周平さんに疑問。
記事番号:3449 (1998年02月24日 10時40分19秒)
投稿者:米津 篤八 (属性:会社員)
メールアドレス:yonezutokuya@msn.com
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この記事は[撤回すべきこととしないこと]へのコメントです。
内容
周平さん。
周平さんは研究者だということですね。これまでの投稿から察するに、朝鮮現代史にお詳
しいようなのですが、いくつか疑問が出てきました。金明秀さんとのやりとりの途中で割
り込む形になりますが、以下の質問は、周平さんの研究者としての能力と誠実さに関わる
重大な問題だと思われますので、ご教授いただければ幸いです。
1)
金明秀さんが#3358で、(「日韓併合」が)「違法であったという考え方が論破され
た経緯」の説明を求めているのに、なぜ#3378において、いきなり半月城氏のことを
持ち出されるのか、必然性がまったく分かりません。
周平さん自らの言葉で、「経緯」を説明すればいいことではないですか。
2)
#3423
> 特に前、元二人の大統領を「法の遡及適用」で捕まえるという一応近代的
>な法治国家であるはずの国家としては信じられないようなことをしながら、そ
>れについてかの地の法学者達が抗議したのかどうかわからない状況にある
>のには驚きました。少なくともそういった意味でかの地の法学者の国際法に
>ついての議論について、法学に素人のものとしては信頼できないという印象
>を持っています。
全斗煥・盧泰愚の両元大統領が、政府発表においてすら193人の市民を殺し、クーデタ
ーによって権力を奪取したこと自体が、そもそも重大な違法行為であった、という事実を
忘れてもらっては困ります。それを抜きにして、「法の遡及適用」の一点だけをもとに、
韓国が「国家として信じられない」、さらには、その国の法学者すべてを信頼できない、
というのは、実に一方的な決めつけではないですか。
武力によって「法治国家」を踏みにじって権力を奪った人間たちを、彼らが自分たちに都
合のいいように作った法律をもとにして裁くことがいかに困難かは、誰が考えても理解で
きる話です。
「法律不遡及の原則」とは、そもそも権力の濫用から市民を守るための仕組みであって、
「法の支配」を蹂躙して国家権力を乗っ取り、市民を弾圧・殺害した者にもそのまま適用
されるべきかどうかは、法哲学の問題にまでさかのぼって、もう少し慎重に考えるべきこ
とがらではないでしょうか。
ドイツはナチ戦犯に対して、戦後に作った法を適用し、時効なしで追及しています。フラ
ンスもやはり、「人道に対する罪」を遡及させて、ドイツ占領下のナチ協力者を告発し、
裁判にかけました。
周平さんの理屈によれば、ドイツやフランスも「国家としては信じられないようなこと」
をしているのですか。
また、切り抜きがないのであくまで私の記憶ですが、両元大統領の裁判にあたって、当時
の韓国紙上で、韓国の法学者の間でも「法の遡及」をめぐって論争があったはずです。
一度、韓国の法学者に確認されたらいかがでしょうか。
3)
#3412によれば周平さんは朝鮮語がおできにならないようですが、日本に翻訳・紹介
された論文だけをもとに、韓国や北朝鮮の学会が『「学問」が成り立つ状況ではない』と
決めつけるのは、研究者としていささか乱暴なのではないですか。
自説の正当性を主張したいのなら、直接関わりのある個々の論文に対して反駁されれば、
それで十分なのではないでしょうか。
ここからは少々さかのぼり、#2778に関することになりますが、
4)(阪神教育闘争に関して)
> 先ず第一に法律的に言えば、この問題は日本に主権が無い占領下に起こった
>ことです。従って日本に責任は無いし、独立後の日本がそれを理由に補償した
>り、その補いのために現在の朝鮮学校へ補助金を出さねばならない責任はあり
>ません。それはアメリカ政府に要求していただきたい。
アメリカによる日本占領はあくまで間接統治であり、日本政府の下に裁判権・警察権もあ
りました。もちろんGHQの強い指導があったことも事実ですが、GHQと日本政府の間
に様々なかけひきや妥協があり、日本政府が一方的にGHQの言いなりになっていたわけ
ではなかったことは、占領史の常識です。
例えば教育行政についていえば、民間情報教育局(CIE)と文部省の間には、常設的な
協議機構あり、文部省の見解は占領軍の教育政策に相当な影響を与え得たと思われます。
しかも、GHQの命令とはいえ、阪神教育闘争の引き金になった通達「朝鮮人学校設立の
取り扱いについて」を出したのは文部省であり、直接弾圧したのは日本の警察でした。
日本占領史の常識に真っ向から反して、周平さんが「日本に責任は無い」と言い切るから
には、日本政府・文部省当局には、まったく朝鮮人の民族教育弾圧の意思がなく、むしろ
GHQの政策に反対した、という確証をお持ちなのでしょうが、その根拠を教えていただ
ければと思います。
5)
> 第二にこの「阪神教育闘争」はただ教育問題の問題だけではない、むしろ当
>時の在日の反体制運動と密接に結び付いていたということです。実際朝聯(総
>聯の前身)の下部組織は当時の日本共産党と共闘して火炎瓶闘争などをしてい
>ました。
日本共産党の軍事方針は51年11月に具体化され、火炎瓶闘争が始まったのは、52年
5月1日のメーデー事件からです。その時にはすでに朝連は解散命令(49年9月)を受
け、民戦が発足していました。さらに、問題の阪神教育闘争は火炎瓶闘争の3年前、48
年4月のことです。
48年当時の共産党は合法活動に力を注いでおり、49年1月には国政選挙で35人を当
選させました。
共産党の火炎瓶闘争を理由に、3年前の民族教育の弾圧を正当化するのは、飛躍ではない
でしょうか。阪神教育闘争と共産党の火炎瓶闘争が、どこでどう結びつくのか、詳しく説
明していただけますか。
周平さんが、明確な根拠もなしに、この二つを並列させたとすれば、「朝鮮人が火炎瓶闘
争をしていたから、弾圧はしかたがない」という印象を読むものに与える、悪質なデマゴ
ーグだととられてもしたかないと思います。
また、民戦は朝連の後身であり、確かに無関係ではありませんが、解放後の在日朝鮮人運
動を語る際に不可欠の、この二つの団体の名称を取り違えるのは、もし不注意によるもの
だとしても、研究者としての主張全体の説得力を失わせるものです。
6)
>うね。またこういった各地の朝鮮学校設立の元となった在日の「財産」につい
>ても私は疑いを持っています。敗戦のどさくさで混乱した中で「三国人」とし
>て「不法占拠」等による財産がかなりあるのではないのですか。まあこれは今
>更立証できないことでしょうが、ウトロ地区の問題などはこういった敗戦後の
>混乱での問題が残ってしまったということでしょうか。
「三国人」とは、米占領軍のいわゆる「解放国民規定」----「台湾人・朝鮮人は、解放さ
れた人民ではあるが、彼らはこれまで日本臣民であったのだから、必要な場合には、敵国
民として取り扱う」----のあいまいさに乗じて、日本の朝鮮支配の犯罪性を隠蔽し、朝鮮
人の解放民族としての地位をおとしめるために流布された、明白な差別語です。
それを、括弧書きとはいえ、何のことわりもなしに使用したのは、いかなる必然性に基づ
いてのことでしょうか。
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