つかこうへい『娘に語る祖国─従軍慰安婦編』


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Posted by 李修二 on March 20, 1997 at 00:29:14:

 在日韓国朝鮮人作家,つかこうへいの『娘に語る祖国 「満州駅伝」─従軍慰安婦編』(光文社,97年3月刊)を読みました。私個人の読後感想は,一言で言えば不満な内容でした。結果的に,戦争責任回避派に組みすることになるか,あるいは,利用されることになりかねないストーリーではないかと思えます。
 この本では,

  まず,性欲処理のための女性を戦争につれていったというのは日本だけだと言われて います。戦地に元兵隊さんたちの慰みものとしてだけ連れてこられた女性の存在は世界 の各地を探してもほとんど見つからないとのことです。
  ・・・
  自殺した女の子もいっぱいいたし,抵抗して殺された女の子もいたと言います。女の 子たちは夢や希望という言葉を一切捨て,ただなすがままに抱かれ続けていたのです。

というように,一応,従軍慰安婦の境遇やその運命の悲惨さを描写する記述ではじまります。しかし「・・・と言われています」とか,「・・・とのことです」といった伝聞調の表現が気になります。そうして読み進み,「従軍慰安婦問題でパパが誤解していたこと」という節になると,

 「実はね,パパはいろんな人に取材をしたんだけど,従軍慰安婦の人たちは必ずしも悲 惨じゃなかったんだ」

という,この本のモチーフと思われる一文に出くわします。そして,著者つかこうへいの真意がだんだん見えてきます。

  パパがいろんな兵隊さんと話して,いくつかの,今まで持っていた知識とはまったく 違うことを知りました。
  一つ目は,従軍慰安婦という言葉は,まるで軍が移動するたびに連れて歩かされ,奴 隷のように犯されていたというイメージの戦後の言葉であって,戦時中は別の呼ばれ方 をされていたということです。
  二つ目は,従軍慰安婦というのは自由がなく犯されているだけの存在で,金のやりと りなどなかったというイメージがあったこと。
  三つ目は,確かに強制的に連行されてきた女の人たちもいたのだろうけど,たいてい は貧しさゆえにお金のために,たとえば日本の売春宿と同じように,身体を売ってお金 を稼ぐということを自明の理としていたこと。
  四つ目は,兵隊は犯す,慰安婦は犯されるという関係ではなく,けっこう人間的な付 き合いがあったということです。
  これらのことを一体どういうふうに理解すればいいのだろう。どちらかが正しい,と いうことではなく,おそらくどちらも少しずつ真実で,どこかが微妙に本当のことから ずれているのです。

 こう述べて,一見,著者は折衷的な見方を提示しているようにも読めるのですが,ここの部分,つまり「パパが誤解していたこと」であり,元日本軍兵士からの聞き取りにより「知ったこと」は,かなり断定的に述べられています。

 この作品のテーマの性質上,歴史教科書問題への言及もあります。

  ・・・今年から中学の教科書に従軍慰安婦のことが記載されることになりました。そ れに対して,反対の立場をとる人たちもいて,ちょっとした騒ぎになっています。
  中学や高校の先生がどのような教え方をするのか分かりません。きっと戸惑っている 先生もいることでしょう。パパは学校の先生でもありませんし,歴史学者でもありませ んから,どっちが正しいのか,間違っているのか,言うことはできませんし,言う気も ありません。なぜなら,パパが読んだ本や資料や取材した人の話は一部に過ぎないと思 うからです。(53頁)

 こうした記述を読んで,著者つかこうへいの姿勢を公平で誠実だと感じるむきもあるかもしれません。しかし,韓国や台湾やフィリピン,それにインドネシアなどの元慰安婦のおばあさんたち自身の要求,それらの国々での世論や国連での調査を踏まえた国際世論の動向,そして,それらも受けとめた日本の世論の趨勢や政府の方針,こうした事柄により,従軍慰安婦の事実を日本の歴史教育できちんと教えることが必要であり,そのことに意義があるという考えを強くさせ,そうした歴史教育を実現する方向でこれまで徐々に進んできた経緯があります。そうした経緯があるなかで,あえて,上の引用のように述べるというのは,著者は教科書への記載に反対しているのも同然だと見るのは私だけでしょうか?特に,中学や高校の先生がどう教えるのかというようにはふれながらも,なぜこの問題が歴史教科書に記載されるべきだと考えられるようになったのかという点にはいっさい言及されないままです。
 この本のストーリーの中心は,満州を舞台にした「慰安婦と二等兵の恋」を描いたもののようです。そして,

  パパは作家として,国としての歴史的事実よりも,一人の人間の小さな事実,その時 のその人の心の動きに興味があるのです。・・・

というように,ホットな国際問題である従軍慰安婦問題をテーマにしたこの本の構成を私小説風にしたことの理由がなにげなくふれられてはあります。
 けれども,この本がそうした私小説風の一人の人間にとっての事実と心の動きを追い求めた作品だというなら,はたして,著者のつかこうへいは,実際に元慰安婦のおばあさんの誰かに取材したのでしょうか? この本のどこにも,元慰安婦に直接取材したとは書かれていません。そして,この本の中で描かれた元日本軍兵士の心情は手に取るように鮮やかに描かれているのに,慰安婦の姿は,まるで蝋人形のように,作りモノのように描かれていると感じるのは私だけでしょうか?
 結局,この本は,結果的に「元日本軍兵士の証言集」のような体を成していると言っては言い過ぎでしょうか?
 「過去」と「未来」を橋わたしする「現在」という歴史の時間のなかで,また,さまざまな人々,民族が生きる「東アジア」というこの地域空間のなかで,さらに,人間の男と女の関係という「全世界」に共通する普遍的問題のなかで,この従軍慰安婦問題が投げかけている課題というものは,つかこうへいのこの本からは,まったく読みとることはできないように思えました。



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