中国が当事者になっていない点など。ただ、日本があの時点で千島を放棄し、それと引き替えに「独立」と「平和」を手に入れたという歴史的事実は認めなくてはならない、と言っているのです。

(朝鮮分割その他の論点については、別項で説明します。)
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c226.tf.cablenet.ne.jp>

【61】アメリカに責任転嫁されても…
 加藤  - 01/8/16(木) 3:07 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>ソ連の参戦は、英・米の要請に基づくものであり、

 別記事にも書きましたが、ポツダム会談中から英米はソ連参戦をもはや歓迎
していなかったと思います。

>中国や朝鮮の人民も望んでいたものであって、

蒋介石政権も正式な参戦要請は出してませんが…。
その後のソ連軍による満州および北朝鮮での略奪行為を考えると安易に
「人民が望んだ」という表現は使わない方がよいと思いますけど。

>もう一度カイロ宣言、ポツダム宣言を読み返してください。

 読み返すも何も、カイロ宣言はもちろんポツダム宣言にも、ソ連は参加してない
のですから (ポツダム宣言も米英中の三カ国名義で行なわれている)、その記述に
サハリンが含まれていると解釈するのは、当時の日本政府には想定外でしょうし、
現在においても苦しい見解だと思います。
 ポツダム宣言発表時にソ連の参加が公表されていれば別でしょうが。

>さらにいえば、ポツダム宣言は日本軍の「無条件降伏」を定めているのですから、
>たとえそこが「固有本土」であっても、宣言を受諾した時点で、軍の組織的抵抗
>はもはや許されないわけです。

 前回も書きましたが、日本が受託を公表した時点で、ソ連軍にも停戦義務があるのです。
米津さんは米ソの占領政策の主導権争いから、ソ連が停戦交渉せずに攻勢を続けたと解釈
されてるようですが、それでソ連の行動が正当化できるわけでも、アメリカに責任転嫁
できるわけでもないでしょう。

>そうですか? 加藤さんも認めるように、確かにソ連は「戦力不足なまま」
>「無謀な作戦」を強行したのですが、それは「武力制圧」という目的と矛盾
>するのではないですか。

 独裁者スターリンが無茶な作戦を強行させるのは珍しいことではありませんし、関東軍の
脆さから日本軍は弱い、と過小評価した可能性が高いと思います。
 余談ですが、当初ソ連は必要な戦力整備の必要上から開戦を 8/22 以降に予定していた
くらいですから、関東軍の弱さは嬉しい誤算だったことでしょう。

>そのトルーマンの「一般命令第一号」案には「ソ連軍に対して日本軍が降伏すべき
>地域」のリストからクリル諸島が抜け落ちていました。そのことがスターリンの
>怒りをよび、それが千島への「無謀な作戦」と北海道北部占領の提案につながった
>のです。

 米ソの作戦行動範囲は、ポツダム会談で合意済みだったのですから、スターリンが怒る
筋合いのものではありませんが… 怒った、というのは米津さんの想像ですか ?

>アメリカがソ連の千島領有を約束どおり保障していれば、ソ連は「不十分な戦力で
>無理矢理千島列島を武力制圧」する必要もなかったし、北海道占領を提案する必要
>もなかったのでは?
>ソ連から見れば、そのようにアメリカからコケにされている時点で、

 トルーマンはスターリンに即日回答して、千島列島のソ連による占領を認めてますよ。
アメリカの命令書はポツダム会談の合意に基づく内容ですし、ソ連の「新たな要請」にも
即日回答しているのですから、コケにするどころか、十分誠意ある態度だと思います。
 何をもって米津さんは「ソ連はコケにされた」と判断されているのでしょう ?

>マッカーサーの停戦命令におめおめと
>従えるか、という感じでしょうね。

 全く理由になって無いと思いますが…。不当な行為であったことは認めるのですか ?

>つまり、アメリカは日本を早期に降伏させて米軍の犠牲を減らすためにソ連の参戦
>を要請した。そのエサとして千島をソ連に与えることを約束した。しかし原爆を
>開発して強気になったアメリカは、戦後の世界秩序での優位を狙ってソ連との協調
>姿勢を転換させ、当初の約束を反故にしようとした。

 さして異論はありませんが、これだとソ連の参戦は、千島・樺太に対する領土的野心に
基づくことになりますし、ソ連の対日参戦は英米からの要請を受けた「国際協力」という
米津さんの主張は成り立たなくなると思いますけど… いいんですか ?

