「犯人」の所在
記事番号:2642 (19100年07月01日 14時24分07秒)
投稿者:李在一 (属性:在日朝鮮人)
メールアドレス:fwii2087@mb.infoweb.or.jp
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内容
国籍に関する論が展開していますが、空想的な意見をながめていると
「知らないんだなぁ」という思いを通りこして滑稽だとさえ感じます。
在日朝鮮人(韓国籍朝鮮籍)をとりまく国籍のありかたは徹頭徹尾、
日本政府による産物であり、それが現在まで続いているわけですが、
そのことを日本政府は現在に至るもなるべく隠しておきたい故のひと
つの結果として、それが本ボードの幾つかの意見に反映されているの
だと思われます。
そこで在日朝鮮人の参政権と国籍を日本政府がどのように剥奪してい
ったのかという経緯について、まず以下に引用します。
*******(尹 健 次 著「きみたちと朝鮮」から)****
日本は戦前、朝鮮人に徹底して「皇国臣民」であることを強要して、牛
馬のようにこき使っただけでなく、兵士や従軍慰安婦としてその人生を
狂わせました。そして敗戦になると、日本政府は一転して、朝鮮人が
「日本臣民」ないしは「日本国民」であることを否認していきます。
その最初は、1945年12月17日に改正・公布された「衆議院議員
選挙法」の付則で、敗戦直前の4月に形ばかりにしろ認めた朝鮮人・台
湾人の参政権をうばったことです。つまり(内地の)戸籍法の適用を受
けない者の選挙権・被選挙権は、当分のあいだ、これを停止するという
のです。この選挙法の改正は、婦人参政権を実現したという意味で、戦
後日本の民主的な諸改革を象徴するものとされがちですが、同じ「国籍」
をもつ旧植民地出身者から戸籍を基準に参政権をうばうという非民主的
な性格をもっていました。
ついで1947年5月2日、つまり新憲法の前日に、最後の勅令である
「外国人登録令」を公布・施行して、朝鮮人および台湾人は「外国人と
みなす」という「みなし規定」を設けて、旧植民地出身者を一般的な
「外国人」の範囲に入れてしまいます。しかも翌日施行された「日本国
憲法」では、第11条で「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げら
れない」とし、基本的人権の保障は日本人のみに限定されてしまいます。
つまり「日本国民」以外の「外国人」は、戦前から暮らしてきた朝鮮人・
台湾人をふくめて、きびしい治安・管理の対象とされていったのです。
さらに日本政府は、講和条約発効の1952年4月28日を期して、民
事局長通達という一片の書類で、朝鮮人、台湾人の「日本国籍」を一方
的に剥奪してしまいます。これによって日本政府は、朝鮮人、台湾人は
日本国籍をもたないという理由で、日本人にはすべて適用される軍人恩
給、遺族年金、障害年金、弔慰金その他一連の戦時補償法令の適用をこ
ばんでしまうのです。のみならず、日本政府は、「国籍条項」をたてに
、在日朝鮮人に対する日本育英会の各種奨学金、国民年金、国民健康保
険、公立学校教員の採用資格、弁護士資格、公営住宅入居資格、国民金
融公庫、等々の社会福祉などの適用をいっさい拒否していくのです。在
日朝鮮人の血と汗の結晶である民族教育も、GHQと日本政府が結託し
て、学校教育法その他の日本の教育法規に違反するとして否認していま
す。
「敗戦」にともなう旧植民地出身者の「国籍」の移動は、ドイツをはじ
めそのころ世界的な問題でした。しかし、当時の西ドイツが国籍選択権
を認め、また戦死や障害にたいする戦時補償を自国民とほぼ同様に実施
したのとは対照的に、日本は一方的に朝鮮人、台湾人をきりすててしま
ったのです。
ただここで注意しなければならないのは、在日朝鮮人は、なにも一方的
な「日本国籍」の剥奪を問題にし、「日本国籍」の回復を望んでいると
いうわけではないことです。当時、圧倒的多数の朝鮮人は、解放された
朝鮮の「国民」であることに歓喜し、祖国の独立と建設に貢献しようと
熱望しました。それは天皇のために死ぬよう強制された「日本臣民」で
あることを拒否する態度でしたが、しかしそれがそのまま日本の植民地
支配・戦争動員・戦後補償の責任をまぬがれさせる理由にはなりません。
在日朝鮮人は、日本政府が意図的に旧植民地出身者を「外国人」にする
