南北共催こそが当たり前。


記事番号:2701 (1999年08月08日 02時59分57秒)
投稿者:米津 篤八 (属性:会社員)
 メールアドレス:ynz@cablenet.ne.jp

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内容

帽子屋さん。

>スタジアムとは陸上競技場のことでしょうか?
>陸上競技場が10万人入ってもなんの意味も在りません。
>スタジアムとはフットボールスタジアムでなければいけません。

何といってもサッカーは朝鮮の国技です。ワールドカップの全試合をアメリカン・フット
ボールの競技場で代用した米国とは、わけがちがいます。
平壌だけでも、羊角島蹴球競技場はじめ大規模な専用スタジアムがいくつかあるようです。
FIFAも、南北朝鮮が合意すれば平壌で数試合を分散開催できると言っています。


>ワールドカップはフットボールの文化を競うところでもあります。
>パブが在り、クラブが在り、芝生のグラウンドがあり、サポーターがいる。
>ワールドカップとは、その社会が祝福される行為であるのです。

平壌にも、強力なクラブ・チームがあり、青々とした芝生のグラウンドがあり、熱烈なサ
ポーターがいます。パブはないと思いますが、フットボールの文化で比較すれば、日本よ
り数等上です。

朝鮮人がいかにサッカーを愛しているかは、朝鮮学校のグラウンドをのぞいて見れば一目
瞭然です。そこには、日本の学校のグラウンドを占領している野球のバックネットは見当
たらず、そのかわりにサッカーゴールが必ずあります。


>何故、たかが「南北共同開催と統一チーム」のために、統一などという
>「つまらない政治」のためにフットボールが利用されなければならないのでしょうか?
>ワールドカップは「フットボールの国の住民」のために存在する、祝福の祭典なのです。
>「民族の悲願」など、フットボールというすばらしい文化の前に考慮などする必要
>はまったくありません。
>
>汚らわしい行為をフットボールに持ち込まないで戴きたい!

「あらゆることは政治的である」という言葉を、帽子屋さんはご存じありませんか。

すでにワールドカップは政治まみれです。フランス大会におけるフランスチームの劇的な
優勝はシラク大統領とジョスパン首相の支持率を押し上げましたし、日韓共催などはその
決定の過程からして「つまらない政治」そのものです。

サッカーを政治から解放しようとするなら、まずワールドカップの場から国旗国歌を追放
し、国籍条項を廃止すべきです。余談ですが、ラグビーのワールドカップは選手の国籍を
問わないので、日本チームの国籍は様々で、キャプテンはニュージーランド人です。

そもそも南北朝鮮は元来一つの国であることを忘れてはなりません。南北共催こそが、当
たり前の原則なのです。国の半分でだけ----しかも旧宗主国で分断の種をまいた日本との
共催で----大会を行うことこそ、祝福の祭典に分断を持ち込む、政治的な「汚らしい行為」
であるというべきでしょう。


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