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【9】北方四島問題、どう思います? 加藤 01/7/10(火) 23:34

  【51】ソ連軍の停戦義務に関しては、無視されるのですね 加藤 01/8/5(日) 22:57
 ┗ 【56】ポツダム宣言はサハリンの放棄を定めていま... 米津 篤八 01/8/12(日) 23:19
 ┗ 【61】アメリカに責任転嫁されても… 加藤 01/8/16(木) 3:07
 ┗ 【78】ソ連対日参戦は「連合国の義務」。 米津 篤八 01/8/21(火) 7:25
 ┗ 【103】当事国の賛意を得てない参戦は義務とは言えないでしょう 加藤 01/8/26(日) 2:59

【51】ソ連軍の停戦義務に関しては、無視されるの...
 加藤  - 01/8/5(日) 22:57 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>もう少し私の投稿にきちんと目を通していただきたいのですが、

…と言われても、原文の、

>> ソ連の千島占領について、多くの人が正確なイメージを持っていないのではないでしょうか。
>> 実は私も今回勉強してはじめて知ったのですが、ソ連軍と日本軍が戦火を交えたのは、千島(ク
>>リル)最北端のシュムシュ島のみであり--それも先に砲撃を開始したのは無条件降伏したはずの
>>日本軍であり、戦死者もソ連兵のほうが多かった--、

を読む限り、ソ連側には落ち度は全くなく、抵抗した日本軍が一方的に悪い、と主張されて
いるようにしか、私には読めませんが。

>しかしいずれも偵察・測量を兼ねた小規模なものであり、日本軍の損害は報告されておらず、
>ですから、「前日から長距離攻撃を繰り返し」というのは、表現としてやや大げさかと思います。

 「測量」という行為の目的を理解されて発言されてますか ? 攻撃目標に射撃を命中させる
ために行なうためのものでしょう ? 事実、上陸に先立つ 1:30 から砲撃が再開されているの
ですが、それは無視されるのですか ? また同時に空軍による支援爆撃も行なわれてますけど。

>ただし、ソ連軍が上陸を開始した午前2時は、ソ連現地時間の午前4時です。白夜に近い夏の
>シュムシュ島ではもう早朝と言うべき時刻であって、「深夜」とは言えません。

 村上大隊長は、「軍使が夜中に来ることはない」と判断して戦闘配備を命じていますから、
戦闘開始時の現地の状況が夜だったのは確かだと思いますが。

>「濃霧」にもかかわらず、国端崎から輸送船団や上陸用舟艇を発見することができたのでしょう。

 ソ連軍の発見は、「海上エンジン音多数」と、目では無く「耳で」行なわれています。

 失礼ですが、米津さんが何を主張したいのか分かりません。仮に上陸開始が早朝であった
としても、ソ連軍の上陸は停戦交渉を目的としたものではなく、武力制圧を目的としていた
という事実に変わりはないと思いますが。

>「撃沈、擱坐された船舶は確認しただけでも13隻に達し」(『北東本面陸軍作戦(2)』)という
>記述を読むと、「正当防衛」の範囲を逸脱しているのではないか、と思われます。

 軍事的常識に欠けた発言だと思います。本来、上陸戦闘というのは、敵に対し 10 倍近い
戦力がないと実施出来ない作戦ですから。水際で阻止できなければ、圧倒的な敵に攻撃され
守備側の全滅は必至という状況であり、全力で抵抗するのは当たり前だと思いますが。

>戦闘が拡大し、必要以上の戦死者を出したのは、日本軍側が常々抱いていた対ソ敵愾心が作用
>したことは間違いないでしょう。

 停戦交渉を積極的に行なったのは「日本側」なのですけど…。

 後世の分析で、この上陸作戦は戦力不足なままスターリンが強行させた無謀な作戦と見な
されており、実際上陸したソ連軍は日本軍の反撃で全滅寸前にまで追い込まれています。
ところが、相手を全滅寸前にまで追い込んだのにも関わらず、日本軍守備隊は軍本部からの
命令に従い、停戦交渉を「日本側から」開始しているのですよ。ちなみに、ソ連軍は連合軍
のマッカーサー司令部からの停戦命令を無視しています。

 停戦成立時、ソ連軍指揮官は「(交渉中に)日本軍が総攻撃をしてこなかったことに感謝する」
とまで語っているようですが (世界文化社 マッカーサーの日本占領 p96)。
 もし守備隊のソ連への敵愾心が強ければ、停戦交渉などせず、全滅させていたでしょう。


>もちろん私も「ソ連軍の行動が紳士的だった」などとは言っておりません。

 米津さんがソ連軍の行動を非難されたことはほとんど無いのでは ?