ことによって、国家としての道義的責任をごまかそうそしたことを問題
にしているのです。しかも日本政府は、講和条約の発効と同時に「外国
人登録法」を施行して、在日外国人に「犯罪者」なみの指紋押捺を強制
します。
******(尹 健 次 著「きみたちと朝鮮」から)******
在日の国籍についての変遷は、私も基本的には日本の戦後処理が大きな
「分岐点」であったとは思います。しかし日本の戦後処理が「発端」で
はない。
ここの点が、在日も含めた日本社会一般においては、まぎれもない事実
であるににも関わらずまだまだほとんど知られていないと思うのです。
だから参政権に関する投稿にも、「妄想」としか評価できない空想的意
見が見られるのだと思われます。
また、たとえ事実を踏まえていたとしても、在日が在日の立場で語ろう
とする点から事態の説明がわかりにくくなっているのではないかと思わ
れます。
たとえば、国籍については「血統主義」か「生地主義」かという議論に
なりますが、在日の国籍についてはそのどちらでもありません。なぜな
らば、戦前戦後を通じて現在に至るまで、「帰化」も含めて、在日の国
籍は日本政府が一方的に決定してきたからです。国籍について日本政府
が在日の声を尊重したことは皆無です。
では日本政府はどのような基準でもって、在日の国籍を決定してきたの
かといいますと、戦前は日本国のための「利益」として、朝鮮人に対し
て日本国籍を強要しました。
そして戦後は、これまた同じように、日本国の「利益」として、朝鮮人
の参政権や国籍を剥奪したのです。
いずれも日本国が「自国の利益」のみを念頭に決定してきたことは明ら
かです。
「利益を追求」することは悪いことではないと考える人がいても不思議
ではありませんが、強盗が悪いことであるように、利益を追求する手段
や方法がまちがっていることに問題があるわけです。
たとえばあえて日本のナショナリストたちに私は主張したいのですが、
日本国の利益は朝鮮人を苦しめなければ、成立してこなかった利益であ
り、一口でいってしまえば他人(国)に迷惑をかける方法で財を成して
きた経緯があるわけです。なぜ、私があえてナショナリストたちに主張
したいのかというと、他人に迷惑をかけなければ、利益が得られないほ
ど、日本国には利益追求の能力がないのかという問いかけです。
さらに、人間としての誇りや国家としての誇りを自ら捨て去ってもなお
利益に執着している日本政府のありかたにあなたたち(日本のナショナ
リスト)はどのような評価をしているのかという問いかけです。
日本政府による朝鮮人に対する戦前の日本国籍の強要は、朝鮮人に対し
て莫大な被害(不利益)をもたらした。そして参政権や戦後の日本国籍
の剥奪は、在日朝鮮人に対してこれまた莫大な被害(不利益)をもたら
している。これは在日からすれば迷惑このうえない状況です。
たとえば、家族の者が病気になったとき健康保険証がなければ、医療を
受けるのにあたって、どれほど苦労するのか想像できない人はいないで
しょう。「外国人だからしょうがない」と思う人もいるかも知れません
ね。しかしそのようにしたのは日本政府なのだ。「犯人」の存在を欠落
させての議論は私には滑稽にしか映りません。そして「犯人」とは、日
本政府以外の何物でもないのです。
知らない人が多いようですので、最後にこの点もつけ加えておきましょ
う。日本のナショナリストたちは、日本国に対する忠誠心を戦時下を想
定して計る者が少なくありません。「もし戦争になったら云々」論とい
うやつです。戦前、日本の侵略戦争に朝鮮人は、身も心も皇軍にささげ
て戦死し、あるいは傷ついた人々が多数いました。そういった「日本国
に対する忠誠心」を、日本政府はためらうことなく現在まで切り捨てて
きた経緯があります。
たとえば私はかつて在日1世の方からBC級戦犯として、巣鴨の刑務所
に服役していた方から話を聞いたことがありました。刑務所内にいると
きは、日本人として罪を受けてもらうが、刑務所から一歩でも外に出た
ら、もう外国人として、日本政府は何ら関知しなかったというのです。
つまり日本政府が関与したのは、服役している間は日本人であり、釈放
されれば外国人としたわけです。
刑務所内では日本人、刑務所外では外国人、という図です。
日本政府の凶暴凶悪な正体を、端的に物語るエピソードではないでしょ
うか。
では。
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