北朝鮮への風力発電支援


記事番号:5734 (1999年02月21日 21時48分16秒)
投稿者:李修二 (属性:在日小おやじ)
 メールアドレス:s-lee@na.rim.or.jp
 ホームページ:http://www.han.org/a/leesooi.html

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内容

在日メーリングリスト投稿記事の転載です。

(このスレッドの記事は、主に情報提供のために投稿されています。)

−−−−−ここから−−−−−

アメリカのNGOが北朝鮮の農村に風力発電設備を寄贈したという話を紹介しま
す。以下の記事は、アメリカ公共ラジオ放送のインタビュー番組の全文訳です。

(原文はここ↓から手繰れます)
http://www.nautilus.org/dprkrenew/newsindex.html

なお、上記ホームページからは、北朝鮮の農村風景の写真なども見られます。

−−−−−
PBS(アメリカ公共ラジオ放送)
オンライン・ニュースアワー「ブローイン・イン・ザ・ウインド」
1999年2月11日

チーフ通信員のエリザベス・ファーンスワースが、バークリーのノーティラス研
究所所長ピーター・ヘイズ氏に北朝鮮での彼の風力発電プロジェクトについて話
を聞きます。

ジム・レーラー:
今晩は最後に、北朝鮮における風車、それで、サンフランシスコのエリザベス・
ファーンスワースさんにお願いします。

エリザベス・ファーンスワース:
アメリカと北朝鮮の間で緊張が高まっている時に、バークリーに本拠をおくシン
クタンクのノーティラス研究所が、めったに訪れない国にユニークな窓を開けま
した。北朝鮮の小さな農村で、人によってはドンキホーテ的と呼ぶかもしれない
プロジェクトをノーティラス研究所は進めました。それは風車を作ること、ある
いは、正しい技術用語を使えば、「風力タービン」をウンハリという村に作るこ
とでした。ノーティラス研究所はその作業の様子をビデオにおさめました。ノー
ティラス研究所所長のピーター・ヘイズ氏に率いられたアメリカからの5人の技
術者たちがその村で昨年、いちばん最後は10月に、合計して5週間、過ごしま
した。彼らの作業には、電力省からの何人かの人々を含めて、50人もの北朝鮮
人が参加しました。

こうして、両国からなるチームは、全部で7基の風力タービンを作り、それに加
えて、当てに出来る電力を20世帯の家と診療所と幼稚園へ送るための発電所と
制御システムを作りました。プロジェクトの資金は、W・アルトン・ジョーンズ
財団が出しましたが、この財団は環境問題や原子力問題に焦点を合わせて運用さ
れています。ほとんどの風力タービンは、朝鮮料理のキムチに使われる白菜が植
えられている村の畑に手作業で建てられました。古いトラクターで大きな風車を
その場所まで引っ張って行きました。北朝鮮に対するアメリカの輸出禁止措置の
ため、ノーティラスのチームは、このプロジェクトで使われた器材のためにアメ
リカの特別の輸出許可を得なければなりませんでした。そして、北朝鮮としては、
風車建設の作業のためだけでなく、通常、認めてきた以上に外国人が農村へ立ち
入ることを認めなければなりませんでした。2ヶ国からなるチームはまた、村の
70軒の世帯を調査して、エネルギーについてとその他の経済的な必要について
もいろいろ質問しました。新しいタービンによって、1日におよそ毎時40キロワッ
トの電力が産み出されます。そして、ノーティラス研究所は、このシステムを拡
張するために、またじきに再訪問する計画をしています。サンフランシスコのプ
ロジェクト指導者のピーター・ヘイズ氏に話を聞きました。

エリザベス・ファーンスワース(E・F):
ヘイズさんは、カリフォルニア大学バークリー校でエネルギー・資源問題の博士
号を取られたオーストラリア人であり、それ以来ずっとアメリカに住んでいます。
彼は、開発問題のシンクタンクの1つであるノーティラス研究所の所長です。彼
は、1991年以来、国連開発計画と共に2度訪問したのを含めて、6回北朝鮮を訪
問しています。ご一緒させていただき、ありがとうございます。