>例えば『北東方面陸軍作戦(2)』によれば、8月16日午後にいたっても「南樺太を死守せよ」
>との方面軍の命令の下、

 前提条件を削って投稿されたのは意図的ですか ? 「ソ連軍をその場で停戦させ、ソ連軍が前進
を続けるならば自衛戦闘により南部樺太を死守せよ」という命令のはずですが。同時に停戦交渉
に向かっていますから、ソ連軍が停戦に応じれば戦闘は起きなかったのではありませんか ?

>ポツダム宣言はサハリンの放棄と日本軍の武装解除をうたっているのですから、「南樺太死守」を
>目的とした日本軍の軍事行動は、明らかに宣言に違反します。

 ポツダム宣言 & カイロ宣言は、満州・台湾・朝鮮半島・南太平洋上の日本の信託統治領に
関してはともかく、サハリンおよび千島列島の処遇に関しては、一言も触れていませんが。
ヤルタ秘密協定と勘違いされていませんか ?

>停戦交渉の不調も、日本軍があくまで武装解除を拒んだことが一つの要因でしょう。

 一連の議論を通じて感じたのですが、米津さんは重大なことを忘れていらっしゃる
ようです。日本が降伏した以上、停戦する義務は日本軍だけでなく、ソ連軍の方にも
あるはずなんですが、それを全く想定されていないのは何故ですか ?
 連合軍最高司令マッカーサーは、8/15 に全軍に対し停止命令を出しているのですけど。
ソ連は 8/12 にマッカーサーを対日連合軍最高司令官とすることに同意しているのにも
かかわらず、その停戦命令も命令違反への抗議も拒否していますが、どう思われます ?

 元々、南樺太や千島列島はもちろん、満州すらソ連が攻撃してくるまで大戦中に戦場には
なっていませんし、攻撃開始したのも、戦力が圧倒的に優勢な方もソ連軍であり、停戦に
応じる責任はソ連側の方が重いでしょう。
 中立的に見れば、日本軍よりも連合軍の停戦命令を無視しているソ連軍に非があるのは
明らかだと思いますが、何故米津さんはソ連の暴挙を弁護されるのでしょうか。

>「北海道占領」を持ち出したのは千島占領を確実なものにするためのアメリカとの取引材料であり、
>シュムシュ島の抵抗は関係ないでしょう。

 極東ソ連軍司令、ワシレフスキー元帥は千島侵攻が始まった 8/18 に、 9/1 までに北海道
北部の占領をするよう命令を出しているのですけど…。占守島の抵抗等により、千島列島の
占領すら、9/3 にまで遅れ、9/2 に日本の降伏が正式に成立したために、断念されてますが。
 南樺太の停戦協定が不調に終わったのも、北海道上陸の前進基地とする大泊港の早期制圧
が命令されていたから、という見方もあるくらいですよ ?

 占守島での被害および日程遅れがなければ、米軍が展開する前にソ連軍が北海道に上陸し、
占領を既成事実化した可能性は高いと思いますが。元々、スターリンが不十分な戦力で無理
矢理千島列島を武力制圧させ、停戦命令に逆らってまで占領したのは、ヤルタ協定に法的
拘束力が無いことを見越して、領土割譲を既成事実化するためでしょうし。

 ちなみに、ポツダム会談では米ソの作戦境界ラインは、幌延島と温禰古丹島の間に設定されて
おり、強引な占領行為が無かった場合、千島列島のソ連への割譲密約は反古にされた可能性が
高いと私は思います。


>日本がアメリカの一国占領になった引き換えに朝鮮が分割占領されたこと、

 引き換え、というのは初耳ですが。ソ連の朝鮮半島侵攻はヤルタ協定違反 (ソ連に満州、遼東
半島の権益復活は認めるが、朝鮮は独立させる) だとばかり思っていましたが、具体的な米ソの
合意文書でもあるのですか ?

>アメリカは沖縄を日本から切り離して27年にわたって分割統治し、
>いまだに沖縄戦当時に軍事占領した基地に居座り続けていることも、付け加えておくべきでしょう。

 米津さんはサンフランシスコ条約絶対派だったのでは ? あの条約に従えば、日本政府は基地
撤去どころかアメリカへの沖縄割譲にも文句言えないはずですが。アメリカの沖縄統治と、ソ連
の千島列島支配は条約上、ほとんど差はなく、むしろアメリカによる管理を明言している分、
沖縄統治の方が正統性あるはずです。
 サンフランスシスコ条約に基づいて、ソ連の千島列島占領を擁護される米津さんが、どうして
アメリカの沖縄統治に不満を表明されるのでしょう ?

