ムキンポさんには、李在一さんを差別する日本人を批判する資格はありません。


記事番号:2432 (1998年01月22日 23時43分35秒)
投稿者:米津 篤八 (属性:会社員)
 メールアドレス:yonezutokuya@msn.com

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この記事は[「好きだから」を理由にして、なぜいけないの?]へのコメントです。
この記事には[最後の返答 (ムキンポ)]というコメントが投稿されています。

内容

>>あなたは、ご自分と在日朝鮮人とのコミュニケーションが、現在の水準で十分だとお考え
>>ですか。
>
>僕は現在、在日の方と個人的・現実的なつき合いはないので、
>ネットワーク上のコミュニケイションとしてはまずまずの
>水準だと思っています。

ムキンポさんは、自分の同僚に、あるいは友人に、通名を名のる朝鮮人がいるかも知れな
い、と想像されたこともないようですね。朝鮮人と個人的・現実的なつき合いがないと思
っているのは、実はあなただけではなく、日本人の多数派なのですが、そう思っているこ
とこそが、差別の一つのあらわれなのです。
その程度の認識で、「まずまずの水準」だとよく言えますね。


>差別は人間の必然だと思います。
>「平等、人権、自由」は人間の理想ですが、差別は人間の現実です。
>僕は人間は結局、差別構造から完全に自由になることは不可能だと
>思います。
>その現実を認めたうえで、差別を極小化するにはどういう手だてが
>必要なのか、を知的に考察する方が有効でしょう。

「シニシズムとは、社会的強者だけに許された贅沢である」----誰が言った言葉だったで
しょうか。十年ほど前に、古本屋で立ち読みした本の一節です。ただし、芥川賞の受賞者
ではなかったと思います。まさにムキンポさんのことを指していっているような気がする
ので、書き留めておきます。
そうです。あなたは絶対に差別されることのない立場を確保しており、あなた自身、常に
多数派からはじき飛ばされたり、殺されたりする心配のない、しかも、どうしたら良心派
に見えるかというポジショニングを、よく心得ていらっしゃるからこそ、「差別は人間の
必然」などとすましていられるのです。

朝鮮人嫌いの日本人に囲まれて暮らさざるをえない在日朝鮮人にとって、「好きか嫌いか」
で自分の生命の重みを判断されたら、それこそ、ひとたまりもありません。あなたの話に
うなずく朝鮮人がもしいれば、それは自殺行為を演じていることになるでしょうね。
もっとも在日朝鮮人は、あなたのような日本人が多いことを、よーく知っているからこそ、
ごく一部の強い人を除いて、「日本人」として生きているのですが。


>僕は東大出身者が全員、差別主義者だなんて思った
>ことはありません。

最初に「あなたがもし東大卒なら、頭の悪いことに劣等感をもっている人は傷つきます」
と書いたのは、あなたです。
劣等感で傷つく人がいるのは、そこに差別が存在するからです。また、「差別者」と「差
別主義者」は違います。自分が差別者のままでいる現状を肯定する、あなたのような人を
「差別主義者」というのです。


>因みに僕は早稲田でしたが、万一、東大に入れたら、
>そっちを選んでいたかもしれません。

あなたはなぜ、人が聞いてもいないのに自分の出身校を書き込んだのでしょうか。私が東
大出身でないというのを聞いて、ほっとしましたか。早稲田卒を自慢したいのですか。そ
れとも、対華21カ条の要求を中国に突きつけた侵略者・大隈重信の作った大学を出てし
まったことを自己批判したいのでしょうか。


>大江健三郎も差別者なのですか?

なぜいきなり大江健三郎の名前が出てくるのか分かりません。
もしやこれはムキンポさんのジョークかも、と思ったのですが、どうやら本気のようです
ね。
というのも、#2410で、
>芥川賞でもノーベル賞でももらえるものならいつでもいただきたい。
>ただし叙勲は拒絶します(くれるわけもありませんが)。

とムキンポさんが書いていらっしゃるのを読んで、論理的一貫性に欠けた、賞の好きな、
しかもカッコだけは付けたがる人が、大江以外にもいるんだなあ、という、一種恥ずかし
さにも似た感慨を抱いたからです。