>それがソ連の不信感を生み出し、無謀な軍事行動に走らせ、死ななくてもいい人
>たちが死んだ、ということです。

 ヨーロッパ戦線においてアメリカの支援が無ければ、ソ連はナチスに負けていたかも
しれないのですから、状況の推移により、以前の合意が多少崩れても文句言える立場では
ないと思いますけど。
 アメリカにしてみれば、ソ連には「恩を仇で返された」としか言えない状況でしょう。
米津さんは、ソ連の方が「正しい」と判断されているのですか ?

>アメリカの沖縄統治はカイロでもヤルタでもポツダムでも話題に出ず、サ条約で
>いきなり持ち出されたものです。

 米津さんのポツダム宣言の解釈なら、沖縄は「面積からいって「諸小島」には到底あたりません。」
と主張出来ると思いますが。
 また上記した通り、私はカイロ・ポツダム宣言に樺太・千島放棄は明記されていない、
と解釈しているので、サ条約で「いきなり持ち出された」のは両方同じだと思います。

>条約上の差も明らかです。ましてや「割譲」など定めていません。

 段階を踏めば譲渡も可能でしょう。ハワイの様に信託統治領から併合された例もある
のですから。そして、それに対して条約上、日本政府は何の異義もできないはずです。

>アメリカは沖縄統治になんら正当性が見出せなかったがゆえに、

 アメリカと勝手に決めた千島占領の正統性は認めて、沖縄統治に正統性がないと
いうのは、どーいう理屈なんですか ? 米津さんの「正統性の根拠」とは何に由来
するものなのでしょうか。

>日本の侵略の直接の被害者であった朝鮮と中国が当事者になっていない点など。

 これは両国が内戦状態で正統政府が定まってなかったので仕方ないでしょう。

>ただ、日本があの時点で千島を放棄し、それと引き替えに「独立」と「平和」を手に入れた
>という歴史的事実は認めなくてはならない、と言っているのです。

 調印に当たっては、吉田首相が千島列島の領有権の推移および北方領土が日本
固有の領土であると演説してますから、将来の見直しを期待していたとは言えると
思います。結局は、アメリカが沖縄を返還してくれたような誠意を、ロシアに期待
するのは無理、ということなのですかね ?
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【78】ソ連対日参戦は「連合国の義務」。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/21(火) 7:25 -

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   ▼加藤さん:
> 別記事にも書きましたが、ポツダム会談中から英米はソ連参戦をもはや歓迎
>していなかったと思います。

ここではポツダム会談の時点でソ連参戦がどう取り扱われていたかを中心に反論します。

加藤さんはいまだに、ソ連の対日参戦はいわゆる「火事場泥棒」であり、ソ連は日本に対して一方的な加害者である、という図式に固執しているように思われます。

まあ、「第三の琉球処分」とも言われる“核”密約付きの沖縄「返還」=沖縄の永久基地化を、アメリカの「誠意」とまでおっしゃる加藤さんのことですから、千島のソ連引き渡しにおいて米ソが「共犯」だったと認めたくない気持ちもわかるような気がしますが、ソ連参戦が連合国の対日作戦の一部だったという歴史的事実を無視してはなりません。加藤さんご自身も「米ソの作戦行動範囲は、ポツダム会談で合意済み」とおっしゃっているではありませんか? 

原爆を手にしたトルーマン政権がヤルタ会談の見直し(ソ連の対日影響力の縮小)を図ろうとしていたことは確かでしょう。しかし、ポツダム会談の場においてもなお、米英の首脳・軍当局は、ソ連の参戦・「満州」への進撃が日本の早期降伏に決定的影響をもたらすことを認識し、それを希望していたことは事実なのです。例えばトルーマンはその回顧録でポツダム会談の目的についてこう書いています。

  ポツダムに私が行った理由は、多くある。しかしもっとも重要な理由は、ソ連から
 自ら対日参戦の確約を得ること、すなわち米軍首脳が狙っていたことである。
 (『トルーマン回顧録1』トルーマン著、76年、恒文社、 292頁)

  中国に大兵を入れて日本軍を中国本土より追い払うよりも、私の希望は常に十分な
 ソ連兵力を満州(ママ)に入れ、日本軍を追い出すことにあった。それがこの際できる唯
 一の道である。(同226頁)