>「ソ連国籍取得」は条件にされておりません。日本国籍のままで居住し続けた人もいますし、

 「スターリンの捕虜たち」(北海道新聞社 ヴィクトル・カルポフ著) によれば、南樺太
の住民 469 名 (抑留された住民 30万人の 0.16%) が国籍変更を求めたとあり、それ以外
の記述はありませんが…。日本国籍のまま居住した人というのは、何名いたのでしょうか。

>喪失財産は、千島を放棄を決定した日本政府が補償すべきものですし、

 なるほど。米津さんは、個人補償より既存の条約が優先されるという立場なのですね。
それにしても、持ち出せない固定資産はともかく、現金財産まで全て奪ったことについて
は、どうお考えですか ?

>という見方が強まりつつあるそうです。裏を返せば、あと一週間早くソ連が参戦していれば、
>原爆の惨禍は避けられたかもしれません。

 ソ連参戦による被害を軽視されていませんか ?
概算ですが、戦死者 8 万人、民間人の死傷者 18 万人、シベリア抑留の未帰還者
10万人… 国際公約違反の強制労働従事者軍属 60 万人、満州・樺太に抑留された
民間人 180 万人… 死者数だけでも原爆被害に匹敵する規模だと思いますが。

 中立条約を破り、奇襲を行ない (対日宣戦布告は日本政府に届いてません)、連合軍
の停戦命令には従わずに戦火を拡大し、民間人を虐殺、略奪、抑留し、不当に捕虜を
強制労働に従事させ、満州から旧日本の資産を根こそぎ奪って中華民国からすら非難
されたソ連軍の行為について、米津さんは何も感じないのでしょうか…。
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-221.kw.jp.prserv.net>

【56】ポツダム宣言はサハリンの放棄を定めていま...
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/12(日) 23:19 -

引用なし
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   多忙ゆえ返答が遅れました。

▼加藤さん:
>を読む限り、ソ連側には落ち度は全くなく、抵抗した日本軍が一方的に悪い、と主張されて
>いるようにしか、私には読めませんが。

まず、私の投稿の目的はをまとめておきましょう。

ひとことで言えば、「ソ連=加害者、日本=被害者」という視点からソ連の参戦と千島・サハリン領有を非難するのは、第二次大戦の歴史的意味を見失った短絡思考であり、そのような視点からどれだけ「北方四島の返還」を訴えても、ロシアはもちろん、国際的になんら説得力を持たない、ということです。

ソ連の参戦は、英・米の要請に基づくものであり、中国や朝鮮の人民も望んでいたものであって、日本帝国主義が世界を相手に無謀な戦争を起こした結果のひとつなのです。確かに「無謀」なソ連の軍事行動も、それ単独としてあったわけでなく、戦後の世界秩序を米ソの政治的角逐の一つの現れなのであって、アメリカの対日作戦や対ソ政策と切り離して、それだけを切り取って非難することは、世界史の大きな流れを見失うことになります。その裏には当然、国民の命よりも天皇制を死守したい日本の支配者層・軍部の動きも影響を与えているわけです。

ひたすらソ連の軍事行動を非難する加藤さんのような主張は、日本やアメリカの支配層の立場には耳に心地よいかも知れませんが、世界の現実を見るという点からは、まったく不十分だと考えます。

そうした世界史的な流れを念頭において考えるとき、(日本の当局者も「固有領土」という認識のなかった)シュムシュ島や南サハリンや「満州」の日本軍がいったい何を守ろうとしていたのか、見えてくるのではないでしょうか?


>>ポツダム宣言はサハリンの放棄と日本軍の武装解除をうたっているのですから、「南樺太死守」を
>>目的とした日本軍の軍事行動は、明らかに宣言に違反します。
>
> ポツダム宣言 & カイロ宣言は、満州・台湾・朝鮮半島・南太平洋上の日本の信託統治領に
>関してはともかく、サハリンおよび千島列島の処遇に関しては、一言も触れていませんが。
>ヤルタ秘密協定と勘違いされていませんか ?