ピーター・ヘイズ(P・H):
どういたしまして。私こそ、ご一緒できてうれしいです。

E・F: どうやってアメリカのチームと北朝鮮のチームが一緒に仕事をしたの
ですか? どちらもまったく違った訓練を受けてきた技術者たちじゃないのかと、
私は想像するのですが。

P・H: 彼らは実際、非常に熟達しているのが分かったし、やって来たところ
は違っていても、彼らは実際、基本的な修養でやりこなすことができました。ア
メリカ人は、別々のチームにそれぞれ責任を負わせるように作業しました。で、
それから、終わりまで、まあまあ一緒に働きました。こうしたジグソーパズルの
それぞれの部分は、みなうまくフィットしたんです。それも、彼らは一種の上下
関係の指揮系統に従って、ある時、ある作業で働いていて、で、その作業をうん
とうんとすばやく済ませてしまい、しかもどんどんはかどるように努めていてさ
えも、そうなのです。それで、ここでの問題というのは、実際、現実にも非常に
明確な点で起こったのですが、しかし、プロジェクトの政治的意味合いが、代表
団の一種のリーダーレベル、つまり私もその一人であり、また、チェさんという
名前の北朝鮮側の相方もいたのですが、そのレベルでよく了解されていたから作
業がはかどったのです。

E・F: 政治的意味合いが了解されていたということですが、それは、その仕
事をやり終えて、それを働かせて、それを新しく作り出したいといった願望とい
う意味でですか?

P・H: ええ、そうです。つまり、彼らは、このプロジェクトを新しく行なう
ために本当にあらゆる努力をしました。クレーンが壊れていたので、彼らは港か
ら船をまったく移動させて、それで、私たちのコンテナを荷下ろしして、私たち
のチームが行ったときには村にそのコンテナを運び入れました。そうして、彼ら
は並外れたことをしました。しかし、私たちはいつでも政治的意味合い、言い換
えれば、中心的なこと、つまり、このプロジェクトが続けられる重要な点は、北
朝鮮でのアメリカ人グループによる最初の非政府組織的なプロジェクトだという
点にあるということに戻ることによって、私たちは新たな理解を作り出し、前へ
進んで、いろいろな問題を解決できました。それで、私が言わなければならない
ことで、私たちが見出した1つのこと、それがまったく明らかに証明されたと思
うことは、北朝鮮人は彼らの約束を果たしたということなんです。そして、それ
は文書にされた約束でした。私たちは文書化された理解を得たのです。そうした
理解は、このプロジェクトを行なうためのアメリカ合衆国政府からの輸出許可を
私たちが得た、そうした土台のもとにおいてということでした。それで、北朝鮮
人と共に事業をすることは可能ですが、実際、同様にまた、こちらの約束も果た
さなければなりません。

E・F: あなたがたのクレーンが壊れてしまったとき、彼らが船を移動させた
のはなぜですか? こういうことが彼らになぜ重要で、このことについて何が特
別なのでしょうか? 北朝鮮には食糧援助とかその他のプロジェクトで働いてい
るアメリカからの多くの人々がいます。このことがなぜ大したことだったのです
か?

P・H: そうですね、食糧援助プロジェクトは主に食糧を輸送することに関わ
っています。そしてそれから、それがこの国で現実に飢えている人々に実際に食
糧を配分する北朝鮮人に渡されることです。そして、アメリカ人は言うまでもな
く、援助配分プロジェクトに対して開発プロジェクトでも協力し合って、並行し
て活動している西洋人の例はほとんどありません。それで、私たちが知るかぎり、
こういうことは実際、はじめての事例です。

E・F: それでは、あなたがたがタービンを持ち込むまで、彼らには電気がな
かったのでしょうか?

