今日は朝鮮戦争の開戦、北の電撃的南侵から50年目です


記事番号:2504 (19100年06月25日 23時33分44秒)
投稿者:dai (属性:??)
 メールアドレス:123dadada@geocities.com

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この記事は[Re2: 民団は地方参政権でなく日本国籍を要求すべきではないでしょうか?]へのコメントです。
この記事には[Re:ほとんどの在日は蚊帳の外だった。 (ケグリ)]というコメントが投稿されています。

内容

ケグリさん。こんにちは。

>1952年は、サンフランシスコ講和条約発効の年です。この講和条約発効を目前に
>して、日本政府は、我々の国籍を剥奪したのです。つまり、この条約により日本
>は、朝鮮半島を放棄したのだから、もうあなたたちは、日本国民ではない、とい
>うことのようです。(条約には、在日の国籍に関しては、何も、触れられていな
>かったのですが。)勿論、私達には、何の相談も、なかった。これが、戦後、在
>日にとっての最大の隘路となった。多くの差別、とりわけ、制度的差別というも
>のは、全て、ここに、起因しているのです。また、私達も、それに対し、組織を
>挙げて抗議はしなかった。1960年に、個人で、抗議の裁判を起した方がおられた
>が、最高裁まで行って、敗訴している。これが、大まかな経過です。詳しいこと
>は、この掲示板の親ページであるHANワールドの協力サイトである、「半月城通
>信」に、詳しく出ています。http://www.han.org/a/half-moon/


サ講和条約が、在日の最大の隘路となった・・・ですか。
朝鮮戦争だとばかり思っていました。
本日は、朝鮮戦争の開戦、北の電撃的南侵から50年目にあたりますが、
50年前の在日社会はどのような様相だったのでしょう?

少なくとも、「日本国籍を選択制にしくれ!」という話が当時の在日社会全般に
あったと言う話は全く聞いたことがなかったです。
上で触れられている日本国籍への復帰を求めた裁判を起こした在日に対して、冷
笑を浴びせていたのも、在日社会であった。これは在日とって、衆知の事実だ
と思っていました。

そもそも、日本国籍云々ということは、全く思い付きもしなかったし、頭ごなし
に、「そんなもんいらねぇ〜よ」と突き返す・・・・そういう殺伐とした風景し
か思い描けません。イデオロギー闘争、朝鮮戦争、三大騒擾事件、極左冒険主義、
破壊活動防止法、

日本政府が勝手に国籍を<剥奪>した。また、選択性にしなかったと責められて
も、もう一方の国籍をどこにすればよかったのですか?
半島は戦争中。
戦争が終わるまで、法的地位を日本国籍のまま現状維持にしていたとしても
それを在日社会が望んだとは、到底思えない。
といいますか、私には、そういう風景を歴史の中から全く思い描けないのです。

そこら辺を冷静に捉えた上で、二重国籍や日本国籍の自動賦与の問題をアプローチ
してもらえないと、日本社会で広汎な支持を獲得できないと思うのですが?

生意気言ってすいませんでした。


ところで・・・

平成六年三月三十日の衆議院予算委員会での公安調査庁長官が、こう述べていま
す。
当局に対する批判は良しとして、当時の在日社会に対して、当局が神経質に
なっていたことは、(そして今日も)読み取れると思います。

1952年、講和条約も大切ですが、半島は戦争中でした。
在日社会もイデオロギーの真っ只中に巻き込まれていった時代です。

時代背景だけでも、参考までに・・・・。

_____________________
○緒方政府委員 (公安調査庁長官)
 朝鮮総連の性格等を理解するには、そもそもの生い立ちについても若干申し上
げないと御理解いただけない、かように思いますが、現在の朝鮮総連の綱領を見
ますと、その第一には、「全在日朝鮮同胞を、朝鮮民主主義人民共和国政府の周
辺に総結集させ、祖国との連携と団結を緊密・強固にする。」これを第一の綱領
に挙げてございます。

 そして、金日成主席の教示を唯一絶対のものとしておりまして、これに従うの
を金日成主義と申しておりますが、これを活動の理念としております。最近では
これに加えまして、金日成の後継者である金正日書記の指示に絶対服従するとい
うことで、金正日主義ということも活動理念としております。
 総連の結成でございますが、昭和三十年の五月に行われておりますが、その前
身に民戦というものがございます。これは昭和二十六年一月九日に結成されてお
りますけれども、その結成に至る前の準備会というのが昭和二十五年の五月ごろ
からございまして、ちょうど昭和二十五年の六月の二十五日に朝鮮戦争が勃発い
たしました。

 これに対して金日成がピョンヤンから祖国への援助を呼びかけまして、この準
備会において、在日米軍の軍事行動を阻止、妨害するということを当面の目的と
しました祖国防衛委員会、その下に祖国防衛隊というものが昭和二十五年の六月
三十日、朝鮮戦争勃発後五日後でございますけれども、こういうものが結成され
ました。そして、これらを指導していくものとして民戦ができ、現実に昭和二十
六年から二十七年にかけては暴力主義的な破壊活動を各地において行ったという
ことでございます。私どもは、この民戦をそのまま総連は承継している、かよう
に見てございます。


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