もう一度カイロ宣言、ポツダム宣言を読み返してください。

・カイロ宣言(現代語訳)から。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1943Cairo.html
   右の同盟国の目的は、日本国から、1914年の第一次世界戦争の開始以後において
  日本国が奪取し又は占領した太平洋における一切の島しょを剥奪すること、並びに
  満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取した一切の地域を中華民国
  に返還することにある。
   日本国はまた、暴力及び貪欲により日本国が略取した他の一切の地域から駆逐さ
  れなければならない。

・ポツダム宣言(現代語訳)から。
 http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Potsdam.html
   カイロ宣言の条項は履行され、また、日本国の主権は本州、北海道、九州及び四
  国並びにわれらが決定する諸小島に局限される。

サハリンは日露戦争で「暴力」によって日本がロシアから「略取」した地域であり、面積からいって「諸小島」には到底あたりません。つまりカイロ宣言とポツダム宣言は日本のサハリン放棄を決定しています。

また日本が敗戦に先立ってソ連に和平仲介を依頼した際に準備した降伏案にも、固有本土の解釈として「最下限沖縄、小笠原島、樺太を捨て、千島は南半部を保有する程度とすること」とあり、日本自身もサハリンと千島北部の放棄は止むなしと考えていたことが分かります。

さらにいえば、ポツダム宣言は日本軍の「無条件降伏」を定めているのですから、たとえそこが「固有本土」であっても、宣言を受諾した時点で、軍の組織的抵抗はもはや許されないわけです。

連合国の大きな意図としては、日本が再び軍事大国にならないよう、その領域を日清戦争前に押しとどめることと、日本軍の完全無力化にあったわけで、それは日本国憲法とサンフランシスコ平和条約まで引き継がれています。


> 仮に上陸開始が早朝であった
>としても、ソ連軍の上陸は停戦交渉を目的としたものではなく、武力制圧を目的としていた
>という事実に変わりはないと思いますが。

そうですか? 加藤さんも認めるように、確かにソ連は「戦力不足なまま」「無謀な作戦」を強行したのですが、それは「武力制圧」という目的と矛盾するのではないですか。もう少し大きな目的があったのではないでしょうか。 


> 占守島での被害および日程遅れがなければ、米軍が展開する前にソ連軍が北海道に上陸し、
>占領を既成事実化した可能性は高いと思いますが。元々、スターリンが不十分な戦力で無理
>矢理千島列島を武力制圧させ、停戦命令に逆らってまで占領したのは、ヤルタ協定に法的
>拘束力が無いことを見越して、領土割譲を既成事実化するためでしょうし。

話の流れが違っているようですね。スターリンが北海道北部をソ連軍の占領地域に入れるとの提案を行ったのは、8月15日にトルーマンの「一般命令第一号」案を受けてからのことですよ。

そのトルーマンの「一般命令第一号」案には「ソ連軍に対して日本軍が降伏すべき地域」のリストからクリル諸島が抜け落ちていました。そのことがスターリンの怒りをよび、それが千島への「無謀な作戦」と北海道北部占領の提案につながったのです。

アメリカがソ連の千島領有を約束どおり保障していれば、ソ連は「不十分な戦力で無理矢理千島列島を武力制圧」する必要もなかったし、北海道占領を提案する必要もなかったのでは?

ソ連から見れば、そのようにアメリカからコケにされている時点で、マッカーサーの停戦命令におめおめと従えるか、という感じでしょうね。


> ちなみに、ポツダム会談では米ソの作戦境界ラインは、幌延島と温禰古丹島の間に設定されて
>おり、強引な占領行為が無かった場合、千島列島のソ連への割譲密約は反古にされた可能性が
>高いと私は思います。

スターリンも加藤さんと同じことを考えていたのでしょうね。

つまり、アメリカは日本を早期に降伏させて米軍の犠牲を減らすためにソ連の参戦を要請した。そのエサとして千島をソ連に与えることを約束した。しかし原爆を開発して強気になったアメリカは、戦後の世界秩序での優位を狙ってソ連との協調姿勢を転換させ、当初の約束を反故にしようとした。それがソ連の不信感を生み出し、無謀な軍事行動に走らせ、死ななくてもいい人たちが死んだ、ということです。


> 米津さんはサンフランシスコ条約絶対派だったのでは ?