P・H: この村は以前は電化された村でしたが、前年に彼らの田畑を襲った高
波が、それと、北朝鮮では電力システムがほとんど崩壊してしまったということ
と結びついて、今やこれらの地域の送電網はすぐ停電してしまい、電圧もまちま
ちに変動しています。それはこういうことなんです。ドリルのような末端で使用
する器具の1つで何か仕事を始めたとしますよね。あるいは、たとえばコメを挽
いて穀物にする脱穀作業を始めたとします。で、それから、半分くらい作業をし
たら動力が来なくなる。それで、それからは手作業でその仕事をやらざるをえな
い。そういうのは、まったくの混乱状態です。こういうことが、そうした種類の
崩壊から続いて起こるのです。

E・F: それでは、なぜ崩壊したのでしょうか?

P・H: おお、それはいい質問ですよ。

E・F: そういうのは、私たちが北朝鮮について聞きつづけてきた一般的な経
済崩壊の一部なんでしょうか?

P・H: ええ。相互に原因となるような一連の悪循環が存在しています。鉄鋼
工場は稼動していません。石炭工場とか、炭坑とか、動力施設から石炭を手に入
れるために鉄道を敷くには鉄鋼が必要です。動力がなければ、鉄鋼も作れない。
こうした悪循環とはそのようなことなんです。それで、どこでも一定の場所で、
今や電力が極端に不安定なのが見出されるのです。そして、これは過去にきわめ
て電化された社会なのです。で、今や、動力源が基本的に無いか、いつでも消失
しうるわけです。それで、私たちが行なったことは、人々が日夜絶え間なく本当
に頼りにできる動力源を紹介したことなんですよ。

E・F: 村の様子についてお話しましょう。その村はどのように貧しかったの
でしょうか? あなたは多くの他の非常に貧しい国々で仕事をされてきました。

P・H: その通りです。

E・F: それはどのように貧しく、それで、あなたは飢饉について何か兆候を
ご覧になりましたか?

P・H: わかりました。この村では、私たちは良いほうの村にいたというべき
なんでしょう。私たちはポチョムキン村にいたわけではありません。北朝鮮には、
ポチョムキン村があります。

E・F: ポチョムキン村というのは、ただ見せるために作られた村を意味して
います。

P・H: 外国人に見せるためです。彼らは、友好村と呼んでますが。これは友
好村ではありませんでした。しかし、それは、思うに、収入の面で良いほうの部
類に入ると思われる村でした。なぜなら、彼らが働いているのは開墾された低い
海岸地帯なので非常に質の悪い農地であるにもかかわらず、彼らはコメだけを作
っているわけではありません。それで、世帯の幾つかでは、野菜を栽培している
個人用の土地区画もあることがまた気付かれます。で、私たちは市場を見ました。
彼らは、この地域の近辺の地方都市で食料を売っています。でも、私たちが飢饉
を見たかということですか? この村ではありません。私たちは飢饉を見ません
でした。それで、もちろん、私たちはすごく良く食べさせてもらいました。普通
の朝鮮人、つまりですね、気前良くもてなす人々にあなたも期待できるようにで
す。私たちが、食糧援助が持ち込まれているナンポ市近辺で見たことは、トラッ
クが落として行ったわずかばかりのコメやトウモロコシの粒を拾い集めるために
子どもたちが道路へ走り出てくることでした。

E・F: でも、近年の飢饉で何人くらいの人々が亡くなったかについてあなた
が行なった調査から、今のところ認められる数字はどのくらいですか?

P・H: 私自身は、上限はおそらく人口の10%くらい、つまり、200万人
くらいが亡くなっただろうと思います。あるいは、20万から30万の範囲で、
それよりもっともっと低い数字も考えられます。それですらなお、とても多くの
人々なんですが、しかし、亡くなった人々は私たちが働いた所より、首都からも
っと辺境で離れた地域にいた傾向があります。私たちは実際、首都から海岸沿い
に車でわずか2時間のところにいたのです。

E・F: それで、あなたとあなたの同僚の方たちは、一般にどのくらい自由だ
ったのですか?