大江健三郎はもちろん差別者です。いや、ただ構造の上での差別者であるばかりか、確信
的な差別主義者です。理由のごく一部は、後述します。


>>また、「好きだから」という理由で、ある行為を正当化することは、絶対に避けなければ
>>いけません。なぜなら、あなたがそうした理由で自分の行為を正当化した瞬間から、「殺
>>人が好き」「いじめが好き」「戦争が好き」「『君が代』が好き」「天皇が好き」という
>>人たちを批判する資格と、説得する足掛かりを失ってしまうからです。
>>理屈ぬきに人の好き嫌いを肯定することは、結局は多数派の「感性」に基づく支配を無条
>>件に肯定することになります。その状態を、普通、「ファシズム」と呼びます。
>
>なぜ〈「殺人が好き」「いじめが好き」「戦争が好き」
>「『君が代』が好き」「天皇が好き」という人たちを
>批判する資格と、説得する足掛かりを失ってしまう〉
>と言えるのでしょうか?
>僕は「殺人が嫌い」「いじめが嫌い」「戦争が嫌い」
>「『君が代』が嫌い」「天皇が嫌い」だからそれらを批判します。

あなたが評価しているらしい大江健三郎は、神戸少年殺人事件に関するテレビ討論におい
て一人の若者が突きつけた、「どうして人を殺してはいけないのか。猫を殺すのと人を殺
すのとどう違うんですか」という、人間存在の根本に関わる、人類史始まって以来の哲学
的大問題に対して、朝日新聞紙上でこう答えました。

「この質問自体に問題がある。まともな子供なら、そういう問いかけを恥じるものだ」

この、言葉を生業とする者とは思えない最悪の罵倒は、さすがに灰谷健次郎さえも黙って
見過ごすことができなかったらしく、やはり朝日新聞紙上でやんわりと批判しています。
「まともな子供」という言葉使い自体、きわめて差別的ですよ。
この尊大かつ人を馬鹿にしきったノーベル賞作家は、自分より弱い者に対しては偉そうな
口をきくくせに、新潮社に対しては、版権を引き上げるという、「良心派」小説家として
可能な最小限の抗議行動すら、思いもよらないほどの小心者なのですね。

あなたの「殺人が嫌い」というのも、この大江の回答と同じで、なんら現実に対する批判
力はなく、単にあなたの「趣味」の表明にすぎません。

それに、過去のあなたの投稿(#2115)を見ると、在日問題に興味を持つ理由が示されて
います(その理由に、私は全面的な賛成はしませんが)。なぜ、朝鮮語を学ぶことに対し
ては「好きだから」としか答えられないのか。ただ、深く考えていなかっただけではない
ですか。だったらそうと認めるべきです。妙な理屈をこねまわすのは、よけいに傷を深く
するだけですよ。


>でも「美人」は好きです。
>これは確かに理屈では差別だとわかるのですが、
>すでに子供の頃から美人をよしとする思想に
>強く刷り込みがなされているので、自分の
>理性だけではなんとも処理できません。

日本人には、私やあなたを含めて、子どもの頃から朝鮮人を差別する思想が強く刷り込ま
れています。そのほんの一例が、李在一裁判です。
李在一氏の元妻とその親たちが、「朝鮮人差別は、自分の理性だけではなんとも処理でき
ない」といったら、あなたはそれを許容するのですか。

差別であることを知りながら、それを克服しようともしないのは、許し難い開き直りです。
そんなことをあなたが平気で言えるのは、この会議室全体の雰囲気が、女性差別を容認し
ていることを、あなたが察知しているからです。

李在一裁判にからんで、もう一つお尋ねします。
李在一氏の元妻の母親が言った、
「あなた、まだ、自分のことを人間だと思っていたのね。あなたは犬よ、犬なのよ」
という差別的言辞と、あなたのいう、

>「**人」一般と「犬」一般とを比較すれば、確かに「**人」
>一般の方が一般的には価値があると言えるでしょう。
>しかし価値はある個人にとり、常に歴史的(その人の個人史)に
>限定された固有性のもとで意味をもつのであり、一般的な価値と
>いうものに、はたして普遍性があるのか疑問です。

という理屈とは、どこが違うのですか。また、あなたは元妻の母親を、どう批判できるの
ですか。


>現天皇(今上天皇)が「軍隊と警察力を手中にした、
>内実のある権力者」だとは到底、思えません。
>僕は天皇制とは天皇家のことではなく、それを支える
>「国民」の思考形式のことだと思っています。
>「国民」は軍隊や警察の弾圧を恐れて、天皇を象徴として
>受け入れているのではなく、自ら望んでそれをアイドル化
>しているのです。