違いますよ。あとで説明しますが。


>あの条約に従えば、日本政府は基地
>撤去どころかアメリカへの沖縄割譲にも文句言えないはずですが。アメリカの沖縄統治と、ソ連
>の千島列島支配は条約上、ほとんど差はなく、むしろアメリカによる管理を明言している分、
>沖縄統治の方が正統性あるはずです。

アメリカの沖縄統治はカイロでもヤルタでもポツダムでも話題に出ず、サ条約でいきなり持ち出されたものです。条約上の差も明らかです。ましてや「割譲」など定めていません。

アメリカは沖縄統治になんら正当性が見出せなかったがゆえに、「国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する」という回りくどい文言を挿入したのです。

http://list.room.ne.jp/~lawtext/1952T005.html
 第二条【領土権の放棄】
   (c)日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果
  として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原
  及び請求権を放棄する。

 第三条【信託統治】
   日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦(そ
  ふ)岩の南の南方諸島(小笠原群島、西ノ島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び
  南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対
  する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、
  合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権
  力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。

それから、私もサンフランシスコ平和条約が「絶対」だと思っているわけではなく、そこに様々な問題点があることは認識していますよ。例えば、自由主義諸国との片面講和であった点、日本の侵略の直接の被害者であった朝鮮と中国が当事者になっていない点など。ただ、日本があの時点で千島を放棄し、それと引き替えに「独立」と「平和」を手に入れたという歴史的事実は認めなくてはならない、と言っているのです。

(朝鮮分割その他の論点については、別項で説明します。)
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@c226.tf.cablenet.ne.jp>

【61】アメリカに責任転嫁されても…
 加藤  - 01/8/16(木) 3:07 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>ソ連の参戦は、英・米の要請に基づくものであり、

 別記事にも書きましたが、ポツダム会談中から英米はソ連参戦をもはや歓迎
していなかったと思います。

>中国や朝鮮の人民も望んでいたものであって、

蒋介石政権も正式な参戦要請は出してませんが…。
その後のソ連軍による満州および北朝鮮での略奪行為を考えると安易に
「人民が望んだ」という表現は使わない方がよいと思いますけど。

>もう一度カイロ宣言、ポツダム宣言を読み返してください。

 読み返すも何も、カイロ宣言はもちろんポツダム宣言にも、ソ連は参加してない
のですから (ポツダム宣言も米英中の三カ国名義で行なわれている)、その記述に
サハリンが含まれていると解釈するのは、当時の日本政府には想定外でしょうし、
現在においても苦しい見解だと思います。
 ポツダム宣言発表時にソ連の参加が公表されていれば別でしょうが。

>さらにいえば、ポツダム宣言は日本軍の「無条件降伏」を定めているのですから、
>たとえそこが「固有本土」であっても、宣言を受諾した時点で、軍の組織的抵抗
>はもはや許されないわけです。

 前回も書きましたが、日本が受託を公表した時点で、ソ連軍にも停戦義務があるのです。
米津さんは米ソの占領政策の主導権争いから、ソ連が停戦交渉せずに攻勢を続けたと解釈
されてるようですが、それでソ連の行動が正当化できるわけでも、アメリカに責任転嫁
できるわけでもないでしょう。

>そうですか? 加藤さんも認めるように、確かにソ連は「戦力不足なまま」
>「無謀な作戦」を強行したのですが、それは「武力制圧」という目的と矛盾
>するのではないですか。

 独裁者スターリンが無茶な作戦を強行させるのは珍しいことではありませんし、関東軍の
脆さから日本軍は弱い、と過小評価した可能性が高いと思います。
 余談ですが、当初ソ連は必要な戦力整備の必要上から開戦を 8/22 以降に予定していた
くらいですから、関東軍の弱さは嬉しい誤算だったことでしょう。

>そのトルーマンの「一般命令第一号」案には「ソ連軍に対して日本軍が降伏すべき
>地域」のリストからクリル諸島が抜け落ちていました。そのことがスターリンの
>怒りをよび、それが千島への「無謀な作戦」と北海道北部占領の提案につながった
>のです。

 米ソの作戦行動範囲は、ポツダム会談で合意済みだったのですから、スターリンが怒る
筋合いのものではありませんが… 怒った、というのは米津さんの想像ですか ?

>アメリカがソ連の千島領有を約束どおり保障していれば、ソ連は「不十分な戦力で
>無理矢理千島列島を武力制圧」する必要もなかったし、北海道占領を提案する必要
>もなかったのでは?
>ソ連から見れば、そのようにアメリカからコケにされている時点で、

 トルーマンはスターリンに即日回答して、千島列島のソ連による占領を認めてますよ。
アメリカの命令書はポツダム会談の合意に基づく内容ですし、ソ連の「新たな要請」にも
即日回答しているのですから、コケにするどころか、十分誠意ある態度だと思います。
 何をもって米津さんは「ソ連はコケにされた」と判断されているのでしょう ?

