Re:ほとんどの在日は蚊帳の外だった。
記事番号:2510 (19100年06月26日 05時47分40秒)
投稿者:ケグリ (属性:在日「韓朝鮮人」二世)
メールアドレス:jupark@attglobal.net
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この記事は[今日は朝鮮戦争の開戦、北の電撃的南侵から50年目です]へのコメントです。
内容
こんにちは、daiさん。
daiさんの批判は、もっともだと思います。私も、伝聞で、法務省を
退職したある役人が、「当時、皆さんに、国籍を選択しろ、等と言う
と、轟々たる非難を浴びたのは、間違いないでしょう。そういう時代
だったんですよ。」と発言したということを聞いたことがあります。
朝鮮戦争の最中、南北両陣営からの在日包摂工作は、熾烈を極めたと
思います。政治好きな一部の民族活動家達は、熱病にかかったように、
奔走していただろうことは、想像に、難くありません。
確かに、彼らにとっては、日本国籍選択などは、妄想に過ぎなかった
でしょう。いかにして、在日大衆を組織に、結集させ、資金を出させ、
祖国の為に、用立てるか、そのことしか、頭には、なかったでしょう。
在日の権益を守り、日本社会の中で、共存していくことなど、ほとん
ど、関心がなかったでしょう。朝鮮総連は、つい、この間までも(今
でも?)、この基本姿勢を維持していたと思う。彼らは、70・80年代
でさえ、民闘連等の差別撤廃・権益獲得の闘いを評価しようともしな
いで、同化主義だ、と批判さえしていた。これは、程度の差こそあれ、
民団にも言えることです。
しかし、当時、日々の生活に追われ、政治イデオロギーどころでは、
なかった、一般の在日大衆は、はたして、状況をどれほど、的確に、
把握していたかと、いうことです。例えば、私の父など、何が何だ
か、さっぱり、わからなかったと言っていました。「朝鮮は、独立
したんだ、もう、我々は、日本人じゃない、輝かしい祖国があるの
だ。今日から、我々は、その祖国の一員だ。」などと、言われると、
そうか、そんなものか、と納得せざるを得ないわけです。そして、
必死の思いで、商売で稼いだお金を易々と差し出したのです。国際
慣習からして、旧植民地出身者には、国籍の選択権がある、などと、
考えが、及ぶはずもなかったと思います。
ですから、朝連が、民戦が、総連が、民団が、韓国政府が、北政府
が、などと言われても、困るんですよ。そんなの関係ないよ、と言
って、暮らしていた人が、大部分だったのですから。
私は、当時の政治状況が、どうであれ、責任の全てをそこに、帰結
させるのには、反対です。講和条約にも、歌われていない、国籍剥
奪を講和条約の履行だという勝手な解釈で、強行したのは、紛れも
ない、日本政府なのですから。厚顔無恥だと、言われようと、私は、
このスタンスで、突破して行くべきだと、考えております。
何卒、ご理解下さい。
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