7月24日、トルーマンとチャーチルは「ソ連の対日参戦を奨励する。ソ連の軍事能力向上のため援助をおこなう」と明記された米英合同参謀本部の対日戦最終案を承認し、ソ連の伝えます。事実、アメリカは日本降伏までソ連に武器や鉄道関連設備を送り続け、1941年からの援助総額は110億ドルに達しました。

さらにトルーマンは、連合軍からの正式な対日参戦要請を求めるソ連側に対して、「1943年10月、モスクワ(終戦後の国連設置を決めた中ソ英米代表によるモスクワ宣言のこと)においてソ連が引き受け、また最近の国連憲章からしてソ連が参戦する義務のあることは明白」とも言っています。(『ポツダム会談』チャールズ・ミー、徳間書店、75年など)

つまりソ連の対日参戦は、終戦後に発足されることが合意されていた「国連」の一員としての義務とみなされていたのであり、ポツダムで確認された連合軍の対日共同作戦の一環でした。それゆえソ連の対日宣戦布告文には「連合国の義務」という表現が使われているわけです。

それでもなお、ソ連の千島領有は領土拡大を禁じたカイロ宣言に反するではないか、という見解もありましょう。私もソ連の千島領有には法的瑕疵があると考えていますし、南千島をアイヌの先住権を認めた自治区域とすべきだという主張をしています。

しかし、そもそも千島列島のソ連領有も、ヤルタ協定以前の43年秋に、ローズヴェルト自身が、戦後日本の脅威を少なくし、ソ連の安全保障上の必要に理解を示して、「実質的にソ連に引き渡されるべきである」と考えていたものだったのです。(五百旗頭『米国の日本占領政策・上』)

ですから、北方四島のソ連・ロシア領有が不当だというのなら、ソ連の対日参戦だけを問題にしても説得力はないのです。ソ連に参戦を強く求め、千島の引渡しを認めたアメリカ、ひいては連合国=国連のあり方も同時に問題にすべきでしょうね。ただしその前に、世界を敵に回して無謀かつ残虐な戦争をはじめた日本の責任を問われてしまうでしょうけど。

つまり、北方四島の問題を考えるにあたって、どうやって二度とそのような悲惨を起こさないような日本・世界を作るか、という発想が必要なのだと思います。
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【83】ソ連の朝鮮占領が合意違反?
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/22(水) 2:18 -

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   ▼加藤さん:
> 先日、NHK の「その時歴史は動いた」で、ポツダム会談を二週連続で扱って
>いました。番組内でポツダム会談で定められた米ソの作戦行動範囲が地図上に
>示されていましたが、ソ連の大陸での活動範囲は満州までであり、朝鮮半島に
>まで南下した行為は明らかにポツダム会談の合意違反といえます。
> 先日、NHK の「その時歴史は動いた」で、ポツダム会談を二週連続で扱って
>いました。番組内でポツダム会談で定められた米ソの作戦行動範囲が地図上に
>示されていましたが、ソ連の大陸での活動範囲は満州までであり、朝鮮半島に
>まで南下した行為は明らかにポツダム会談の合意違反といえます。

その番組を見ていませんので、番組内容にはコメントできないのですが、「合意違反」というのはNHKの説明でしょうか? それとも地図を見た加藤さんがご自分で「合意違反」と判断されたのでしょうか? アメリカもソ連の朝鮮北部占領を「合意違反」などと言ったことはないはずですが。
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【84】Re(1):ソ連の朝鮮占領が合意違反?
 加藤  - 01/8/22(水) 2:59 -

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   ▼米津 篤八さん:
>▼加藤さん:
>> 先日、NHK の「その時歴史は動いた」で、ポツダム会談を二週連続で扱って
>>いました。番組内でポツダム会談で定められた米ソの作戦行動範囲が地図上に
>>示されていましたが、ソ連の大陸での活動範囲は満州までであり、朝鮮半島に
>>まで南下した行為は明らかにポツダム会談の合意違反といえます。

>その番組を見ていませんので、番組内容にはコメントできないのですが、「合意違反」というのはNHKの説明でしょうか? それとも地図を見た加藤さんがご自分で「合意違反」と判断されたのでしょうか?

