フットボールは誰のものか?
記事番号:2728 (1999年08月08日 22時55分11秒)
投稿者:帽子屋 (属性:堕天使)
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この記事は[南北共催こそが当たり前。]へのコメントです。
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内容
帽子屋です。
どうも、反論したためか変なレスを付けさせたようで申し訳ないです。
米津様。基本的事項を確認しておきましょう。
フットボールは誰のものでしょうか?
もちろん「フットボールを愛する人」のものです。
では、ワールドカップは誰のものでしょうか?
もちろん「全世界のフットボールを愛する人」のものです。
4年に一度の祝祭。
全世界の「フットボールの国」に住む人々のための祭り。
>>スタジアムとは陸上競技場のことでしょうか?
>>陸上競技場が10万人入ってもなんの意味も在りません。
>>スタジアムとはフットボールスタジアムでなければいけません。
>
>何といってもサッカーは朝鮮の国技です。ワールドカップの全試合をアメリカン・フット
>ボールの競技場で代用した米国とは、わけがちがいます。
>平壌だけでも、羊角島蹴球競技場はじめ大規模な専用スタジアムがいくつかあるようです。
>FIFAも、南北朝鮮が合意すれば平壌で数試合を分散開催できると言っています。
専用スタジアムはどれだけ入るのでしょうか?
そして、それは世界中の人々が夢にまで見る祭典にふさわしいスタジアムなのでしょうか?
そして、祝祭には酒が欠かせません。人々がお酒をのみ騒げなければ、一体何のための
祝祭なのでしょうか?
世界のフットボールを愛する人のための祭り、という視点が抜けているのではないでしょうか?
>平壌にも、強力なクラブ・チームがあり、青々とした芝生のグラウンドがあり、熱烈なサ
>ポーターがいます。パブはないと思いますが、フットボールの文化で比較すれば、日本よ
>り数等上です。
>
>朝鮮人がいかにサッカーを愛しているかは、朝鮮学校のグラウンドをのぞいて見れば一目
>瞭然です。そこには、日本の学校のグラウンドを占領している野球のバックネットは見当
>たらず、そのかわりにサッカーゴールが必ずあります。
その様な事実は存じ上げております。
しかし、私は朝鮮半島の人々はワールドカップを開くにふさわしい「サッカー文化」を持った国民
であるとは思っておりません。彼らはフットボールを愛していないからです。
なぜそんなことが言えるのか!と思われるでしょう。
私は共催決定される前、ニュース番組で韓国の大学チームの試合を拝見し驚愕しました。
彼らは試合にもかかわらず、土のグラウンドでプレーをしていました。
韓国サッカーにおける大学の地位は日本のセミプロ以上の存在です。
私は怒りました。こんな野蛮な国がワールドカップを開くと言うのか!と
フットボールは芝生の上でプレーされるものです。
転んでも痛くない。絨毯のような柔らかいフィールド。
ヒースロー空港からロンドンへ向えば、イングランドの人々がいかにフットボールを愛しているか
分かります。数え切れないほどの芝生のグラウンド。そこで楽しそうにプレーする大人と子供。
南米のどんなに貧しい国でも、芝生のグラウンドが無数に在ります。
資産家になった人々は、地域への還元として芝生のグラウンドを寄贈するからです。
モータリゼーションによって道路から追われた人々は、そこでプレーをしているのです。
芝生が無い、芝生を寄付することさえない野蛮な国、韓国。
日本でもJリーグのすぐ下のクラスでは十分芝生で試合をしますよ。
土や人工芝のグラウンドでプレーをしていれば、基本的な技術に大変な障害をもたらします。
金が在りながら芝生を整備しない、そんなフットボールの情熱の無い国がワールドカップを
ひらくなどとんでもない!日本のほうが遥かにふさわしい!日本は芝生がある!
だから、共催が決まった時怒りました。
しかし、今は違います。日本は単独で開催できるほどフットボールを愛していなかったからです
韓国と日本が足し合わさって始めてワールドカップを開くに足る、そう判断されたのだと思います。
北朝鮮に、全国的に芝生が整備されてるのでしょうか。
そこで人々が全員芝生でプレーをしているのでしょうか?いかなる文化がそこに根づいているのですか?
私は日本がふさわしいとは思いませんが、北と南が共同開催しても開く資格があるとは毛頭思いません
「フットボールの国の住人」として見れば、三国とも到底ふさわしくはありません。
その辺に理解を及ぼさない米津様は、フットボールを愛しておられないのではないでしょうか?
愛されていないから、そういう発言が出るのだと思いましたが。
>>何故、たかが「南北共同開催と統一チーム」のために、統一などという
>>「つまらない政治」のためにフットボールが利用されなければならないのでしょうか?
>>ワールドカップは「フットボールの国の住民」のために存在する、祝福の祭典なのです。
>>「民族の悲願」など、フットボールというすばらしい文化の前に考慮などする必要
>>はまったくありません。
>>
>>汚らわしい行為をフットボールに持ち込まないで戴きたい!
>
>「あらゆることは政治的である」という言葉を、帽子屋さんはご存じありませんか。
>
>すでにワールドカップは政治まみれです。フランス大会におけるフランスチームの劇的な
>優勝はシラク大統領とジョスパン首相の支持率を押し上げましたし、日韓共催などはその
>決定の過程からして「つまらない政治」そのものです。
米津様は摩り替えておられます。
フットボールは世界中の人々に愛されるがゆえに、政治家は結び付けようとします。
それと「フットボールは政治に利用されなければならない」とする米津様の意見とはどう結びつくのでしょう。
フットボールを愛されていない人の発言としか思えませんが・・・
誤解を指摘すると、政治は所詮フットボールを利用することはできません。
フットボールが政治を動かすのです。それぐらい大きな存在だから、政治家は気にする、それだけのことです
>サッカーを政治から解放しようとするなら、まずワールドカップの場から国旗国歌を追放
>し、国籍条項を廃止すべきです。余談ですが、ラグビーのワールドカップは選手の国籍を
>問わないので、日本チームの国籍は様々で、キャプテンはニュージーランド人です。
私は大のラグビーフットボールのファンです。知らないとでも思うのですか(笑)
単に国籍主義か、所属協会主義かの違いでしかありません。
ラグビーフットボールというまさに「大英帝国植民地主義」の典型である所属協会主義
として、その貴族性とともにラグビーファンでは賛否がわかれる主義なのですが、米津様は
植民地主義をお認めになるとは少し意外でした。
>そもそも南北朝鮮は元来一つの国であることを忘れてはなりません。南北共催こそが、当
>たり前の原則なのです。国の半分でだけ----しかも旧宗主国で分断の種をまいた日本との
>共催で----大会を行うことこそ、祝福の祭典に分断を持ち込む、政治的な「汚らしい行為」
>であるというべきでしょう。
ワールドカップ共同開催を決定したのは、
世界のサッカーを愛する人々達の集まりであるFIFAです。
日本ではありません。
彼らによってふさわしい国として認定されたのです。
その栄誉を私は「フットボールの国の住人」として非常に誇りにしております。
多くのフットボールを愛する人々は同様に感じております。
米津様、あなたはフットボールを愛する人なのでしょうか?
ワールドカップはだれのものなのでしょうか?
貴方の議論に世界のフットボールが出てこないのはなぜでしょうか?
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