>マッカーサーの停戦命令におめおめと
>従えるか、という感じでしょうね。

 全く理由になって無いと思いますが…。不当な行為であったことは認めるのですか ?

>つまり、アメリカは日本を早期に降伏させて米軍の犠牲を減らすためにソ連の参戦
>を要請した。そのエサとして千島をソ連に与えることを約束した。しかし原爆を
>開発して強気になったアメリカは、戦後の世界秩序での優位を狙ってソ連との協調
>姿勢を転換させ、当初の約束を反故にしようとした。

 さして異論はありませんが、これだとソ連の参戦は、千島・樺太に対する領土的野心に
基づくことになりますし、ソ連の対日参戦は英米からの要請を受けた「国際協力」という
米津さんの主張は成り立たなくなると思いますけど… いいんですか ?

>それがソ連の不信感を生み出し、無謀な軍事行動に走らせ、死ななくてもいい人
>たちが死んだ、ということです。

 ヨーロッパ戦線においてアメリカの支援が無ければ、ソ連はナチスに負けていたかも
しれないのですから、状況の推移により、以前の合意が多少崩れても文句言える立場では
ないと思いますけど。
 アメリカにしてみれば、ソ連には「恩を仇で返された」としか言えない状況でしょう。
米津さんは、ソ連の方が「正しい」と判断されているのですか ?

>アメリカの沖縄統治はカイロでもヤルタでもポツダムでも話題に出ず、サ条約で
>いきなり持ち出されたものです。

 米津さんのポツダム宣言の解釈なら、沖縄は「面積からいって「諸小島」には到底あたりません。」
と主張出来ると思いますが。
 また上記した通り、私はカイロ・ポツダム宣言に樺太・千島放棄は明記されていない、
と解釈しているので、サ条約で「いきなり持ち出された」のは両方同じだと思います。

>条約上の差も明らかです。ましてや「割譲」など定めていません。

 段階を踏めば譲渡も可能でしょう。ハワイの様に信託統治領から併合された例もある
のですから。そして、それに対して条約上、日本政府は何の異義もできないはずです。

>アメリカは沖縄統治になんら正当性が見出せなかったがゆえに、

 アメリカと勝手に決めた千島占領の正統性は認めて、沖縄統治に正統性がないと
いうのは、どーいう理屈なんですか ? 米津さんの「正統性の根拠」とは何に由来
するものなのでしょうか。

>日本の侵略の直接の被害者であった朝鮮と中国が当事者になっていない点など。

 これは両国が内戦状態で正統政府が定まってなかったので仕方ないでしょう。

>ただ、日本があの時点で千島を放棄し、それと引き替えに「独立」と「平和」を手に入れた
>という歴史的事実は認めなくてはならない、と言っているのです。

 調印に当たっては、吉田首相が千島列島の領有権の推移および北方領土が日本
固有の領土であると演説してますから、将来の見直しを期待していたとは言えると
思います。結局は、アメリカが沖縄を返還してくれたような誠意を、ロシアに期待
するのは無理、ということなのですかね ?
<Mozilla/4.7 [ja] (Macintosh; I; PPC)@slip-210-88-161-120.kw.jp.prserv.net>

【78】ソ連対日参戦は「連合国の義務」。
 米津 篤八 E-MAIL  - 01/8/21(火) 7:25 -

引用なし
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   ▼加藤さん:
> 別記事にも書きましたが、ポツダム会談中から英米はソ連参戦をもはや歓迎
>していなかったと思います。

ここではポツダム会談の時点でソ連参戦がどう取り扱われていたかを中心に反論します。

加藤さんはいまだに、ソ連の対日参戦はいわゆる「火事場泥棒」であり、ソ連は日本に対して一方的な加害者である、という図式に固執しているように思われます。

まあ、「第三の琉球処分」とも言われる“核”密約付きの沖縄「返還」=沖縄の永久基地化を、アメリカの「誠意」とまでおっしゃる加藤さんのことですから、千島のソ連引き渡しにおいて米ソが「共犯」だったと認めたくない気持ちもわかるような気がしますが、ソ連参戦が連合国の対日作戦の一部だったという歴史的事実を無視してはなりません。加藤さんご自身も「米ソの作戦行動範囲は、ポツダム会談で合意済み」とおっしゃっているではありませんか? 