「今上」=「今のうえ」という敬語を使っていながら、「天皇制は嫌い」とは聞いてあき
れます----もっとも、「天皇」という言葉自体が、「王の王」という不遜な意味を含む、
問題のある用語なのですが。こうした用語を何の気なしに使うのは、あなたが日頃、いか
に物事を真剣に考えていないか、そしていかにぼんやりと新聞やテレビに接しているかの
あらわれです。天皇制について人に「解説」する前に、あなた自身が天皇制の権威に冒さ
れていないかどうか、いま一度自己確認することをお勧めします。

また、あなたはどうしても、もう一度「一億総ザンゲ」をやりたいみたいですね。いちお
う説明しておきますが、「一億総ザンゲ」とは、裕仁の戦争責任を覆い隠し、「国体を護
持」するために、敗戦後の日本政府が唱えたスローガンです(この「一億」には、実は植
民地の「臣民」だった朝鮮人・台湾人も含まれています)。

ワルほど手を汚さない、というのは、古今東西の普遍的真理です。
明人自身、自分の周辺で何が行われているか、知らないわけがありません。それが問題だ
と認識しているのなら、退位でも自殺でもすればよいのです。それをしないでいるのは、
彼が「天皇」としての権力に執着しているからです。


>「東アジア反日武装戦線」とはかつて爆弾闘争で一般の人たちに
>多数、死傷者を出した過激派グループだと思いますが。
>死刑制度には反対しますが、彼らは犯罪者です。

私が紹介したサイト(http://plaza4.mbn.or.jp/~hannichi)と、#2341以降の私の投
稿をきちんとお読みになった上でご発言下さい。

彼らの行動をどう評価するかはおいても、この議論の主題である、日本人が朝鮮人とどう
向き合うべきかという問題について、特に大道寺将司さんの思想は、大きな示唆を含んで
います。朝鮮問題を真剣に考えようとする人はすべて、彼の思想を「過激派」といって切
り捨てずに、きちんと向き合うべきです。彼の獄中手記『死刑確定中』(太田出版)も、
ぜひお読みください。死刑制度をはじめ、さまざまな問題について、学ぶところが多い本
です。


>「奥さん」という言葉は僕も嫌いです。
>しかし社会生活(世間生活と言った方がいいかもしれませんが)
>のなかでは「主人」「奥さん」を使わざるを得ない場面もあるかと
>思います。

「奥さん」という言葉が嫌いなら、せめて社会的利害のあまり及ばない、この会議室でだ
けでも使わないようにすることは、可能なはずです。それだけでも、確実に差別は減るの
ですから。替わりの言葉がない、などというのは、あなたが怠慢な言語生活に安住してい
るからです。

そもそも、
>あなたが美人の奥さんをもらえば、未だに結婚できない男は
>あなたを妬みますよ。
という一文は、日本人の朝鮮語学習の問題とどう関係があるのか、どういう意図があって
書かれたものなのか、はっきり説明してください。


>ある程度の妥協を僕は受け入れます。

もちろん、私も妥協していないわけはありません。いまの世の中、妥協することを知らな
ければ、一秒たりと生きていけませんから。
「人間の最大の弱点は、腹が減ることだ」と言ったのは魯迅ですが、食うためには、働か
なければならず、働くということは、それがいかに立派で良心的に見える仕事であれ、あ
るいはそう見える仕事であるほど、差別と矛盾に満ちた現在の世の中を肯定し、支えてい
くことに他なりません。
問題は、どこで踏みとどまるかです。

しかし、自らの内なる差別にすら真剣に取り組もうという姿勢もないあなたが、いったい
どこで現実と闘おうというのですか。「天皇制反対」だの「デニズン」だのと言っても、
何の説得力もありませんよ。
ご自分で努力しない限り、私に付いてきたって、あなたの差別心などなくなりません。

確かに差別を完全になくすのは、困難で、結果の見えにくい、気の遠くなる作業です。し
かし、困難を認めることと、不可能だと思うことは、まったく違います。
結論的に言って、「構造主義」まで動員してあなたが主張しようとしているのは、差別者
としてのあなたの現状を肯定したい、ということにすぎません。
「差別は人間の必然」というセリフも、その言い訳なのです。

最後に、前回の投稿で書き落としたことがありますので、記しておきます。
私が#2409であなたのサイトのことを「新聞のちょっと気が利いたように見えるコラムと
大して変わりありません」と評したのは、「一見進歩的で良心的に見えるが、その実、通
俗的で権威主義に満ちあふれ、差別の現状を容認する、例えて言えば大江健三郎のような
文章」という意味です。どうぞ誤解のなきよう。


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