P・H: 村の中では、私たちは非常に慎重でした。彼らは明らかに私たちの存
在について神経質でした。特に最初の訪問では。2度目の訪問では、状況はもっ
とずっとリラックスなものでした。私たちは村の周りを歩くだけでも、また村で
写真を撮るのも自由ではありませんでした。私たちは、作業場ではどこを歩き回
ろうと、写真も自由でした。もっとも、私たちが軍事基地を基本的に侮辱しない
よう気を付けているという条件でですが。その基地はその作業場から見えたし、
その写真を撮ることから始めました。私たちのプロジェクト現場の両方の端にで
すね、ここに対空高射砲、ここに地対空ミサイル砲床とあるわけです。私たちは
ここです。で、4マイルこちらでは、ミグの飛行場がありました。それで、また、
私たちの作業場のすぐ側を通って、はだしの兵士たちが毎日、基地からあちこち
どこかへ行くのを見ました。しかし、私たちが仕事に集中しているならば、ビデ
オでもスチールカメラでもたいていのものは何でもオーケーでした。厳しくなっ
た場合というのは、日本のスポークスマンが、日本は東海岸にあるミサイル発射
基地を攻撃するか、攻撃する権利を留保すると述べた後でした。私たちがそこに
いる間にそれが起こったんです。次の日、私たちは、どうか写真撮影では基本的
に冷静にしてほしいというメッセージを受け取りました。誰でも非常に高い警戒
態勢ですからね。事態はその時、非常に緊張しました。それで、1日の間、私た
ちは本当にとてもとても慎重でした。

E・F: 北朝鮮とアメリカの間で前後に動いている交渉や、北朝鮮の核開発プ
ログラムに関して中国と韓国と日本もまた関係している交渉のすべてのことに対
して、あなたのプロジェクトはどのように調和するのでしょうか?

P・H: そうですね、それは大きな質問ですね。私は一方で、このプロジェク
トを、アメリカと北朝鮮の枠組み合意のハイポリティクスや、南北問題や、核衝
突からは解放されて、離れさせておきたいつもりです。他方で、プロジェクトは
まさにそうした衝突の結果として存在しているという事実、それで、純粋に技術
的な問題についてのこの種の実用本位の関与の必要性があります。そういうわけ
で、私たちは実際に2つのことを同時にしているわけです。分かりますよね。1
つは現地で私たちは信頼を醸成している、そして、私は透明性を増していると思
っています。たとえば、私たちはこの作業場についての風のデータをもらいまし
た。現在では風についてのデータは軍事的に機密扱いの情報です。私たちはこの
プロジェクトを遂行するのにそれが必要だった。それがプロジェクトの条件だっ
たわけです。私たちはそれを与えられたんです。また、与えられつつあります。
そういうわけで、私たちは透明性を増やしていることになりますよね。

E・F: では、本当にほんの短いお話でお願いしたいのですが、ここから見て
いるのと反対に事態はあそこからはどのようにみえるのかについて、あなたが学
ばれたもっとも重要な事柄はなんでしょうか?

P・H: 私が思うに、もっとも重要な出来事は、高度に電化されたある社会で
電力網が崩壊したとき、非常に多くの違った次元でみな同時にその社会にかかっ
てくるコストは莫大なものだということです。彼らはその電力網の崩壊のために
今現在も大きな犠牲を払っています。私は、彼らは3つの窮地にあると思います。
軍事的な窮地、食糧の窮地、それに電力とエネルギーの窮地です。それだから、
その点で、エネルギーの窮地を解決するために非政府組織のアメリカ人がいっそ
う関与して行くことは、一方で他の2つの窮地は政府によって解決されつつある
わけですから、北朝鮮がソフトランディングするのに実にまったく重要だと私は
思います。

E・F: では、ピーター・ヘイズさん、今日はお越しいただき、どうもありが
とうございました。

P・H: ありがとう、エリザベスさん。

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