原爆を手にしたトルーマン政権がヤルタ会談の見直し(ソ連の対日影響力の縮小)を図ろうとしていたことは確かでしょう。しかし、ポツダム会談の場においてもなお、米英の首脳・軍当局は、ソ連の参戦・「満州」への進撃が日本の早期降伏に決定的影響をもたらすことを認識し、それを希望していたことは事実なのです。例えばトルーマンはその回顧録でポツダム会談の目的についてこう書いています。

  ポツダムに私が行った理由は、多くある。しかしもっとも重要な理由は、ソ連から
 自ら対日参戦の確約を得ること、すなわち米軍首脳が狙っていたことである。
 (『トルーマン回顧録1』トルーマン著、76年、恒文社、 292頁)

  中国に大兵を入れて日本軍を中国本土より追い払うよりも、私の希望は常に十分な
 ソ連兵力を満州(ママ)に入れ、日本軍を追い出すことにあった。それがこの際できる唯
 一の道である。(同226頁)

7月24日、トルーマンとチャーチルは「ソ連の対日参戦を奨励する。ソ連の軍事能力向上のため援助をおこなう」と明記された米英合同参謀本部の対日戦最終案を承認し、ソ連の伝えます。事実、アメリカは日本降伏までソ連に武器や鉄道関連設備を送り続け、1941年からの援助総額は110億ドルに達しました。

さらにトルーマンは、連合軍からの正式な対日参戦要請を求めるソ連側に対して、「1943年10月、モスクワ(終戦後の国連設置を決めた中ソ英米代表によるモスクワ宣言のこと)においてソ連が引き受け、また最近の国連憲章からしてソ連が参戦する義務のあることは明白」とも言っています。(『ポツダム会談』チャールズ・ミー、徳間書店、75年など)

つまりソ連の対日参戦は、終戦後に発足されることが合意されていた「国連」の一員としての義務とみなされていたのであり、ポツダムで確認された連合軍の対日共同作戦の一環でした。それゆえソ連の対日宣戦布告文には「連合国の義務」という表現が使われているわけです。

それでもなお、ソ連の千島領有は領土拡大を禁じたカイロ宣言に反するではないか、という見解もありましょう。私もソ連の千島領有には法的瑕疵があると考えていますし、南千島をアイヌの先住権を認めた自治区域とすべきだという主張をしています。

しかし、そもそも千島列島のソ連領有も、ヤルタ協定以前の43年秋に、ローズヴェルト自身が、戦後日本の脅威を少なくし、ソ連の安全保障上の必要に理解を示して、「実質的にソ連に引き渡されるべきである」と考えていたものだったのです。(五百旗頭『米国の日本占領政策・上』)

ですから、北方四島のソ連・ロシア領有が不当だというのなら、ソ連の対日参戦だけを問題にしても説得力はないのです。ソ連に参戦を強く求め、千島の引渡しを認めたアメリカ、ひいては連合国=国連のあり方も同時に問題にすべきでしょうね。ただしその前に、世界を敵に回して無謀かつ残虐な戦争をはじめた日本の責任を問われてしまうでしょうけど。

つまり、北方四島の問題を考えるにあたって、どうやって二度とそのような悲惨を起こさないような日本・世界を作るか、という発想が必要なのだと思います。
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【103】当事国の賛意を得てない参戦は義務とは言え...
 加藤  - 01/8/26(日) 2:59 -

引用なし
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   ▼米津 篤八さん:
>まあ、「第三の琉球処分」とも言われる“核”密約付きの沖縄「返還」=沖縄の永久基地化を、

 その密約には、具体的な証拠があるのですか ? それとも米津さん個人の思い込みでしょうか。

>アメリカの「誠意」とまでおっしゃる加藤さんのことですから、

 基地付きとは言え、返還されただけマシでしょう。米津さんは沖縄はアメリカ領に
なった方が良かったと思われてるのですか ?
 沖縄を返還したアメリカと、法的根拠のない占領を続け、住民を追い出し領土の返還
に応じないソ連。比較してアメリカに誠意を感じて当たり前だと思いますけど。

>千島のソ連引き渡しにおいて米ソが「共犯」だったと認めたくない気持ちもわかるような気がしますが、

 別に米ソの密約を否定なぞしていませんよ。ただ、密約はしょせん密約。
何の領土支配の根拠にはならないはずですが。アメリカもイギリスもヤルタ会談の
法的正統性なんて認めていませんよ。米津さんの評価は違うのですか ?

