中国語としての「支那」


記事番号:2280 (19100年06月16日 01時23分26秒)
投稿者:五番街 (属性:在米東海岸)
 メールアドレス:nyako3@hotmail.com

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この記事は[海勇者さんに質問です]へのコメントです。
この記事には[Re: 学術用語として使用された「支那」の用例 (五番街)]というコメントが投稿されています。

内容

海勇者さんへの投稿に関連して、余談めきますが、追加の問題を提出します。

モ わが江戸期および明治期をつうじて、かの国の国号は「清」である。したがって
  かの国としても、現在の国号を他にむかって称する際は「大清」と言い、自国内
  で通事的に言うばあいには「中国」(わが国)と言うのであるが、他より客観的
  に呼ぶ通事的呼称はみずから用意していないのであるから、「チャイナ」、「支
  那」等に対して異論のあるべきはずもなかった。
  (高島俊男 「本が好き、悪口言うのはもっと好き」講談社 所載)

最後になりますが、上記文中で引用した高島さんの【他より客観的に呼ぶ通事的呼称はみずから用
意していない】と言う部分に関して、【みずから用意していない】という箇所は、それほど重要で
はありません。

問題は、【他より客観的に呼ぶ通事的呼称】が存在したか否かですが、次の高島さんの指摘を読め
ば、中国語では、それが存在したことが分かります。

高島さんは、同じエッセーで次のように書いています。

モ 明治以後、かの地へ行って当地の言語でむこうの人と話をする日本人は
  「中国(チョンクオ)」と言った。他に言いようはない。その「中国」
  はどういう意味だと問われたら当人も困るだろうが、まず、チャイナ半
  分「貴国」半分というところであろう。

この後半部分も異論があり、アメリカ人が日本を英語で「Japan」と呼び、彼らが日本語を話す場
合には「日本」を、「日の本の国」と言う意味での敬称と意識せずに呼ぶ場合と同じように、アメ
リカ人が、中国語で「中国」と呼ぶ際には、それを「貴国」というような敬称と考えていなかった
だろうと考えられます。

ともあれ、この文章の前半部分は、中国にとっては、自国語の中に、外国人による自国の呼称とし
て「中国(チョンクオ)」というコトバがあったことを指摘しており、それを「みずから用意して
いなかった」としても、「他より客観的に呼ぶ通時的な呼称」が存在したことが分かります。

従って、アメリカ人が日本語の文章を書いた場合、その中で、日本は「日本」と呼ばれるのが規則
であるにも関わらず、彼らが通常使っている「ジャパン」をつかえば、それは間違いであり、この
「ジャパン」の使用に特定の意図があるように感じられます。

ところが、中国人にとっては、中国文に現れる「支那」は、英語の「チャイナ」のような自明な外
国語ではなく、中国語の体裁をもった異様なコトバとして理解していたと考えられます。言い換え
るならば、アメリカ人が書いた日本語の文章の中で、日本を「日本」とも、「ジャパン」とも呼ば
ずに、たとえば「倭」などの死語あるいは、「日出国」などというような自分勝手なコトバで呼ん
でいることになります。

日本人が中国(中華民国)に提出する中国文の公式文書で「中国」や「中華民国」を使わずに「支
那」を使うことは、中国語の規則・慣行を無視したものである以上に、中国にとっては「意味はす
こぶる不明瞭にして、現在の中国には毫も関係ない」(1930年の通告)中国語であり、非礼に感じ
ることは当然なのです。

1930年に中華民国政府は「支那」という呼称を記載した公式文書の受取りを拒否するという通告
を出しています。その中で【中国は、中国文では、大中華民国と呼んでいるから、(中略)もし支
那なる文字を使用した公文書であるなら断然受取を拒否すべし】と述べています。

この部分から、日本側が中国文の公式文書に「支那」と書いたことに対して、中国側がこのコトバ
を中国語として捏造した国家の呼称として憤りを感じていることが分かります。したがって、中国
にとって「支那」は英語の「Japan」のような存在ではなく、意味不明の中国語であり、これが
「支那」を嫌悪する理由の一つになっていると考えられます。

このように中国人が「支那」を中国語として理解していたことからすれば、このコトバを日本人に
とっての「Japan」と同列に見なすことができないことを意味します。

高島俊男さんは、次のように書いています。

モ 昭和五年十月の閣議決定(支那を中華民国の呼称としないこと)以後、日本政府は
  外交文書においては「中華民国」を称したのであろうが、国内においては依然「支
  那」を用いた。

この文章での疑問は、高島さんが考えるように、外交文書においては「支那」が消えたことは事実
だろうか、ということです。これは実証が可能なもので、当時の外交文書を見て確認する必要があ
ります。


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