 地図に図示された作戦行動範囲境界線を見た、私の判断です。

> アメリカもソ連の朝鮮北部占領を「合意違反」などと言ったことはないはずですが。

 米津さんは合意した作戦範囲を越えた行動を、何と呼ぶのですか ?
後に追認したとしても (連合軍最高司令官命令第一号) 、その行動自体は
「合意違反」と言われても仕方ないと思いますが。
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【89】アメリカも望んでいたソ連の朝鮮解放。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/23(木) 4:02 -

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   ▼加藤さん:
>> アメリカもソ連の朝鮮北部占領を「合意違反」などと言ったことはないはずですが。
>
> 米津さんは合意した作戦範囲を越えた行動を、何と呼ぶのですか ?
>後に追認したとしても (連合軍最高司令官命令第一号) 、その行動自体は
>「合意違反」と言われても仕方ないと思いますが。

45年7月24日に開かれた米英ソ軍事会談で、ソ連側は朝鮮での米ソ共同作戦の可能性を打診しましたが、米陸軍参謀総長マーシャルは「アメリカ側には朝鮮に対する上陸作戦に廻しうるほど、攻撃船艇に余裕がなく、対朝鮮作戦の可能性は九州上陸が終わったあとでないと決められない」と返答します。

ポツダム会談当時、日本の降伏は1946年の秋と見つもられており、米ソ両国、特に45年11月に九州上陸を予定していたアメリカにとって、朝鮮はまだ先の課題でした。つまり朝鮮がポツダム会談で作戦範囲に含まれなかったのは、「占領しない」という合意があったからではなく、単に決定が後回しになっていただけのことです。

アメリカ軍部は一夜にして日本が崩壊するだろうとは予想もしていませんでした。アメリカ側は日本上陸作戦の遂行のためにも関東軍を中ソ国境に引き付けておく必要がありました。また関東軍の能力を高く評価していたアメリカは、朝鮮と「満州」に対する侵攻作戦には日本上陸作戦以上の困難を予想していたようです。したがってアメリカは、より少ない犠牲で日本を負かすためにも、ソ連による朝鮮占領を(積極的であれ消極的であれ)望んでいました。その点をアメリカの歴史学者ブルース・カミングスは次のように実証しています。

  ……ポツダム会談の記録を検討すれば、アメリカ軍の参謀たちは日本に対する軍事
 作戦にはソ連の参戦が必要だという点において全く見解が一致していたのが分かる。
 機密文献の中の一つは「アジア大陸における掃討作戦に関して言うならば、満州(も
 し必要があれば朝鮮)におけるジャップの一掃はこれをロシア人に任せるというのを
 目標とすべきである」とも述べている。(『朝鮮戦争の起源・第一巻』B・カミング
 ス、鄭敬謨/林哲訳、シアレヒム社、89年、177頁)

  ……(ポツダム会談の)数ヶ月前、マッカーサーはソ連が対日戦に参加した場合の
 結果について次のように述べている。ソ連は「満州・朝鮮の全域と、恐らく華北の一
 部をもその支配下に収めることを望むだろう。このような領土の占拠は避けられない。
 しかしアメリカは、もしロシアがこれだけの報酬を得たいと望むなら、一日も早く満
 州に対する侵攻作戦を開始することによってその代価を支払うよう、主張しなくては
 ならない」(同上、178頁)

一方ソ連も、ポツダムでアントーノフ陸軍参謀総長が極東地区でのソ連の目標を、「満州にある日本軍を消滅させることと、遼東半島を占領すること」と述べていることから分かるように、関東軍がそれほど早く壊走するとは考えておらず、朝鮮の占領は想定外のことだったようです。

つまりポツダム会談における作戦行動範囲とは、あくまで日本が46年秋まで持ちこたえ、アメリカの日本上陸作戦が行われるとの予測の上で、米ソの軍事協力のために引かれた実用上の取り決めであって、敵(日本)の状況にしたがってフレキシブルに対応しなくては、戦争の遂行はままなりません。

関東軍が敗走した時点で、朝鮮を目前に足を止めることは、みすみす敵(日本)に反撃のチャンスを与えることにもなりかねません。まして朝鮮の解放はすでにカイロ宣言で約束されていることなのですから、連合国の一員たるソ連には、朝鮮から日本を駆逐しない理由は何一つありません。