>原爆を手にしたトルーマン政権がヤルタ会談の見直し(ソ連の対日影響力の縮小)を図ろうと
>していたことは確かでしょう。しかし、ポツダム会談の場においてもなお、米英の首脳・軍当局は、
>ソ連の参戦・「満州」への進撃が日本の早期降伏に決定的影響をもたらすことを認識し、それを希望
>していたことは事実なのです。

 それならば、何故ポツダム宣言からソ連を外したのですか ?
また、ソ連参戦に当たっては、満州の当事者である「蒋介石政権との合意」を前提にして
いますし、米英も念を押しているはずですが ?
結局スターリンは合意を得ないまま「開戦」していますけど、当事国の賛意を得ない開戦
について、米津さんはどう思われます ?
 それともソ連が開戦したければ、中国の意志など、どーでもよいのでしょうか ?

>例えばトルーマンはその回顧録でポツダム会談の目的についてこう書いています。

 こんなことも回想録には書いてますけどね。
スターリンの連合国への参戦要請に対し
「ポツダムでソ連が確認したことは、国民党政府との間に話し合いを付けた上で
参戦するということであった。ましてやソ連に対日参戦の理由を供与するように、
米英が義務付けられる条件の如きは存在しないのである」と。

>つまりソ連の対日参戦は、終戦後に発足されることが合意されていた「国連」の一員としての
>義務とみなされていたのであり、

 米津さんは、やたらと国連や連合軍の一員としての義務、とおっしゃりますが、実際の
ソ連の行動はことごとく連合軍の意向・精神を無視しいます。

 ・ヨーロッパ戦線における領土拡大、および千島列島の要求は
   大西洋憲章、カイロ宣言の精神の否定
 ・占領したドイツ、東欧住民の強制労働 (何と 350 万人 !)
 ・8/9 蒋介石政権との合意のないままの参戦
 ・8/10 停戦要請の無視
 ・8/15 マッカーサー司令部の停戦命令無視
 ・作戦境界線を越え朝鮮半島への進撃、分断化
 ・関東軍兵士の強制連行 (ポツダム宣言違反)
 ・満州居住者の保護放棄 (停戦条件違反)
 ・満州、樺太、北朝鮮居住者の抑留
 ・北朝鮮、満州からの略奪
 ・サンフランシスコ講和条約の拒否

思い付くものをざっと挙げただけで、これだけありますね。連合軍の義務として参戦した
のなら連合軍の規則も精神も守って欲しいものですけど。そうしていれば、そもそも北方
領土問題も満州移民者の悲劇も、中国残留孤児の問題も、朝鮮半島の分断も起きなかった
のですから。

>私もソ連の千島領有には法的瑕疵があると考えていますし、南千島をアイヌの先住権を認めた
>自治区域とすべきだという主張をしています。

 何故南千島だけなのですか ? 北千島には先住権は及ばないのでしようか ?
(別に千島全体を日本に返せ、という意味ではありません。少数民族の先住権を主張する
のなら、南千島だけ、というのは中途半端な気がしただけです)

それに、以前記した様に、アイヌ民族は現在日本にしかいないのですから、アイヌ主体
の自治区という提案はロシアにとっては「日本に返せ」と同義にしか受け取られないと
思うのですが、どのような形でロシアに提案されるつもりでしょう ?

>しかし、そもそも千島列島のソ連領有も、ヤルタ協定以前の43年秋に、ローズヴェルト自身が、

 何度も繰り替えしますが、密約には法的拘束力も正統性もありません。

>ですから、北方四島のソ連・ロシア領有が不当だというのなら、ソ連の対日参戦だけを問題に
>しても説得力はないのです。ソ連に参戦を強く求め、千島の引渡しを認めたアメリカ、ひいて

 サンフランシスコ講和条約の時点で、アメリカを代表とする連合国は千島列島と南樺太の
帰属をソ連に認めることはやめてると思うのですが。それ故、ソ連は調印を拒否したのでは
ありませんか ?

>つまり、北方四島の問題を考えるにあたって、どうやって二度とそのような悲惨を起こさない
>ような日本・世界を作るか、という発想が必要なのだと思います。

 カイロ宣言および大西洋憲章は、ベルサイユ体制崩壊の反省から構築されたもので、
それ故、過大な賠償の設定や領土の譲渡を否定しているのですが、その精神について、
米津さんはどう評価されますか ?
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