ポツダム会談の当事者であるアメリカでさえ認めていたソ連の朝鮮占領を、「ポツダム会談の合意違反」と非難するのは、ソ連の対日参戦を単に領土拡張欲にかられた「火事場泥棒」にすぎないとする偏見からくるこじ付けと言っていいでしょう。
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【103】当事国の賛意を得てない参戦は義務とは言え...
 加藤  - 01/8/26(日) 2:59 -

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   ▼米津 篤八さん:
>まあ、「第三の琉球処分」とも言われる“核”密約付きの沖縄「返還」=沖縄の永久基地化を、

 その密約には、具体的な証拠があるのですか ? それとも米津さん個人の思い込みでしょうか。

>アメリカの「誠意」とまでおっしゃる加藤さんのことですから、

 基地付きとは言え、返還されただけマシでしょう。米津さんは沖縄はアメリカ領に
なった方が良かったと思われてるのですか ?
 沖縄を返還したアメリカと、法的根拠のない占領を続け、住民を追い出し領土の返還
に応じないソ連。比較してアメリカに誠意を感じて当たり前だと思いますけど。

>千島のソ連引き渡しにおいて米ソが「共犯」だったと認めたくない気持ちもわかるような気がしますが、

 別に米ソの密約を否定なぞしていませんよ。ただ、密約はしょせん密約。
何の領土支配の根拠にはならないはずですが。アメリカもイギリスもヤルタ会談の
法的正統性なんて認めていませんよ。米津さんの評価は違うのですか ?

>原爆を手にしたトルーマン政権がヤルタ会談の見直し(ソ連の対日影響力の縮小)を図ろうと
>していたことは確かでしょう。しかし、ポツダム会談の場においてもなお、米英の首脳・軍当局は、
>ソ連の参戦・「満州」への進撃が日本の早期降伏に決定的影響をもたらすことを認識し、それを希望
>していたことは事実なのです。

 それならば、何故ポツダム宣言からソ連を外したのですか ?
また、ソ連参戦に当たっては、満州の当事者である「蒋介石政権との合意」を前提にして
いますし、米英も念を押しているはずですが ?
結局スターリンは合意を得ないまま「開戦」していますけど、当事国の賛意を得ない開戦
について、米津さんはどう思われます ?
 それともソ連が開戦したければ、中国の意志など、どーでもよいのでしょうか ?

>例えばトルーマンはその回顧録でポツダム会談の目的についてこう書いています。

 こんなことも回想録には書いてますけどね。
スターリンの連合国への参戦要請に対し
「ポツダムでソ連が確認したことは、国民党政府との間に話し合いを付けた上で
参戦するということであった。ましてやソ連に対日参戦の理由を供与するように、
米英が義務付けられる条件の如きは存在しないのである」と。

>つまりソ連の対日参戦は、終戦後に発足されることが合意されていた「国連」の一員としての
>義務とみなされていたのであり、

 米津さんは、やたらと国連や連合軍の一員としての義務、とおっしゃりますが、実際の
ソ連の行動はことごとく連合軍の意向・精神を無視しいます。

 ・ヨーロッパ戦線における領土拡大、および千島列島の要求は
   大西洋憲章、カイロ宣言の精神の否定
 ・占領したドイツ、東欧住民の強制労働 (何と 350 万人 !)
 ・8/9 蒋介石政権との合意のないままの参戦
 ・8/10 停戦要請の無視
 ・8/15 マッカーサー司令部の停戦命令無視
 ・作戦境界線を越え朝鮮半島への進撃、分断化
 ・関東軍兵士の強制連行 (ポツダム宣言違反)
 ・満州居住者の保護放棄 (停戦条件違反)
 ・満州、樺太、北朝鮮居住者の抑留
 ・北朝鮮、満州からの略奪
 ・サンフランシスコ講和条約の拒否

思い付くものをざっと挙げただけで、これだけありますね。連合軍の義務として参戦した
のなら連合軍の規則も精神も守って欲しいものですけど。そうしていれば、そもそも北方
領土問題も満州移民者の悲劇も、中国残留孤児の問題も、朝鮮半島の分断も起きなかった
のですから。

>私もソ連の千島領有には法的瑕疵があると考えていますし、南千島をアイヌの先住権を認めた
>自治区域とすべきだという主張をしています。

 何故南千島だけなのですか ? 北千島には先住権は及ばないのでしようか ?
(別に千島全体を日本に返せ、という意味ではありません。少数民族の先住権を主張する
のなら、南千島だけ、というのは中途半端な気がしただけです)

それに、以前記した様に、アイヌ民族は現在日本にしかいないのですから、アイヌ主体
の自治区という提案はロシアにとっては「日本に返せ」と同義にしか受け取られないと
思うのですが、どのような形でロシアに提案されるつもりでしょう ?

>しかし、そもそも千島列島のソ連領有も、ヤルタ協定以前の43年秋に、ローズヴェルト自身が、

 何度も繰り替えしますが、密約には法的拘束力も正統性もありません。

>ですから、北方四島のソ連・ロシア領有が不当だというのなら、ソ連の対日参戦だけを問題に
>しても説得力はないのです。ソ連に参戦を強く求め、千島の引渡しを認めたアメリカ、ひいて

 サンフランシスコ講和条約の時点で、アメリカを代表とする連合国は千島列島と南樺太の
帰属をソ連に認めることはやめてると思うのですが。それ故、ソ連は調印を拒否したのでは
ありませんか ?

>つまり、北方四島の問題を考えるにあたって、どうやって二度とそのような悲惨を起こさない
>ような日本・世界を作るか、という発想が必要なのだと思います。

 カイロ宣言および大西洋憲章は、ベルサイユ体制崩壊の反省から構築されたもので、
それ故、過大な賠償の設定や領土の譲渡を否定しているのですが、その精神について、
米津さんはどう評価されますか ?
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【104】あり得ない反撃なんかで占領を正当化しない...
 加藤  - 01/8/26(日) 3:06 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>アメリカ軍部は一夜にして日本が崩壊するだろうとは予想もしていませんでした。

 関東軍が徹底抗戦した場合の「仮定の話」をいくら重ねても無意味ですし、合意
文書化されてない内部事情など、何の正当化の材料にはならないと思いますが。

>つまりポツダム会談における作戦行動範囲とは、あくまで日本が46年秋まで持ちこたえ、
>アメリカの日本上陸作戦が行われるとの予測の上で、米ソの軍事協力のために引かれた実用上
>の取り決めであって、敵(日本)の状況にしたがってフレキシブルに対応しなくては、戦争の
>遂行はままなりません。

 日本がソ連参戦の翌日 (8/10) に、ポツダム宣言の受託案を発表していることは
御存じですよね ? 米軍はその時点で、もう停戦の準備を始めてますし、ソ連にも
要請を出してますが。
 敵の状況にしたがうのなら、「進撃をやめる」のが適切な行動ではないのですか ?
以前、ソ連軍がマッカーサーの停戦命令を無視して戦火を拡大したことは説明しま
したよね。米津さんは、ソ連軍が停戦命令無視したことを支持されるわけですか ?

>関東軍が敗走した時点で、朝鮮を目前に足を止めることは、みすみす敵(日本)に
>反撃のチャンスを与えることにもなりかねません。

 正気でおっしゃってますか ? 8/15 に降伏の受託と武装解除の声明を日本政府が
出してからは、「自衛戦闘」している部隊以外は停戦しているはずですけど。
関東軍の司令部も 8/18 の時点で停戦に応じてますし、ソ連が本格的に朝鮮半島に
攻め込んだのは、その後ですよ ? いったい日本軍のどの部隊が朝鮮で反撃など
するのでしょうか ?

 そもそも開戦時の状況ですら、ソ連軍は関東軍の実質 10 倍以上と言っていい
戦力を持っていたのですから、反撃出来る戦力など日本軍に残っていませんよ。

 こんな馬鹿げた主張をしてまで、ソ連の行動を正当化したいのですか ?
仮にも、ここは Hanboard ですよ ? ソ連の行動が朝鮮半島の分割の原因になった
ことについて、何とも思わないのですか ?
 ソ連なら何をしてもいい、と正当化する米津さんなら、朝鮮戦争でさえ正当な
行為だ ! と主張されそうだなぁ…。

>連合国の一員たるソ連には、朝鮮から日本を駆逐しない理由は何一つありません。

 連合軍との取り決めを破りまくっているソ連に、連合国の一員を名乗る資格が
あるとは思えませんが。そもそも満州の当事者である中国の同意を結局得ないまま、
ソ連が参戦し、さらに満州および北朝鮮から略奪したことについて、米津さんは、
どうお考えなのですか ? その実態を知れば、とても解放軍などとは呼べないと
思うのですが。
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